121話 俺×放課後=少しだけ戻ってきた気がします。
電車の揺れが、やけに新鮮だった。
窓の外を流れていく景色。夕方に差し掛かった街の色。制服のまま電車に乗って、どこかへ向かうなんて、いつぶりだろうか。
「いやー久々に遠征って感じするな!」
神宮丸が楽しそうに声を上げる。
「一駅で遠征とか言わないで」
白ヶ崎が即座に切り捨てる。
「いや気分の問題だろ!」
「気分で遠征って言うのダサいからやめて」
「辛辣!」
いつものやり取り。
「……」
それを、横で聞いている。
二人は、何も変わらない。
自分の中で色々あったことなんて、関係ないみたいに。
それが——
「……」
少しだけ、楽だった。
無理に合わせる必要もないし、気を遣われるわけでもない。ただ、いつも通りの距離で接してくる。
今の自分には、それがちょうどよかった。
駅を降りて、少し歩いた先。
大きなゲームセンターが見えてくる。
「お、ここだここだ!」
神宮丸が先に走り出す。
「はしゃぎすぎ」
白ヶ崎が呆れたように言いながら、その後を追う。
「……」
その後ろを、少しだけ遅れてついていく。
中に入ると、音が一気に押し寄せてきた。
電子音、笑い声、機械の駆動音。全部が混ざって、頭の中が一瞬だけ忙しくなる。
「うおー!やっぱこれだよな!」
神宮丸がテンション高く振り返る。
「まず何やる!?」
「うるさい」
白ヶ崎が淡々と返す。
「ちょっとは落ち着いて」
「無理!楽々浦!お前何やる!?」
急に振られる。
「……別に」
少しだけ視線を動かす。
クレーンゲーム。音ゲー。対戦ゲーム。
「……適当でいい」
「よしじゃあ全部だな!」
「雑すぎでしょ」
白ヶ崎が呆れた顔をする。
「順番とか考えなさいよ」
「じゃあまずは——」
そこから、わちゃわちゃと動き出す。
クレーンゲームで神宮丸が無駄に熱くなって、結局取れずに落ち込んで、白ヶ崎に「センスない」と言われて。
音ゲーで白ヶ崎が普通に上手くて、神宮丸が「なんでそんなできるの!?」と騒いで。
その横で、ただ見ているだけの時間もあった。
けれど——
「……」
気づけば、少しだけ体が軽かった。
頭の中の重さが、ほんの少しだけ薄れている。
「ほら次!」
神宮丸がまた声を上げる。
「まだやるの?」
「当たり前だろ!」
「元気すぎ」
「若さだ!」
「同い年でしょ」
「精神年齢の話だ!」
くだらない会話。
でも——
「……ふっ」
また、小さく笑っていた。
しばらくして。
「ちょっとトイレ行ってくる!」
神宮丸が急に言い出す。
「行ってこい」
白ヶ崎が適当に手を振る。
「すぐ戻るからな!」
そう言って、慌ただしく去っていく。
「……」
少しだけ、静かになる。
そのタイミングで。
「ね、真守くん」
白ヶ崎がこちらを向いた。
「……なに」
「プリクラ撮ろ」
「は?」
一瞬、意味がわからなかった。
「いや、なんで」
「いいじゃん」
軽いノリ。
「今なら空いてるし」
「いやそういう問題じゃ——」
「行くよ」
腕を軽く引かれる。
「ちょっ……」
そのまま、半ば強引に連れていかれる。
プリクラ機の前。
「……」
妙に、落ち着かない。
「何その顔」
白ヶ崎が覗き込む。
「別に」
「固すぎ」
「しょうがないだろ」
「しょうがなくない」
即否定だった。
「ほら入るよ」
そのまま中へ押し込まれる。
3、2、1とカウントダウンが始まる。
「はい、ポーズ」
「……」
どうすればいいのかわからない。
とりあえず立つ。
その横で、白ヶ崎は普通にピースしている。
「ほら笑って」
