129話 俺×同じ布団=距離が近すぎます。
シャワーを浴び終えたあと、部屋の空気が少しだけ変わっていた。
さっきまでの重さは、完全に消えたわけじゃない。けれど、水に流したみたいに、少しだけ輪郭がぼやけている。
「……」
タオルで髪を拭きながら、ベッドに腰を下ろす。
白ヶ崎も、自分の髪を軽く拭きながら、同じ空間にいる。
静かだった。
でも、さっきまでの静けさとは違う。
どこか、落ち着いた空気。
「……で」
白ヶ崎が口を開く。
「寝るの、どうする?」
「……」
その一言で、思考が止まる。
寝る。
そこまで、考えていなかった。
「……どうするって」
言いながら、自分でも答えが出ていないことに気づく。
「いや、だから」
白ヶ崎が少しだけ肩をすくめる。
「一緒にいるって言ってたじゃん」
「……」
確かに言った。
一人になりたくないって。
その時は、それしか頭になかった。
「……」
じゃあ、どうする。
別々の部屋に戻るのか。
それとも——
「……」
考えがまとまらない。
その様子を見て、白ヶ崎が少しだけニヤッとした。
「……じゃあさ」
軽い調子で言う。
「一緒に寝る?」
「……は?」
思わず顔を上げる。
「いや、冗談だけど」
そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
「……」
普通なら、即答で断る。
そんなの無理に決まってる。距離が近すぎるし、色々とまずい。
そういうのは、ちゃんと線引きするべきだと分かっている。
「……」
けれど——
「……いいけど」
気づけば、そう言っていた。
「……え?」
白ヶ崎が目を見開く。
「……マジ?」
「……」
自分でも驚いている。
なんで、今それを許したのか。
理由は、うまく言葉にできない。
ただ——
一人になりたくなかった。それだけだった。
「……ほんとに?」
白ヶ崎が確認する。
「……ああ」
短く答える。
「……」
一瞬の沈黙。
それから——
「……変なことしないでよね」
少しだけ茶化すように言う。
「するかよ!」
反射的にツッコむ。
「絶対しないからな!」
「はいはい」
軽く流される。
そのやり取りが、少しだけ懐かしかった。
「……」
ベッドに視線を向ける。
一人用。
当たり前だが、広くはない。
「……どうすればいいんだ、これ」
「詰めればいけるでしょ」
「雑だな」
「大丈夫でしょ」
本当に気にしていない様子だった。
「……」
少しだけ息を吐く。
「……まあ、いいか」
どうにでもなれ、という気分だった。
「じゃあ、端っこ使っていいよ」
白ヶ崎が言う。
「……俺が端でいい」
「いいの?」
「いい」
短く返す。
それ以上考えると、また変に意識しそうだった。
「……」
二人でベッドに入る。
並んで横になる。
「……」
近い。
思った以上に、距離が近い。肩が触れそうで、触れないくらいの距離。
「……」
変に意識してしまう。
さっきまでの落ち着いた空気が、一気に別の意味で落ち着かなくなる。
「……」
白ヶ崎は、特に気にしていない様子だった。
むしろ——
「……」
少しだけ、楽しそうに見えた。
「……」
息を整える。
とりあえず、寝る。
それだけに集中する。
「……おやすみ」
白ヶ崎が小さく言う。
「……おやすみ」
短く返す。
目を閉じる。
意識を落とそうとする。
「……」
静かになる。
さっきまで聞こえていた生活音も、今はほとんどない。
二人分の呼吸だけが、ゆっくりと重なっている。
「……」
そのまま、時間が流れる。
——その時だった。
「……っ」
ふいに、何かが触れた。
一瞬、体が固まる。
「……」
白ヶ崎だった。
少しだけ距離を詰めて、真守に抱きつくような形になっている。
「……」
完全に、思考が止まる。
どうする。
動くべきか。離すべきか。
いや、そもそも起きてるってバレるのも——
「……」
とっさに、寝ているふりをする。
呼吸を変えないようにする。体も動かさない。
「……」
心臓だけが、やけにうるさい。
近すぎる。
距離が。
「……」
そのまま、しばらく時間が流れる。
動けないまま。
その時——
「……幸せ」
小さな声。
白ヶ崎の、独り言だった。
「……」
思わず、少しだけ目を開けそうになるのを堪える。
その言葉が、やけにまっすぐだった。
ふざけてもいない。誤魔化してもいない。
ただ、そのままの本音。
「……」
なんだそれ、と心の中で思う。
状況としては、かなりおかしいはずなのに。
それでも——
「……」
少しだけ、胸の奥が軽くなる。
さっきまでの重さが、ほんの少しだけ薄れる。
「……」
目を閉じたまま、意識を落とす。
考えようとすれば、いくらでも考えられる。
けれど——
今は、それをしなくていい気がした。
「……」
隣に、人がいる。
それだけで、十分だった。
気づけば、そのまま眠りに落ちていた。




