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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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147話 俺×間合い=その一歩が近すぎます。

廊下の空気は、少しだけ重かった。生徒会室を出てから、ほとんど会話はない。


前を歩く自分の足音と、そのすぐ後ろに重なるもう一つの足音。その距離は一定で、離れようとする気配がまるでない。


振り返らなくても分かる。


すぐ後ろに、葵がいる。


「……」


そのまま歩き続ける。


行き先は、自然と教室だった。


頭の中はまだ整理できていない。赤坂のこと、共犯者のこと、会長の言葉。全部が混ざって、まとまらないまま浮かんでいる。


それでも——


もう一つ、強く意識を引っ張るものがあった。


背後の気配。


「……」


教室の扉が見えてくる。


その瞬間、わずかに足が鈍る。


ここまで来て、ようやく振り返る。


葵と目が合う。


いつもの笑顔だった。


まるで、さっきのやり取りも、会長の部屋での空気も、何もなかったかのように。


その自然さが、逆に引っかかった。


「……葵先輩」


慎重に声をかける。


「……教室なんで」


それだけを、濁すように言う。


はっきり拒絶する言葉は選ばない。


選べなかった。


「うん」


葵は短く返す。


それで終わると思った。


「一緒に行くよ?」


あまりにも自然な一言だった。


「……」


言葉が詰まる。


断らなきゃいけない。

分かっているのに、すぐに言えない。


頭の中に、昨日の葵の様子が浮かぶ。


あの不安定さ。


不用意な言葉で、また崩れるかもしれない。

その可能性が、言葉を止める。


「……」


沈黙が落ちる。


葵は、待っている。


当然のように。


「……いや、その」


ようやく出た言葉は曖昧だった。


「……教室は、その……」


続かない。


自分でも分かる。完全に誤魔化している。


葵が、一歩近づき、距離がまた縮まる。そして、逃げ場がなくなる。


「なんで?」


声は静かだった。


それなのに、逃げ道を塞ぐような強さがあった。


「……」


返せない。


葵はさらに続ける。


「一緒にいちゃダメ?」


柔らかい言い方だった。


責めているわけでも、強く迫っているわけでもない。


それでも、その言葉の置き方が、選択肢を奪ってくる。


「……」


言葉を選ぶ。


慎重に、崩さないように。


「……ダメとかじゃなくて」


ようやく出た声は、ひどく中途半端だった。


「……その、クラスのやつらもいるし」


理由として成立しているのか、自分でも分からない。


葵は、少しだけ黙る。


その沈黙の中で、空気がじわじわと張り詰めていく。

逃げたいのに逃げられない感覚が、じわじわと首元を締め付けてくるようだった。


「……そっか」


葵が、短く言う。


納得したように聞こえる。


けれど、そこで終わらなかった。

視線は外れず、その場に立ったまま、じっとこちらを見ている。その視線の重さが、言葉よりも強く伝わってきて、思わず呼吸が浅くなる。


「ね」


ぽつりと落ちる声。


「私、邪魔?」


その一言は静かなのに、確実に逃げ道を塞いでくる。


「……っ」


心臓が跳ねる。


「違います」


反射的に否定する。


「そういう意味じゃなくて」


言葉が少し早くなる。焦りが隠しきれない。


それでも葵の表情は変わらない。ただ、こちらの反応を逃さないように見ている。

その視線の中にあるものをうまく言葉にできないまま、次の言葉を探したその瞬間だった。


「真守くん」


横から声が入り、反射的に振り向く。


白ヶ崎だった。


「行くよ」


それだけ言うと同時に、自然な動きで真守の手首を掴む。

強引ではないのに、迷いがない。そのまま一歩引かれると、それだけで空気の圧が一気に変わったのが分かった。


その流れのまま葵を見る。


その瞬間だった。


ほんの一瞬だけ、表情が消えた。


笑顔でもなく、無表情でもない。

ただ、何も乗っていない顔。感情だけが抜け落ちたような、空白。


次の瞬間には、もう戻っていた。


「いってらっしゃい」


いつもの声で、いつもの笑顔で。


さっきまでと何も変わらないはずなのに、その一瞬を見てしまった後では、同じものには見えなかった。


真守は何も言えないまま、白ヶ崎に引かれるようにして教室に入る。

扉が閉まると同時に、外とはまるで別の空気に切り替わる。さっきまで感じていた圧が嘘のように消えて、ようやくまともに呼吸ができることに気づく。


知らないうちに力が入っていたのか、肩が重かった。


「大丈夫?」


白ヶ崎の声は、現実に引き戻すように優しかった。


少しだけ間を置いてから、短く返す。


「……ああ」


それ以上は言えなかった。


頭の中には、さっきの光景が残り続けている。距離の近さも、言葉の選び方も、すべてが少しずつ噛み合っていなかった。


そして何より——あの一瞬の表情。


あれが何だったのか、うまく言葉にできない。ただ一つだけ、はっきりしていることがある。


あの空気は、普通じゃない。


そう思った瞬間、背筋にわずかな寒気が走った。

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