138話 俺×勘違い=状況がややこしすぎます。
放課後の教室は、いつもより少し騒がしかった。
「……」
窓の外を見る。夕方の光。一日が終わる空気。
今日も、色々あった。頭の中は、まだ完全には整理できていない。
それでも——
「……」
少しずつ、前に進んでいる感覚はあった。
その時だった。
「……楽々浦くん」
教室の入り口から声がかかる。
振り返る。
そこにいたのは——葵だった。
「……葵先輩」
軽く頭を下げる。
教室の空気が、少しだけ変わる。
「……え、なにあれ」
「先輩じゃね?」
「呼びに来てる?」
周りがざわつく。
「……ちょっといい?」
葵が、いつも通りの調子で言う。
「はい」
立ち上がる。
そのまま近づく。
「どうかしましたか?」
「うん」
あっさり頷く。
「私も、その、協力したい」
「……」
一瞬、言葉が止まる。
“協力したい”。
真守にしか分からない言い方。
だからこそ——
「え、なに?」
「秘密の話?」
「なにそれ」
周りの勘違いが一気に加速する。
「ちょっと待っ——」
言いかけた、その時だった。
「それなら私もいます」
横から白ヶ崎が割って入る。
「……は?」
葵がそっちを見る。
「何?」
「協力するなら、私も関係あります」
「いや、別に独占してないけど?」
「独占してるつもりはなくても、そう見えます」
「見えないでしょ」
「見えます」
「見えないって」
完全に、噛み合っていない。
しかも——
二人とも、完全に自分の世界に入っている。
「……」
周りのざわつきが、さらに大きくなる。
「なにあれ」
「修羅場?」
「楽々浦やばくね?」
「……」
やばい。
普通にやばい。
「おいおい」
神宮丸がニヤニヤしながら近づいてくる。
「楽々浦、お前」
肩を叩いてくる。
「モテモテじゃん」
「違ぇよ」
「いやいやどう見てもだろ!」
「違うって言ってんだろ!」
「ひゅーひゅー!」
周りからも冷やかしが飛ぶ。
「……」
視線が痛い。めちゃくちゃ痛い。
「……もういい!」
思わず声が出る。
「ちょっと来てください!」
葵と白ヶ崎の腕を軽く引く。
「え、ちょっ」
「なに?」
「いいから!」
そのまま教室を飛び出す。
「ひゅーー!!」
後ろから神宮丸の声。
完全に面白がっている。
「……」
廊下を歩く。
少し離れた空き教室に入り、ドアを閉める。
「……」
ようやく静かになる。
「……はぁ」
思わずため息が出る。
「ちょっと、何なんですか今の」
振り返る。
「急に来て、しかもあの言い方……」
「ごめん」
葵があっさり言う。
「いやごめんで済む話じゃ——」
「ちゃんと説明するから」
被せられる。
「……」
一瞬、言葉が止まる。
「……まず」
葵が白ヶ崎の方を見る。
「誤解させたならごめん」
素直だった。
「私は別に、何か取り合ってるつもりはない」
「……」
白ヶ崎が、少しだけ目を細める。
「ただ」
葵が続ける。
「楽々浦くんが関わってる件なら、放っておけない」
その言葉には、迷いがなかった。
「……」
白ヶ崎が、少しだけ息を吐く。
「……そういうことなら」
一歩引く。
「最初からそう言ってください」
「言ったつもりだったけど?」
「伝わってません」
「そっか」
「はい」
微妙にバチバチしている。
「……」
空気が、少し落ち着く。
「……それで」
今度は真守が口を開く。
「葵先輩」
少しだけ真面目な声になる。
「この件に関わったら」
一拍置く。
「普通の学園生活、送れなくなりますよ」
はっきりと言う。
「……」
葵は、少しも迷わなかった。
「関係ない」
即答だった。
「……」
「楽々浦くんがいない学園生活の方が、無理」
「……」
空気が、止まる。
「……え?」
思考が、一瞬遅れる。
その言葉の意味を理解する前に——
「は?」
白ヶ崎が反応する。
「ちょっと待ってください今の」
一歩前に出る。
「それどういう意味ですか?」
「そのままだけど?」
「告白ですか?」
「違うけど?」
「でもそう聞こえました」
「聞こえ方の問題でしょ」
「問題です」
顔が赤い。
分かりやすく赤い。
「ちょっと落ち着いて!」
真守が間に入る。
「話ずれてる!」
「ずれてない」
白ヶ崎が即答する。
「大事なとこなの!」
「違うだろ!」
「違わない!」
「そういうことじゃないって!」
またカオスになりかける。
「……はぁ」
もう一度、ため息。
「……とりあえず」
無理やり軌道修正する。
「葵先輩が協力するって話ですよね」
「うん」
「……」
少しだけ考える。
リスクはある。確実に。
「……」
それでも。
「……分かりました」
小さく頷く。
「無理はしないでください」
「しない」
即答だった。
「……」
白ヶ崎の方を見る。
「……」
少しだけ不満そうな顔。
「……分かりました」
渋々、頷く。
「ただし」
指を立てる。
「私も一緒です」
「はいはい」
葵が軽く流す。
「流さないでください」
「流してないって」
また始まりそうになる。
「……」
その時だった。
ガラッ
ドアが開く音。
三人同時に振り向く。
そこにいたのは——奏だった。
「……」
空気が、一瞬で変わる。さっきまでの空気が、全部消える。
「……」
奏は、ゆっくりと中に入ってくる。
その顔。
「……」
完全に、怒っていた。いや、それ以上。
鬼みたいな表情だった。
「……」
一直線に、真守の前まで来る。
距離が、ゼロになる。
「……私は」
低く、言う。
「許してないから」
その一言で——空気が、凍りついた。




