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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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131話 俺×名前=初めて呼びます。

朝ごはんを食べ終えて、少しだけ落ち着いた空気が流れていた。


「……」


箸を置く。


食器の音が、小さく響く。


向かいには白ヶ崎。いつも通りの顔で、普通に座っている。


「……」


不思議な、この感じ。


昨日までのことが、全部遠くにあるみたいで——でも、消えたわけじゃない。


ちゃんと、そこにある。


「……」


胸の奥に残っている感覚。


あの病室。


結城の言葉。


最後の——


「……」


思考が、止まる。


「……ね」


白ヶ崎の声で、引き戻される。


「ぼーっとしてるけど、大丈夫?」


「……ああ」


短く返す。


「……」


少しだけ、息を吐く。


「……やることは、決まってる」


ぽつりと、口にする。


白ヶ崎が、少しだけ首を傾げる。


「やること?」


「過去のこと、ちゃんと調べる」


言葉にすると、少しだけ実感が湧いた。


「……俺が何を忘れてるのか、結城が何に巻き込まれてたのか」


ゆっくり、言葉を繋ぐ。


「全部、はっきりさせたい」


「……」


白ヶ崎は、黙って聞いている。


茶化さない、否定もしない。ただ——受け止めている。


「……」


少しだけ、視線を逸らす。


「……正直、怖いけど」


本音だった。


「また、何か思い出したら……」


その先は、言えなかった。


でも——


「それでも、やらないと」


最後は、ちゃんと前を見る。


「……そっか」


白ヶ崎が、小さく頷く。


「いいと思う」


あっさりと。


「……」


拍子抜けするくらい、あっさり。


「もっと止めるかと思った」


「なんで?」


「いや……危ないとか」


「危ないよ」


即答だった。


「……は?」


「普通に危ないでしょ」


さらっと言う。


「でも」


一拍置いて——


「一人でやるなら、止めてた」


「……」


言葉が、止まる。


「一緒にやるなら、別にいい」


当たり前みたいに言う。


「私もいるし」


「……」


その言葉が、すっと入ってくる。


重くない。でも、ちゃんと支えになってる。


「……ありがと」


自然と、口に出ていた。


「どういたしまして」


白ヶ崎は、軽く肩をすくめる。


そして——


「ただし」


指を一本、立てる。


「条件がある」


「……条件?」


嫌な予感しかしない。


「なに」


「簡単なこと」


さらっと言う。


「私のこと」


一瞬、間を置いて——


「咲音って呼んで」


「……」


思考が、止まる。


「……は?」


「だから、咲音って呼んで」


もう一回言われた。


「……それだけ?」


「それだけ」


即答。


「……」


なんだそれ、となるような条件。もっと、重い条件とか来るのかと思ってた。


「……いいけど」


軽く返す。


「ほんと?」


「いや、別にそれくらいなら——」


「じゃあ今呼んで」


食い気味だった。


「……今?」


「今」


逃がさない目。


「……」


沈黙がさらに緊張を強める。


(なんでこんな緊張してるんだ俺)


「……」


一回、深呼吸。


「……さ」


喉が、変に詰まる。


「……さ、咲音」


言えた。


けど——


「……」


ぎこちない。


めちゃくちゃぎこちない。


「……」


白ヶ崎が、じっと見てくる。


「……なに」


「今の、なし」


「は?」


即否定された。


「ぎこちなすぎ」


「いや初めてなんだからしょうがないだろ!」


「しょうがなくない」


真顔で言われる。


「もっと自然に」


「無理だろ!」


「無理じゃない」


「無理だって!」


「はいもう一回」


「え?」


「咲音って呼んで」


逃がす気ゼロ。


「……」


なんなんだこれ。


「……さ、咲音」


「はいダメ」


「はやっ!?」


「全然ダメ」


「どこが!?」


「気持ちがこもってない」


「なんだよ気持ちって!」


「いいからもう一回」


「は!?」


「はい、どうぞ」


完全に遊ばれている。


「……」


でも——


「……咲音」


少しだけ、力を抜いて言ってみる。


「……」


白ヶ崎が、じっと見る。


「……」


数秒の沈黙。


「……まあ、さっきよりはマシ」


「上からだな!?」


「でもまだダメ」


「まだかよ!?」


「慣れるまで続けるから」


「はあ!?」


その後も白ヶ崎は、止まらずにさらっと言う。


「今日一日、ずっと名前呼びね」


「罰ゲームじゃねぇか!」


「違う、練習」


「同じだろ!」


「ほら、もう一回」


「やらねぇよ!」


「咲音」


「なんでお前が言うんだよ!」


完全にペース握られてる。


「ほら」


ニヤッと笑う。


「呼んでみて?」


「……っ」


なんでこんなことになってるんだ、と心の中で思う。


でも——


「……咲音」


今度は、少しだけ自然に出た。


「……」


白ヶ崎は、少しだけ満足そうに頷く。


「よし」


「何がよしだよ……」


思わず頭を抱える。


「今日はそれでいくから」


「マジかよ……」


「マジ」


即答。


「……」


ため息をつく。


でも——


「……」


少しだけ、笑いそうになる。


さっきまで考えてた重いこと。全部じゃないけど、少しだけ遠くにいった気がした。


「……」


自分の理想としている日常とは、程遠くなっている。だけど、その中でも心が落ち着く瞬間が何度もあると実感していた。


「……咲音」


ぽつりと呼ぶ。


「なに?」


すぐに返ってくる。


「……なんでもない」


「なにそれ」


少しだけ、不満そうな顔。


「……」


でも、その顔が——少しだけ、安心できた。


「……」


やることは、決まっている。

全部、これからだ。


でも——


一人じゃない。


それだけで、少しだけ前を向けた気がした。

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