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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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141話 俺×空席=もう二度と届きません。

朝、教室に向かう足取りは、昨日より少しだけ軽かった。


理由は分かっている。


「……」


昨夜のやり取りが、頭の中に残っていた。


ベランダ越しに目が合った瞬間、真希那が慌てて部屋に引っ込んだあの間抜けな動き。


「……なんだよ、あれ」


思い出して、少しだけ口元が緩む。


電話ではあんなに強気だったくせに、実際に顔合わせた瞬間に逃げるとか意味が分からない。


「……」


でも。


あれを見て、少しだけ分かった気がした。

本気で突き放してるわけじゃない。


むしろ——


「……」


うまくやろうとして、全部空回りしてるだけだ。


「……ほんと、不器用だな」


小さく呟く。


それは、自分にも言えることだった。


「……」


まだ全部解決したわけじゃない。


でも——昨日よりは、マシだと思えた。

少なくとも、完全に壊れたわけじゃない。


「……ちゃんと話せば、戻れるかもな」


そんなことを、ぼんやり考えながら教室のドアを開ける。


そして——


「……」


視線が、止まった。


結城の席。


何も置かれていない机と、誰も座っていない椅子。


「……」


足が一瞬だけ止まる。


けれど、何も言わずにそのまま自分の席に座る。


「おはよー楽々浦!」


神宮丸がいつも通り声をかけてくる。


「おはよ」


自然に返す。


「昨日さ——」


どうでもいい話が始まる。

周りも、何も変わらない。


「……」


その“変わらなさ”が、妙に引っかかる。


「なあ」


神宮丸がふと口を止める。


「結城、今日も休みか?」


「……さあ」


短く返す。


「最近見なくね?」


「そうかもな」


それ以上は続かない。


ただの雑談で終わる。


「……」


誰も知らない。


当然だった。


あの事件も、病院のことも、結城が今どうなっているのかも。


何も。


「……」


知っているのは、自分だけだ。


「……」


ホームルームのチャイムが鳴る。


担任が入ってくる。


出席確認。


いつも通りの流れ。


そして——


「一つ連絡する」


担任が、少しだけ間を置く。


「結城だが——退学になった」


「……」


それだけだった。


理由も、説明もない。


「え?」

「なんで?」

「急じゃね?」


教室がざわつく。


「家庭の事情らしい。以上」


担任はそれ以上触れない。


本当に知らないのか、それとも深入りしないだけなのか。


どちらにしても——


どうでもよかった。


「……」


ざわつきは、すぐに収まる。話題は別のものへと移っていく。いつも通りの教室に戻る。


「……」


変わらない。


何も。


けれど——


「……」


確実に、一人いなくなっている。


「……」


視線が、またあの席に向く。


何もない机。そこに座っていたはずの人。

つい最近まで。


病室で、確かに話していた。


「……」


白い部屋。

消毒液の匂い。

機械の音。

弱々しい声。


そして——


『……バイバイ』


「……」


胸の奥が、じわりと痛む。


あの時、分かっていた。

なんとなくじゃない、ちゃんと、分かっていた。


あれは“またね”じゃない。


もう会えないっていう意味の、バイバイだった。


「……」


それでも、どこかで思っていた。


まだ、何かあるんじゃないかと。もう一度くらい、話せるんじゃないかと。


「……」


甘かった。


現実は、こんなにも簡単に終わる。


……退学。


小さく、心の中で呟く。


学校からも、街からも、完全にいなくなる。


もう——


会う理由すらなくなる。


「……」


前回、何も言えなかったことが、頭をよぎる。

バイバイに返事ができなかったこと。言葉が詰まって、何も返せなかった自分。


「……」


あの時、ちゃんと返していれば何か変わったのか。


そんなわけないと分かっている。


それでも——


「……」


考えてしまう。


「……」


前の席で、椅子がわずかに動く。


白ヶ崎だった。


「……」


一瞬だけ、結城の席を見る。


そして、小さく呟く。


「……やっぱり」


それだけだった。


「……」


説明はいらない。


分かっている。


全部。


「……」


それ以上は何も言わない。

踏み込まない。ただ、そこにいる。


その距離が、今はありがたかった。


「……」


授業が始まる。黒板に文字が書かれる。教師の声が響く。


「……」


何も入ってこない。


ただ、時間だけが進む。


窓の外を見る。


空は、変わらず晴れていた。何も知らないみたいに。


「……」


普通の一日。普通の教室。普通の時間。


その中で——


「……」


一人だけ、違う時間を生きている気がした。


ぽつりと、心の中で呟く。


(もう届かねぇんだな)


声には出さない。出したら、壊れそうだった。


「……」


机の上に置いた手に、少しだけ力が入る。

涙は、もう出ない。


その代わりに——


残っているのは、静かな痛みだった。


そして、その痛みだけが、確かに“本当だった”ことを教えていた。

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