122話 俺×友との夜=少しだけ前を向けました。
夜の空気は、思っていたよりも冷たかった。
ゲームセンターの喧騒を抜けて外に出た瞬間、その静けさに少しだけ耳が慣れなくなる。さっきまでの音が嘘みたいに、街は落ち着いていた。
「いやー、マジで楽しかったな!」
神宮丸が両手を頭の後ろで組みながら、大きく伸びをする。
「声でかい」
白ヶ崎がすぐに返す。
「いやでも楽しかっただろ?」
「まあ……悪くはなかった」
「素直じゃねぇな〜」
「うるさい」
いつものやり取り。
変わらないテンポ。
「……」
その少し後ろを歩きながら、それを聞いている。
街灯に照らされた二人の背中。何も変わっていないようで、でも確かに今この瞬間を一緒に歩いている。
その事実が、少しだけ不思議だった。
夜風が、頬を撫でる。
少しだけ汗ばんでいた体温を、ゆっくりと冷ましていく。
「なあ楽々浦!」
神宮丸が振り返る。
「さっきのプリクラ見せろよ!」
「やだよ」
即答だった。
「なんでだよ!」
「お前には見せない」
「ひでぇ!」
「自業自得」
白ヶ崎が冷たく言い放つ。
「トイレ行ってたあんたが悪い」
「それはそうだけどさ!」
「じゃあ諦めなさい」
「ぐっ……!」
完全に論破されている。
「楽々浦だけでもいいだろ!?」
「やだって言ってんだろ」
少しだけ強めに返す。
「ちぇー……」
神宮丸が分かりやすく肩を落とす。
その様子が、妙に面白くて——
「……はは」
気づけば、小さく笑っていた。
「あ」
神宮丸が目を見開く。
「今笑っただろ!」
「いや別に」
「笑ってたって!」
「気のせいだろ」
「絶対笑ってた!」
「うるせぇな」
軽く言い返す。
そのやり取りが、自然だった。
無理に合わせたわけでもなく、気を遣ったわけでもない。ただ、流れのまま出た言葉。
「……」
それに、自分で少し驚く。
こんな風に言葉が出るのは、いつぶりだろうか。
少しだけ、歩くペースが揃う。
三人の距離が、自然と横並びになる。
会話が一瞬だけ途切れる。
けれど、それは気まずさじゃなかった。
ただの、静かな時間。
足音だけが、規則的に響く。
夜の住宅街。遠くで犬が鳴く声。風が木を揺らす音。その全部が、やけに心地よかった。
「……」
何も考えていない。
いや、正確には——考えなくていい時間だった。
ここ最近、ずっと頭の中を占めていたもの。祇園のこと、結城のこと、赤坂のこと。
全部が、少しだけ遠くにある。
「……こんな時間、久しぶりだな」
心の中で、ぽつりと呟く。
何も解決していない。
状況は何も変わっていない。
それでも——
「……楽だな」
ただ、それだけを思った。
「ね」
ふいに、隣から声がした。
気づけば、白ヶ崎が横に並んでいた。
神宮丸は少し前を歩いている。
「今日の真守くん」
白ヶ崎が前を向いたまま言う。
「ちょっとマシだった」
「……は?」
思わず顔を向ける。
「なにそれ」
「そのままの意味」
淡々としている。
「さっき、普通に笑ってたし」
「……別に」
「別にじゃないでしょ」
軽く言われる。
「前よりは、全然マシ」
白ヶ崎が続ける。
「……」
その言葉に、何も返せなかった。
「でも」
一拍置いて——
「前の方が、もっとマシだったけど」
「……」
胸の奥が、少しだけ揺れる。
否定する言葉はいくらでも出せるはずだった。
うるさいとか、余計なお世話とか、放っとけとか。
けれど——
「……」
出てこなかった。
図星だったからかもしれない。
それとも——
その言葉に、嫌な感じがしなかったからかもしれない。
「……」
前を見る。
街灯が、道を等間隔に照らしている。
その光の中を、三人で歩いている。
「……別に、戻りたいとは思ってないけど」
ぽつりと、口から出た。
「でも」
言葉を選ぶ。
「最近の自分、正直……好きじゃない」
それは、初めて口にした本音だった。
「……そ」
白ヶ崎は、それ以上何も言わない。
ただ、少しだけ距離を詰めてくる。
肩が、軽く触れる。それだけだった。
でも——
それだけで、十分だった。
「……」
無理に励まさない。深く踏み込まない。
でも、離れもしない。
その距離が、やけに心地よかった。
「おーいお前ら!!」
前から神宮丸の声。
「なんか二人だけ空気違くね!?」
一気に現実に引き戻される。
「気のせい」
白ヶ崎が即答する。
「いや絶対違うだろ!?」
「うるさい」
「ひでぇ!」
いつもの調子に戻る。
「……」
少しだけ、息を吐く。
胸の奥にあった重さが、ほんの少しだけ軽くなっていた。
全部は無理でもいい。
一気に変わらなくていい。
「……」
夜空を見上げる。
雲の隙間から、星が少しだけ見えた。
「……もう少しだけ」
小さく呟く。
「ちゃんとやってみるか」
その言葉は、誰にも届かないくらいの小さなものだった。
けれど——確かに、自分の中で変わり始めていた。