「無理」
「無理じゃない」
近い。
距離が。
「……」
視線のやり場に困る。
「次いくよ」
シャッター音。
また、カウント。
「ちょっとは慣れた?」
「あぁ、少しは慣れた」
「嘘」
白ヶ崎が少し笑う。
そのまま、少しだけ距離を詰めてくる。
「……」
肩が触れる。さっきより近い。
「ほら」
「……」
何も言えないまま、またシャッターが切られる。
回数を重ねるごとに、少しずつ空気が変わっていく。最初のぎこちなさが、少しずつ抜けていく。
気づけば、自然と笑っていた。
「いいじゃん」
白ヶ崎が満足そうに言う。
「その顔」
「……どの顔だよ」
「今の」
またカウントが始まる。
その瞬間——
「はい最後」
白ヶ崎が、ぎゅっと腕に抱きついてきた。
「!?」
反応が遅れる。
そのまま——シャッター。
「……」
一瞬、思考が止まる。
「何してんだよ」
「別に」
平然としている。
「最後くらいサービス」
「意味わかんねぇ」
「照れてる?」
「照れてない」
「顔真っ赤だけど」
「違う」
完全に見透かされていた。
落書きコーナーに移動する。
画面に映る写真。
「……」
どれも、自分だった。
でも、どこか違う。
「ほらこれ」
白ヶ崎が一枚を指さす。
「この顔」
そこには、自然に笑っている自分がいた。作っていない、無意識の笑顔。
「……」
こんな顔、いつぶりだ。
「これが一番好きかな」
白ヶ崎がぽつりと言う。
「……」
何も言えなかった。
ただ、その写真から目が離せない。
問題が起こる前の、自分。そんな感覚が、そこにあった。
「……で」
白ヶ崎が最後の一枚を見て、ニヤリとする。
「これ」
「……やめろ」
さっきのやつだった。完全に照れている自分。
「いいじゃん」
「よくねぇ」
「分かりやすいし」
「違う」
「いや分かりやすい」
完全にからかわれている。
「これはあれだ、タイミングが悪くて——」
「言い訳下手すぎ」
「違うって」
必死に否定する。
「ほんとに?」
「ほんと」
「へー」
ニヤニヤしている。
「……」
その空気が、少しだけ心地よかった。
「おいお前ら!!」
背後から声。
振り向くと、神宮丸が立っていた。
「何してんだよ!!」
明らかにショックを受けている。
「なんで俺がいない間に!!」
「タイミング悪いあんたが悪い」
白ヶ崎が即答する。
「ひどくない!?」
「事実でしょ」
「いやそうだけどさ!!」
「じゃあ文句言わないで」
「ぐっ……!」
言い返せない。
「ずるいだろ!」
神宮丸がこっちを見る。
「楽々浦も楽しそうじゃねぇか!」
「……別に」
「いや絶対楽しかっただろ!いや絶対楽しかっただろ!!」
意味もなくニ回言う。
「よし!」
急に立ち直る。
「もう一回撮るぞ!三人で!」
「断る」
白ヶ崎が即答する。
「なんで!?」
「今ので十分」
「俺がいないじゃん!」
「知らない」
「冷たすぎる!」
「トイレ行ったあんたが悪い」
「それ言われると何も言えない!」
わちゃわちゃと騒ぐ。
気づけば、外に出ていた。
空はもう、少し暗くなっている。
「電車乗る?」
神宮丸が聞く。
「……どうする」
白ヶ崎がちらっとこっちを見る。
「……」
少しだけ考える。
「……歩くか」
ぽつりと言う。
「お、いいじゃん!」
神宮丸が乗る。
「運動にもなるしな!」
「単純」
白ヶ崎が呟く。
「でもまあ、それでいい」
そのまま、三人で歩き出す。
「……」
騒がしくて、面倒で。
でも——
「……悪くない」
小さく呟く。
その声は、完全に軽くなっていた。




