137話 俺×B組=少しだけ軽くなりました。
生徒会室を出たあとも、胸の奥に残る感覚は消えなかった。
重いわけじゃない。
けれど、確かに何かが変わってしまったという実感だけが、じわじわと残っている。
「……」
廊下を歩く。
足取りは、さっきよりも軽いはずなのに、どこか落ち着かない。
「……戻るか」
小さく呟いて、教室へ向かう。
扉の前で一瞬だけ立ち止まり、そのまま開けた。
「——お、来たじゃん」
入った瞬間、神宮丸がこちらに気づく。
「どこ行ってたんだよ」
「ちょっとな」
適当に返す。
「ちょっとってなんだよ、サボりか?」
「違ぇよ」
軽く言い返す。
そのやり取りが、妙に自然だった。
「あんた、うるさい」
横から白ヶ崎が口を挟む。
「戻ってきたばっかなんだから、少しは静かにしなさい」
「いや普通に聞いただけだろ!?」
「声がでかい」
「理不尽!」
いつものやり取り。
その空気に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
席に座る。
「で?」
神宮丸が身を乗り出してくる。
「なんかあったのか?」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
祇園のこと。
会長の言葉。
全部が頭の中にある。
「この前の事件の件で——」
口に出しかけた、その時だった。
「はい、そこまで」
白ヶ崎がさらっと遮る。
「……は?」
思わずそっちを見る。
白ヶ崎は、何事もなかったかのように続ける。
「その話、今いい」
「いやでも——」
「いいの」
被せてくる。
「今はそういう空気じゃないでしょ」
「……」
言葉が止まる。
「重い話する顔してる」
さらっと言われる。
「……」
否定できない。
神宮丸がニヤッと笑う。
「確かに、なんか雰囲気違ぇな」
「あんたは黙ってなさい」
「ひでぇ!」
「……」
少しの沈黙。
でも、それも長くは続かない。
白ヶ崎が、わざとらしく軽い声で言う。
「そういえばさ」
急に話題を変える。
「今日の昼、何食べる?」
「は?」
神宮丸が素っ頓狂な声を出す。
「急すぎない!?」
「普通でしょ」
「いや今の流れからそれ!?」
「お腹空く時間だし」
「……まあ、そうだけど」
一瞬で空気が切り替わる。
「真守くんは?」
白ヶ崎がこっちを見る。
「何食べたい?」
「……」
少し考える。
さっきまでの重い思考が、ふっと遠のく。
「……なんでもいい」
「それ一番困るやつ」
即ツッコミが入る。
「じゃあカレー」
「昨日も食べたでしょ」
「じゃあラーメン」
「安直」
「うるせぇな」
軽く返す。
神宮丸が口を挟む。
「いや普通に学食の日替わり定食でよくね?」
「それはあり」
白ヶ崎があっさり乗る。
「え、そこはあっさり?」
「合理的だから」
「基準それなんだな……」
三人でわちゃわちゃする。
「……」
その流れの中で、ふと気づく。
さっきまで考えていたことが、少しだけ遠くなっている。
完全に消えたわけじゃない。
でも、今は——
「……」
無理に掘り下げなくていい。そんな感覚だった。
「よし、決まりな!」
神宮丸が立ち上がる。
「学食行くぞ!」
「仕切るな」
「いいだろ別に!」
「うるさい」
「扱いひどくね!?」
いつものやり取り。
「……」
自然と立ち上がる。
流れに乗る。それでいい気がした。
教室を出て、廊下を歩く。
「……」
隣で、白ヶ崎が少しだけ近づいてくる。
神宮丸には聞こえないくらいの距離で、ぽつりと小さく言う。
「……あとで聞くから」
「……」
一瞬だけ、そっちを見る。
白ヶ崎は前を向いたまま。
いつも通りの顔。
「……今はいい」
続けて、短く言う。
「普通でいて」
「……」
その言葉に、少しだけ息が抜ける。
「……」
小さく頷く。
それで十分だった。
前では神宮丸が騒いでいる。後ろでは日常が続いている。
「……」
その中に、自分もいる。
「……ま、いいか」
小さく呟く。
今はまだ——
それでいい気がした。




