136話 俺×螺旋=もう戻れない場所にいます。
学校に戻る頃には、昼の光が少しだけ傾いていた。
「……」
見慣れた校門。
いつも通りのはずなのに、どこか違って見える。
足を進める。
教室には戻らず、そのまま生徒会室へ向かう。
頭の中では、さっきの会話が何度も繰り返されていた。
祇園の言葉。
結城のこと。
「誰かに指示されていた」
その一言が、ずっと離れない。
同じ構造。
同じ違和感。
点と点が繋がりそうで、まだ繋がらない。
生徒会室の前に立つ。
一度だけ、深呼吸をする。
そして、ドアを開けた。
「失礼します」
中はいつも通りだった。
葵がいて、アリスがいて、他のメンバーもそれぞれの作業をしている。
日常の延長線。
それなのに、少しだけ空気が違う気がした。
視線が一瞬だけ集まり、すぐに散る。何も変わっていないはずなのに、何かが変わっている。
その違和感だけが、静かに残る。
奥へ進む。
会長の席。
そこに、会長はいた。
「……お疲れ様です」
軽く頭を下げる。
会長はゆっくりと顔を上げた。
「やあ、楽々浦君」
その声は、いつも通り柔らかい。
それだけで、ほんの少しだけ緊張がほどける。
けれど——
「もう会ったんだね」
その一言で、思考が止まる。
祇園のことだと理解するまでに、わずかな時間が必要だった。
「……なんで」
自然と声が漏れる。
会長は微かに目を細めるだけで、特に驚いた様子はない。
「君なら行くと思っていたよ」
穏やかな口調だった。
決めつけではない。ただ、見透かしていたような言い方。
「……」
言葉が詰まる。
否定できない。
その通りだったからだ。
「……祇園先輩の話、少し聞きました」
気を取り直すように口を開く。
「……あの人」
一度、言葉を区切る。
「加害者っていうより……被害者にも見えました」
会長は、静かに頷いた。
「いい視点だね」
短く、そう言った。
「彼女は加害者であり、同時に巻き込まれた側でもある」
その言葉は、断定的なのに押し付けがましくなかった。
むしろ、すでに真守が辿り着きかけている答えを、そっと補強するような響きだった。
「……」
胸の奥で、何かがはまる。
祇園。結城。
バラバラだったものが、同じ線上に並び始める。
「……会長は」
自然と、次の言葉が出る。
「どこまで知ってるんですか」
その問いに、会長はすぐには答えなかった。
ただ、静かにこちらを見る。
逃げ場のない視線。けれど、それは威圧ではなかった。
試されている。そんな感覚だった。
「……」
ここから先に踏み込む覚悟があるのか。
その問いが、言葉にされる前に伝わってくる。
「……」
一瞬、迷う。
知れば戻れない。
そんな予感が、はっきりとあった。
それでも——視線を逸らさずに言う。
「……知りたいです」
その一言に、会長はわずかに笑った。
「いいね」
優しく、肯定するように。
「その覚悟があるなら——少しだけ教えよう」
前置きは、それだけだった。
多くは語らない。けれど、十分だった。
この件が個人の問題ではないこと。祇園も結城も、“同じ構造”の中にいること。
そして——
「君も、もうその外側にはいない」
静かに、言葉が落ちる。
「……」
心臓が、わずかに強く打つ。
否定はできなかった。
もう関わっている。もう巻き込まれている。それは、事実だった。
「怖いかい?」
会長が、ふとそんなことを聞く。
試すような声音ではない。ただ確認するように。
「……」
少しだけ、間を置く。
正直に考える。
「……怖いです」
小さく答える。
「でも」
続ける。
「止まる理由にはならないです」
その言葉を聞いて、会長はゆっくりと頷いた。
「それでいい」
短く、しかしはっきりと。
否定しない。
押し付けない。
ただ、背中を押す。
「無理に強くなる必要はない」
穏やかに続ける。
「怖いまま進めばいい」
その言葉が、妙にしっくりきた。
「……」
息を吐く。
胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなる。
「……」
もう戻れない。
その実感はある。
それでも——
「……やります」
小さく、呟く。
誰に向けたわけでもない言葉。けれど、それは確かな意思だった。
会長はそれ以上何も言わなかった。
ただ、静かに頷くだけ。それだけで十分だった。
「……」
生徒会室の空気は、変わらない。
けれど、自分の立っている場所だけが、少し変わっていた。
そんな感覚が、はっきりと残っていた。




