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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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119話 俺×個室=とても心が楽です。

教室の前まで来て、足が止まった。


扉の向こうから聞こえてくるざわめき、笑い声、机が引かれる音。全部、ほんの少しだけ遠く感じる。


「……」


入ろうと思えば入れる。


けれど、手は動かなかった。

理由はわかっている。


——面倒くさいからだ。


誰かと顔を合わせるのも、気を遣うのも、何かを聞かれるのも、全部。


小さく息を吐いて、踵を返す。


向かう先は決まっていた。


生徒会室。


扉を開けると、いつも通りの空気がそこにあった。ただ、その中心にいるはずの人の存在だけが、やけに強く感じられる。


「おはよう、楽々浦君」


会長が、こちらを見て微笑む。


その声だけで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「……おはようございます」


軽く返すと、会長はゆっくりと立ち上がる。


「昨日言ったこと、覚えているかな」


「……はい」


「なら、ついておいで」


それ以上の説明はなかった。


そのまま歩き出す会長の後ろを、何も考えずについていく。

廊下を抜けて、階段を上がり、さらに奥へ。普段はほとんど使われていない廊下だった。


静かすぎるくらいに、音がない。

その先で、会長が一つの扉の前で立ち止まる。


「ここだよ」


鍵を開けて、扉を開く。


「……」


中は、想像していたよりもずっと整っていた。


机と椅子。書類棚。必要最低限のものだけが揃っている。


無駄がない。


そして——静かだった。

外の音が、ほとんど入ってこない。


「ここなら、誰にも邪魔されない」


会長が穏やかに言う。


「君が望んでいた環境だ」


「……」


言葉が、すぐには出てこなかった。


ただ一歩、中に入る。


ドアが閉まる。


それだけで、外と切り離された感覚があった。


「……いいですね」


自然と、そう口にしていた。


会長は満足そうに頷く。


「だろう?君には、こういう場所の方が合っている」


否定されない。

ただ、それだけで——


「……はい」


頷いてしまう自分がいた。


「無理はしなくていい。君は君のペースでやればいい」


そう言い残して、会長は部屋を出ていった。


一人になる。


「……」


静かだった。


驚くほどに。


椅子に座り、目の前の書類に手を伸ばす。

ページをめくる音だけが、小さく響く。


誰もいない。話しかけてくる人もいない。

気を遣う必要もない。


「……楽だな」


ぽつりと呟く。


その言葉が、妙にしっくりきた。


——ここなら大丈夫だ。


そんな感覚が、自然と胸に広がっていく。




それから、どれくらい時間が経ったのか。


気づけば、作業は驚くほど進んでいた。

集中できている。無駄な思考が入らない。


感情も、余計なことも、全部切り離されているみたいだった。


「……」


これでいい。


これが、一番効率がいい。

誰も傷つけない。誰にも、傷つけられない。


その途中で、一度だけ扉がノックされた。


「順調そうだね」


会長だった。


「……はい」


「顔もいい。無理をしているようには見えない」


穏やかな声。


「君はちゃんとやれているよ」


その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。


「……ありがとうございます」


「何かあれば、すぐに言ってくれ」


それだけ言って、会長はまた去っていく。


「……」


一人。


また、静けさが戻る。

けれどそれは、嫌なものじゃなかった。


むしろ——


「……落ち着く」


そう思ってしまう自分がいた。


気づけば、放課後になっていた。


部屋を出ると、外の空気が少しだけ重く感じる。

さっきまでの静けさが、嘘みたいだった。


生徒会室には寄らず、そのまま帰ることにする。

廊下を歩きながら、ぼんやりと考える。


「……」


今日は、誰ともほとんど話していない。


それなのに、不思議と気は楽だった。

イライラもしない。余計なことも考えない。


「……これでいいだろ」


小さく呟く。


それが正しいかどうかは、わからない。

でも、少なくとも——今は楽だった。


下駄箱まで来た時だった。


「……あ」


聞き慣れた声。


顔を上げると、そこに白ヶ崎がいた。


「真守くん」


軽く手を振る。


「……白ヶ崎さん」


「今帰り?」


「まぁ」


短く返す。


白ヶ崎は少しだけこちらを見て、それからいつも通りの距離感で隣に立った。


何かを聞いてくるわけでもない。踏み込んでくるわけでもない。

ただ、そこにいる。


「……最近さ」


ぽつりと白ヶ崎が言う。


「全然教室来ないね」


「……そうだな」


「ふーん」


それ以上は追及しない。


けれど、視線だけは少しだけ長くこちらに残る。


——わかってる。


多分、何かしらは察してる。

それでも、何も言わない。


「……」


その距離が、少しだけ楽だった。


「何してたの?」


「生徒会」


「そっか」


軽い会話。


いつもと変わらないやり取り。


なのに、少しだけ違う気がするのは、自分のせいだろうか。


「……」


白ヶ崎が、ふと視線を逸らす。


少しだけ間が空く。

そして——


「……なんかさ」


小さく呟くように言った。


「今の真守くん、つまんない」


「……は?」


思わず声が出る。


あまりにも唐突だった。


「なんだよそれ」


少しだけ眉を寄せる。


白ヶ崎は肩をすくめる。


「別に深い意味ないけど」


「……」


「前の方が、もうちょいマシだった気がする」


さらっと言う。


悪気もなさそうに。

ただの感想みたいに。


「……」


言い返そうとして、言葉が出てこなかった。


「ま、いいけど」


白ヶ崎はそれ以上何も言わず、靴を履き替える。


「じゃ、また明日」


軽く手を振って、そのまま去っていく。


「……」


その背中を、少しだけ見送る。


何も残さなかったようで——


何かだけは、確かに残していった。


「……」


小さく息を吐く。


頭の中に、さっきの言葉が残る。


——つまんない。


「……別にいいだろ」


そう呟く。


すぐに切り替えるように、視線を前に戻す。


あの部屋のことを思い出す。静かで、誰もいなくて、楽で。


「……あそこがあれば」


それでいい。

そう思いながら、真守はゆっくりと歩き出した。

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