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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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135話 俺×施設=もう引き返せません。

電車を降りた瞬間、空気が違った。


「……」


見慣れない街。


人通りはあるはずなのに、どこか静かで、音が遠い。


「……」


スマホで場所を確認する。


間違いない、ここだ。


「……」


歩き出す。


足取りは、自然と重くなる。目的地が近づくにつれて、胸の奥がざわついていく。


やめようと思えば、やめられる。今ならまだ、引き返せる。


「……」


でも——


足は止まらない。


やがて、目的の建物が見えてくる。


思わず、立ち止まる。


施設。


その一言でまとめられる場所。


けれど——


「……」


どこか、異質だった。


外観は普通だ。特別に荒れているわけでもない。でも、空気が違う。


近づくだけで、肌がざわつく。


ここに、祇園がいる。


「……」


小さく、息を吐く。


覚悟は、決めたはずだった。


それでも——


「……」


怖い。


正直に、そう思う。


それでも、前に進む。

入り口に向かい、扉を開ける。


「……」


中は、やけに静かだった。


受付へ向かう。職員らしき人が顔を上げる。


「……あの」


声をかける。


「祇園紅子さんに、面会をお願いしたいんですが」


名前を出した瞬間、ほんのわずかに空気が変わる。


「……楽々浦真守さん、ですね」


名前を言われ、一瞬言葉が止まる。


「……はい」


ゆっくりと頷く。


「お待ちしていました」


その言葉に、胸の奥がざわつく。


何かが引っかかる。けれど、それを深く考える余裕はなかった。


「こちらへどうぞ」


案内されるまま歩く。


廊下は長く、静かだった。足音だけが響く。

逃げ場がない。そんな感覚だけが、じわじわと広がっていく。


やがて、一つの扉の前で止まる。


「こちらでお待ちください」


「……はい」


ドアを開ける。


中は、簡素な面会室だった。

机と椅子だけ。余計なものは、何もない。


席に座る。


手が、少しだけ震えていた。

深呼吸をする。


落ち着け、ここまで来たんだ。

逃げない。全部、受け入れる。


そして——前に進む。


目を閉じ、覚悟を固める。

その時だった。


扉が開く音が、静かに響く。


ゆっくりと目を開ける。


視線の先にいたのは——祇園だった。


一瞬、誰か分からなかった。


やつれている。顔色は悪く、目の下には濃い隈。あの頃の余裕のある表情はどこにもない。


別人みたいだった。


祇園がゆっくりと歩いてくる。


椅子に座る。


そして——睨む。


鋭い視線。


それだけで空気が張り詰める。体がわずかに強張る。圧に押されそうになる。


それでも、口を開く。


「あの事件のこと」


声が少しかすれる。


「なんで、結城を襲ったんですか」


真っ直ぐに聞く。


祇園はすぐには答えなかった。


小さくため息をつく。


「なんで来ちゃったの」


ぽつりと、言う。


意味が分からない。


「……え」


思わず声が漏れる。


祇園は目を細める。


「楽々浦くん、来なきゃよかったのに」


言葉が、すぐには理解できない。


「これ以上知ったら、楽々浦くんが一方的に苦しくなるだけだよ」


その声は、責めるものじゃなかった。


むしろ、優しかった。


「今ならまだ引き返せる。何も知らなかったことにして、普通に学園生活送れるのに」


その意味は分かる。


分かってしまう。


体がわずかに震える。


怖い。


本当に。


それでも——


ゆっくりと顔を上げる。


「……もう、前に進むしかないんです」


はっきりと言う。


祇園が少しだけ目を見開く。そして、小さく笑った。


「そっか」


どこか安心したように。


「じゃあ、話すね」


祇園が静かに口を開く。


「あの事件は、私一人の意思じゃない」


その言葉に、やっぱりかという感覚が重なる。


「誰かに、指示されてた」


空気が一段重くなる。


「でも、誰かまでは言えない」


視線を逸らす祇園に、無理に踏み込めば壊れてしまうような危うさを感じる。


それでも、引くわけにはいかない。


「結城を襲った理由は」


問いを重ねると、祇園は一瞬目を伏せた。


迷っているのが分かる。


「……ちゃんと、聞きたいです」


静かに言うと、祇園はゆっくりと息を吐いた。


「結城さんは、私と一緒で誰かに指示されてた」


その瞬間、何かが繋がりそうになる。


「楽々浦くんを困らせるために」


さらに続く言葉に、理解が追いつかない。


「だから、楽々浦くんから離そうとした」


「……は?」


思わず声が漏れる。


意味が分からない。


祇園は苦しそうに笑った。


「分かるよ。私も分からなかったから」


その言葉は、どこか諦めに似ていた。


「最初は、どうにでもなれって思ってた」


視線を落としたまま続ける。


「でも、楽々浦くん見てたら目、覚めちゃってさ」


胸の奥がざわつく。


「でもね」


祇園が顔を上げる。


「どっちが本当の自分か分からなくなって、苦しくて」


その言葉は淡々としているのに、感情がそのまま滲んでいた。


まるで、自分の中に別の意思が入り込んでいるような歪さ。

それ以上、聞かせてはいけないと感じた。


「……もういいです」


言葉を遮る。


祇園が一瞬だけ驚いた顔をする。


それ以上踏み込めば、壊れる。そう確信していた。

少しの沈黙のあと、祇園がぽつりと口を開く。


「また、よかったら来て」


その声は、さっきまでより柔らかかった。


「話、聞きに」


自然と頷く。


「はい」


迷いはなかった。


祇園が小さく笑う。


「楽々浦くんの顔見てると、心落ち着くんだよね」


まっすぐに見られて、少しだけ息が詰まる。


「本当の自分でいられるっていうか」


返す言葉は見つからない。それでも、もう一度頷いた。


やがて、面会終了の声がかかる。


祇園が立ち上がる。


「じゃあね」


その一言に、何かが込められている気がした。


言葉を返そうとしても、喉が詰まる。

結局、何も言えずに頷くだけだった。


祇園が部屋を出ていく。


扉が閉まる音が、やけに重く響く。


一人残される。


すぐには動けなかった。頭の中が整理できない。それでも、ゆっくりと立ち上がる。


外に出ると、昼の光が眩しかった。少し目を細めながら、深く息を吸う。


まだ、分からないことだらけだ。


でも——確実に何かが繋がり始めている。


その感覚だけは、はっきりとあった。


スマホで時間を確認する。


まだ、戻れる。


一度、学校へ戻ろう。


そう決めて、歩き出す。


足取りは軽くはない。

それでも——止まらなかった。

前に進んでいる実感だけが、静かに残っていた。

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