125話 俺×病室の扉=怖くて仕方ありません。
教室に戻ったあとも、落ち着かなかった。
席に座っているはずなのに、どこにも座れていないような感覚。周りの声も、景色も、どこか遠くにある。
「……」
会長の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
——面会ができるようになったよ。
その一言だけが、やけに鮮明に残っていた。
「……」
会える。
それだけのはずなのに、胸の奥がざわつく。行きたいはずなのに、足が動かない。
「……なんでだよ」
小さく呟く。
自分でもわかっている。ただ様子を見に行くだけだ。無事かどうか確認するだけ。
それだけのことなのに——怖い。
「……」
何が怖いのかも、はっきりしない。
結城の状態か、それとも——
「……」
それ以上は考えないようにするが、思考は勝手に沈んでいく。
もし、もう話せない状態だったら。もし、自分のことを恨んでいたら。
もし——
「……っ」
考えが止まらない。
息が、少しだけ浅くなる。
気づけば、拳を強く握っていた。
このままここにいても、何も変わらない。
「……行くか」
小さく呟く。
その言葉と同時に、体が動いていた。
席を立ち、教室の扉へ向かう。まだホームルームも始まっていない。そのまま扉を開けて、廊下に出る。
止まらない。
ただ、それだけを考えて歩く。
「……ちょっと」
後ろから声がする。
振り返ると、白ヶ崎だった。
「どこ行くの」
「……ちょっとな」
それだけ言って前を向く。
けれど——
「ちょっとじゃないでしょ」
すぐに前に回り込まれ、行く手を塞がれる。
「……」
顔を上げる。
「……その顔、なに」
白ヶ崎の声が少し低くなる。
「……別に」
そう返すが、自分でも分かる。
まともな顔じゃない。
「歪んでる」
はっきり言われる。
「……」
言い返せない。
「……結城のとこ行くんでしょ」
「……ああ」
短く答える。
「大丈夫かって聞きに行くだけだ」
それだけのはずだった。
「それなのに——」
言葉が詰まる。
「……怖い」
小さく漏れる。
「なんでか分かんねぇけど……めちゃくちゃ怖い」
情けないと思う。
それでも、止められない。
「……」
白ヶ崎は何も言わない。
少しだけ間を置いてから——
「じゃあ、私も行く」
「……は?」
思わず顔を上げる。
「一緒に行く」
当たり前みたいに言う。
「いや、いいって」
即答だった。
「関係ないだろ」
「関係なくても行く」
「来んなって」
「来る」
一歩も引かない。
「……」
少しだけ苛立つ。
けれど、それ以上に——
「……なんでだよ」
その言葉が先に出た。
「……」
白ヶ崎が少しだけ視線を逸らす。
「……嫌な予感がするから」
「は?」
「真守くんが」
一瞬、間があって——
「真守くんじゃなくなっちゃう気がする」
「……」
何も返せなかった。
「だから、そばにいるだけでいい」
白ヶ崎が続ける。
「面会はしない。外で待ってる」
「……」
「でも、病院までは一緒に行く」
「……」
一人よりは、マシかもしれない。そんな考えが、頭をよぎる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
「……勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言う。けれど、それは拒絶じゃなかった。
「ありがと」
白ヶ崎が小さく言う。
「礼はいらないよ」
そう返して、歩き出す。
隣に、足音が並ぶ。
「……」
一人じゃない。
それだけで、ほんの少しだけ楽だった。
駅へ向かい、電車に乗る。
移動の間、ほとんど会話はなかった。それでも気まずさはない。ただ隣にいる、それだけだった。
病院が近づくにつれて、また胸がざわつき始める。
それでも、足は止まらなかった。
病院に着き、受付で名前を伝えると、案内はすぐに通った。
「面会、可能になってます」
その言葉で、現実味が増す。
「ただし、短時間でお願いします」
「……はい」
短く答える。
廊下を歩く。一歩進むごとに、心臓の音が大きくなる。
病室の前で、足が止まる。
ドアの向こうに、結城がいる。
何を言えばいいのかも、わからない。
「……行ってきなよ」
横から、白ヶ崎の声。
「私はここで待ってるから」
「……」
ちらっと見る。
白ヶ崎は、いつも通りだった。
「……すぐ戻る」
それだけ言って、ドアに手をかける。
開ける。
病室に入る。
静かな空間。
ベッドの上に——結城がいた。
「……」
ゆっくりと、視線が合う。
「……」
その目は——光が、なかった。




