128話 俺×静かな時間=少しだけ救われました。
部屋の中は、ずっと静かだった。
時計の針の音だけが、一定のリズムで響いている。カチ、カチ、と刻まれるその音が、やけに大きく感じる。
「……」
白ヶ崎は、変わらずそこにいた。
床に座ったまま、特に何をするでもなく、ただ同じ空間にいる。
真守も、ベッドに座ったまま動かない。
会話はない。
無理に話そうとする気配もない。
それでも——
不思議と、居心地は悪くなかった。
「……」
どれくらい時間が経ったのか分からない。
気づけば、部屋の中の光が少しずつ暗くなっていた。夕方を過ぎて、夜に変わり始めている。
「……ね」
ふいに、白ヶ崎が口を開いた。
「ご飯、食べよっか」
「……」
その言葉を聞いた瞬間——
ぐう、と小さく音が鳴った。
自分のお腹だった。
「……」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
けれどすぐに理解する。
「……腹、減ってる」
ぽつりと呟く。
さっきまで、そんな感覚は一切なかったのに。
「……」
なんでだよ、と心の中で思う。
こんな状態なのに。
あんなことがあって、頭もぐちゃぐちゃで、何も整理できていないのに。
それでも、体は普通に腹が減る。
「……普通に」
その言葉が、ふと頭をよぎる。
結城の言葉。
——普通に出会って、普通に好きになりたかった。
「……」
少しだけ、胸が痛む。
「……行く?」
白ヶ崎が聞く。
「……ああ」
短く答える。
立ち上がる。
体はまだ少し重いけれど、さっきほどじゃない。
部屋を出て、二人でリビングへ向かう。
「……」
電気をつける。
いつもの空間。けれど、どこか久しぶりな気がした。
冷蔵庫を開けて中を見る。
「……」
数週間前に買った食材が、そのまま残っていた。
野菜はしなびている。肉も、明らかにもうダメな色をしている。
「……」
最近の自分を思い出す。
まともに食事をしていなかった。
ほとんど、カップラーメンだけで済ませていた。
「……終わってんな」
小さく呟く。
食生活も、生活自体も。
全部、崩れていた。
「これ、ほぼダメだね」
白ヶ崎が覗き込んで言う。
「……だな」
冷蔵庫を閉める。
「……コンビニ行こっか」
白ヶ崎が自然に言う。
「気分転換にもなるし」
「……」
少しだけ考えて——
「……行くか」
頷く。
外に出る。
夜の空気は、昼よりも冷たかった。
頬に当たる風が、少しだけ頭を冷やしてくれる。
「……」
二人で並んで歩く。
街灯が、一定の間隔で道を照らしている。
静かな夜。人通りは少ない。
「……」
その景色に、ふと記憶が重なる。
夜の道。
同じように歩いたことがある。
祇園に会うため。
「……っ」
一瞬で、空気が変わる。
あの時の会話。
あの時の違和感。
全部が、頭の中に蘇る。
「……」
足が、わずかに止まりそうになる。
その時だった。
「ね」
白ヶ崎の声。
「コンビニでさ、新作のスイーツ出てたよ」
「……は?」
一気に現実に引き戻される。
「この前見たんだけど、結構美味しそうだった」
「……なんだそれ」
「チョコ系」
「雑すぎだろ説明」
「食べれば分かる」
「適当だな」
自然と、言葉が返っていた。
「……」
白ヶ崎は、特にこちらを見ないまま続ける。
「あと、おにぎりも新しいの出てた」
「どんだけチェックしてんだよ」
「普通でしょ」
「普通じゃねぇよ」
軽く言い合う。
さっきまでの重たい空気が、少しだけ薄れる。
「……」
気づく。
白ヶ崎が、わざと話題を振っていることに。
さっきの空気を、引きずらせないように。
「……」
それが分かって、少しだけ楽になる。
「……今日は」
白ヶ崎が、ふいに言う。
「ずっと一緒にいるから」
足を止めずに、そのまま続ける。
「安心していいよ」
「……」
その言葉が、すっと入ってくる。
抵抗もなく。そのまま。
「……うん」
小さく、返す。
それだけで、十分だった。
コンビニに着き、適当に食べ物を選ぶ。
おにぎりと、弁当と、飲み物。
白ヶ崎はさっき言っていたスイーツを手に取っていた。
「それかよ」
「そう」
「ほんとに買うんだな」
「当たり前」
レジを済ませる。
また、夜道を歩く。
さっきよりも、少しだけ足取りが軽かった。
部屋に戻る。
テーブルに食べ物を並べる。
「いただきます」
小さく言って、食べ始める。
「……」
一口食べる。
普通の味だった。コンビニの弁当。
特別美味しいわけでもない。
けれど——
「……」
ちゃんと、食べている感覚があった。
隣で、白ヶ崎も普通に食べている。
スイーツを開けて、無言で食べている。
「……」
しばらく、静かな時間が流れる。
その中で——
「……私ね」
白ヶ崎が、ぽつりと口を開いた。
「今の時間、嫌いじゃない」
「……」
少しだけ手が止まる。
「真守くんは、辛いかもしれないけど」
淡々とした口調のまま、続ける。
「私は、こうして真守くんのそばにいる時間、嫌いじゃない」
「……」
場違いな言葉かもしれない。
普通なら、もっと違う言い方をする場面なのかもしれない。
それでも——
「……」
不思議と、嫌じゃなかった。
むしろ、そのまっすぐさがありがたかった。
「……そっか」
小さく返す。
それだけで、十分だった。
「……」
白ヶ崎が、少しだけこちらを見る。
「私、ずっと一緒にいるから」
はっきりと言う。
「絶対に裏切らない」
「……」
視線が合う。
逃げていない目だった。
「だから」
一拍置いて——
「一人で抱え込まないで」
「……」
「一緒に、解決してこ」
その言葉は、軽くなかった。
ちゃんと、覚悟を持って言っているのが分かる。
「……」
真守は、しばらく何も言えなかった。
その言葉を、そのまま受け取る。
疑うこともなく。誤魔化すこともなく。
ただ、真っ直ぐに。
「……ああ」
小さく、頷く。
それが、今できる精一杯だった。
それでも——ちゃんと、届いていた。




