130話 俺×早朝=スッキリ起きれました。
目が覚めた瞬間、違和感があった。
「……」
天井を見上げる。
頭が、やけに軽い。
昨日までずっとまとわりついていた重さが、どこかに消えていた。
代わりにあるのは、静かな感覚。
「……なんだこれ」
小さく呟いた、その時だった。
——パシッ
「いっ!?」
頬に衝撃。
反射的に顔を押さえる。
「……」
横を見る。
白ヶ崎が、完全に無防備な状態で寝ていた。
寝相が悪い。
腕を振り回して、そのまま真守のの顔にヒットした。
「……お前な」
小さくため息をつく。
けれど——
「……」
不思議と、嫌じゃなかった。
むしろ。
「……よく寝れたな」
ぽつりと、零れる。
最近は、まともに眠れていなかった。
寝てもすぐ目が覚めるし、起きてもまた沈む。そんな繰り返しだった。
でも今日は違う。一度も起きなかった。夢も、見ていない。
ただ、深く沈むように眠っていた。
「……」
理由は分かっている。隣に、誰かがいたからだ。
「……」
視線を戻す。
白ヶ崎は、穏やかな顔で眠っていた。昨日までのことなんて、何も知らないみたいに。
「……」
少しだけ、息を吐く。
起こさないように、ゆっくり体を起こす。
今日は日曜だ。学校もない。
何も考えなくていい一日。
そう思った、その時だった。
——カチャ
「……?」
玄関の鍵が開く音。
一瞬で、体が強張る。
反射的に、視線をドアの方へ向ける。
「……誰だよ」
足音が近づく。
そして——
扉が、開いた。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
そこにいたのは——真希那だった。
「……」
一瞬、言葉が出ない。
なんで。なんでここに。
そんな疑問が、頭の中を埋める。
真希那は、寝巻きだった。
何か、荷物を取りに来たのかもしれない。
「……」
視線が合う。
けれど、その目は——冷たかった。
「……へぇ」
ゆっくりと、部屋の中を見渡す。
そして——
「毎日見に来てたけど」
淡々と、言う。
「まさか、こんなことになるとはね」
「……は?」
ようやく、言葉が出る。
「毎日……?」
「鍵、持ってるから」
あっさりと返される。
「……」
知らなかった。
最近寝つきが悪くて、二度寝とかを繰り返してたからか、気づいてなかっただけかもしれない。
「……別に、変なことしてねぇよ」
そう言うと、
「変なことじゃないと思ってるんだ」
すぐに返ってきた。
棘のある声。
「……」
一瞬、イラッとする。
けれど——
「……事情は、ちゃんとある」
今回は、抑えた。
いつもみたいに噛みつくんじゃなくて、ちゃんと説明しようとする。
「昨日、ちょっと色々あって……」
言葉を選びながら話す。
けれど——
「興味ない」
真希那は、被せるように言った。
「……」
言葉が止まる。
「最低だよ、ほんと」
吐き捨てるように言う。
「自分の姉は放っておいて、よくそんなことできるね」
「……っ」
胸の奥が、少しだけ軋む。
「……違うって」
「何が違うの?」
間髪入れずに返される。
「やってることは同じでしょ」
「……」
言い返せない。
いや、言えるけど——言葉にならない。
「……」
空気が、重くなる。
その時だった。
「……ん……」
小さな声。
白ヶ崎が、ゆっくりと目を開ける。
「……」
状況を理解するまで、数秒。
そして——
真希那を見る。
「……あれ、起こしちゃった?」
真希那が、わざとらしく言う。
「昨日はさぞかし楽しかったでしょうね」
その言葉に——
空気が、変わった。
「……」
白ヶ崎の目が、細くなる。
一瞬で、温度が消える。
そして、ゆっくりと体を起こす。
無言のまま、真希那の方へ歩く。
「……」
距離が詰まり、正面で、止まる。
「……」
そして——
「その言い方、やめた方がいい」
静かに、言った。
低い声だった。
「……へぇ?」
真希那が、眉を上げる。
「何?庇ってるの?」
「庇ってるとかじゃない」
白ヶ崎は、淡々と返す。
「事実として、不快だから言ってるだけ」
「……」
空気が、さらに張り詰める。
「不快なのはこっちなんだけど」
真希那が言う。
「人の家で好き勝手やってるの、誰だと思ってるの?第一に、私に酷いこと言っておいて、平然な面も気に入らない」
「それ、真守くんに言ってる?」
白ヶ崎が、即座に返す。
「……は?」
「この状況で、その言葉出るの普通におかしいけど」
「……」
真希那の目が、わずかに揺れる。
けれど、すぐに戻る。
「……部外者が口出すことじゃないでしょ」
「じゃあ」
白ヶ崎が、一歩踏み込む。
「身内なら、何言ってもいいの?」
その一言で——
「……」
真希那が、黙る。
「……」
白ヶ崎は、視線を逸らさない。
まっすぐ、見ている。
「真守くんの一番そばにいる人が、そんなこと言うから」
静かに。
でも、確実に刺す。
「真守くんが、一人で辛くなってるんじゃないの?」
「……」
完全に、止まる。
言葉が出ない。
視線だけが、揺れる。
「……」
数秒の沈黙。
そして——
「……っ」
真希那は、何も言わずに背を向けた。
そのまま、乱暴にドアを開ける。
——バンッ
強い音。そのまま、出ていった。
「……」
静寂が戻る。
「……」
しばらく、動けなかった。
何も言えなかった。
「……」
白ヶ崎が、ふっと息を吐く。
そして——
「……ふぅ」
小さく、肩の力を抜く。
その様子が、妙にいつも通りで。
「……ありがと」
思わず、言う。
白ヶ崎は、こっちを見る。
そして——
「ふふ」
少しだけ、勝ち誇ったように笑った。
「当然でしょ」
両手を腰に当てて完全勝利をしたかのような立ち振る舞い。ドヤ顔まではいかないが、とても誇らしい表情をしていた。
その顔が、なんか——
「……」
「……はは」
気づけば、笑っていた。
「……なに笑ってるの」
「いや……なんか、変で……」
言葉がうまく出ない。
でも——
「……助かった」
それだけは、ちゃんと伝えた。
「……そ」
白ヶ崎は、それだけ言って、少しだけ視線を逸らす。
「……」
空気が、少しだけ軽くなる。
さっきまでの重さが、嘘みたいに。
「……腹減った」
ぽつりと呟く。
「あ、私も」
即答だった。
「じゃあ」
白ヶ崎が軽く伸びをする。
「朝ごはん食べよ」
「……だな」
立ち上がる。
「……」
自然と、並んで歩く。
さっきまでの空気は、もうない。
全部が解決したわけじゃない。むしろ、何も解決していない。
それでも——
「……」
今は、それでよかった。
二人で、そのままリビングへ向かった。




