124話 俺×再会=踏み出すか迷ってます。
朝の空気は、少しだけ重かった。
昨日のことが、頭のどこかに残っている。言えなかった言葉も、途切れた会話も、そのまま引きずっている感覚があった。
「……」
玄関の前で、一瞬だけ立ち止まる。
考えても仕方ない。そうわかっているのに、足がすぐには動かなかった。
小さく息を吐いて、ドアノブに手をかける。
開ける、その瞬間だった。
隣の扉が、ちょうど開く。
「……」
視線が自然とそっちに向く。
そこから出てきたのは——
真希那だった。
「……」
一瞬、思考が止まる。
赤坂の部屋。
そこから、当たり前のように出てきた姿。
スーツ姿で、髪も少し整えていて、いつもより大人びて見える。
「……」
目が合う。
けれど、言葉は出てこない。
ただ——胸の奥に、ほんの少しだけ別の感情が混ざる。
「……」
ちゃんと、近くにいたんだな。
そんな、どうでもいいはずのことに、少しだけ安心している自分がいた。
ずっと帰ってこなかったわけじゃない。どこか遠くに行ったわけでもない。すぐ隣に、いた。
それだけで——
「……」
少しだけ、力が抜ける。
「……あの——」
言葉を探して、口を開く。
けれど——
真希那が、こちらを睨む。
強く、まっすぐに。
そのまま視線を逸らして、何も言わずに歩き出した。
「……っ」
言葉が、途切れる。
足音だけが遠ざかっていく。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
さっき感じた安心感が、一瞬で掻き消える。
イラつきと、落ち込みが同時にくる。
「……なんだよ」
誰に言うでもなく呟く。けれど、それ以上は何もできなかった。
そのまま学校へ向かう。
足は自然と、生徒会ではなく教室の方へ向いていた。
「……」
教室の前で、ほんの一瞬だけ迷う。
それでも、そのまま扉を開けた。
「お、楽々浦!」
神宮丸の声が飛んでくる。
「昨日マジで最高だったな!」
「お前だけだろあんな騒いでたの」
「いやいやお前も普通に楽しんでただろ!」
「してねぇよ」
「嘘つけ!」
「うるせぇな」
軽く返す。
自然に出た言葉だった。
「……」
教室の空気、人の声、ざわめき。
どれも、久しぶりに感じる。
「ね」
横から声。
白ヶ崎だった。
「ちゃんと来たんだ」
「……まぁな」
「ふーん」
それだけ。
いつも通りの距離。
特に踏み込んでこない。それが、少しだけありがたかった。
そのまま時間が流れていく。
授業、休み時間、他愛のないやり取り。
全部が、どこか懐かしかった。
そして——昼休み。
「……」
ぼんやりしていると、背後から声がした。
「楽々浦君」
静かな声。
けれど、それだけで教室の空気が変わる。
振り向く。
そこにいたのは——会長だった。
一瞬でざわめきが広がる。
小さな歓声。
視線の集中。
「……」
白ヶ崎だけは、特に変わらない。
ちらっと見るだけで、すぐに視線を外す。
「少し、いいかな」
会長が穏やかに言う。
「……はい」
立ち上がる。視線を背中に感じながら、教室を出る。人のいない廊下を少し歩いて、二人きりになる。
「……」
静かになる。
「さて」
会長が口を開く。
「気持ちは変わったのかい?」
「……なんのことですか」
「個室のことだよ」
穏やかなまま続ける。
「今日は、そこにいなかっただろう?」
「……」
少しだけ間が空く。
「……気分転換です」
短く答える。
「なるほど」
会長が小さく頷く。
そのまま、少しだけ口元を緩める。
「それなら、ちょうどいい」
「……?」
「朗報がある」
その一言で、空気が変わる。
「結城君の件だ」
「……っ」
自然と、体が反応する。
「面会ができるようになったよ」
「……え」
一瞬、理解が追いつかない。
「医師の判断でね。まだ完全ではないけれど、短時間なら可能になった」
「……」
胸が、強く打つ。
「……そうですか」
思わず、小さく息が漏れる。
会える。
その事実だけが、先に胸に落ちてくる。
「君なら、どうするかなと思ってね」
会長が静かに言う。
「行くか、行かないか」
「……」
言葉が出ない。
頭の中に、いくつものものが浮かぶ。真希那のこと、赤坂のこと、昨日のこと。
そして——結城の姿。
「……」
会いたいのか。
それとも——
「……」
自分でも、わからなかった。
「焦る必要はないよ」
会長が穏やかに言う。
「君が決めればいい」
「……」
その言葉が、静かに残る。
選ぶのは、自分だ。
「……」
小さく息を吐く。
まだ、答えは出ない。
けれど——その選択が、すぐそこまで来ていることだけは、はっきりとわかっていた。




