11話 俺×事故物件=幽霊ではありません。
「俺の部屋がない……?」
一ヶ月が経ち、ようやく部屋のレイアウトがまとまり居心地の良さを感じていたのに、
そんなのってありかよ……
「まぁ、実際のところは移動させられたんだがな」
「ちょ、ちょっと詳しく教えてください!」
真守の部屋は寮の最上階の角部屋で、なぜそんな良いところを意図も簡単に取れたのか、
そんなの決まっている。俺の部屋には欠陥があったからだ。
実のところ、最近雨が降ると部屋の中が水浸しになってしまってた。まぁ、所謂、雨漏りってやつだが、雨の日以外にも田舎町特有の朝霧に毎日悩まされていた。だが、毎朝、天井から滴り落ちる雨漏りで目が覚めるのが日課になり、ここ最近それを目覚ましに活用をするほどこの部屋はお気に入りになっていた。
なのになぜ……?
「楽々浦の姉から苦情が入ってな」
「あぁ、姉から苦情が入ったんですか……って、真希ねぇが!?」
真守が驚いている傍で、真希那は自分のおでこにピースサインを作り舌を出しながらウィンクしていた。
「ごめんっ、まー君の部屋が住みずらかったからさ」
「ま、真希ねぇ……」
また余計なことをしやがってと心の中で思ったが真守は口に出すことはなかった。
まず、そもそもの問題で、なぜ真希ねぇが俺の部屋の欠陥のことを知っているんだ?それに、なぜ俺の部屋の移動を真希ねぇの独断と偏見で決めたのか……
「そ、そんな、まさかね……」
「そのまさかよ」
「えっ?」
咲宮は真守の考えていることを見透かしたかのように手のひらを空に向け、呆れ顔で首を横に振りながらため息をついた。
「そうそう、まー君にはさっき言おうとしたんだけど、今日から私もここに住むことになりました!!」
「や、やっぱり、そうだったのか……」
嫌な予感が的中し、落胆する真守。
寮の間取りでは精々、シャワートイレ別の1Kがいいとこで、そんな6畳もないの部屋で弟愛好家の姉と二人暮らしするのは危険が多すぎると思わないか?
「ちょ、ちょっと待ってください。男子寮は女人禁制だったはずですけど?」
「まぁ、そうだな」
真守の言う通り、八ツ星学園の学生寮は男女の区分けはしっかりしており、一歩でも男女境界線を超えてしまうと、咲宮からとっておきの罰を与えられるという。
「だったら、真希ねぇは男子寮に入れない、それと、俺が女子寮に入ることもない、つまり、二人が一緒に住むのは不可能のはずだ!」
真守は自信満々に叫ぶ。どんなに頑張っても超えることのできない男女という性別の壁。それを最大限に利用した真守は勝利を確信していた。
まず、俺は誰と戦っているのやら……
「まー君、そんなに私と住むのが嫌なの?」
真希那はショックで涙目になり、自分の胸を押さえつける。
「ま、真希ねぇ!何してるの!?」
「うぅ、まー君がそんなひどいこと言うならお姉ちゃんはもう死ぬ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
真守のちょっとした意地悪も真希那にとっては生死をも左右する効果がある。
そんな姉弟の茶番を見ていた咲宮は、ズボンの後ろポケットに忍ばせておいた2つ目のお玉を取り出し、二人の頭を勢いよく振り抜いた。
「痛っ!」
「痛いっ!」
姉弟揃って頭を抑える。
「お前らな、勝手に盛り上がるのもいい加減にしろよ?」
先ほどから何かを話したかった咲宮は、ようやく自分の発言権をもらうことができ、疲れ顔で深呼吸を一つした。
「真守の推測は間違いないが、この八ツ星学園の学生寮では唯一、男女境界線が存在しないエリアがあるんだよ」
八ツ星学園の学生寮は男女別と表記されているものの、なぜか一箇所だけ男女部屋が並んでいても大丈夫なところがある。
それは、特待生組の特待生組による特待生組のための学生寮。
八ツ星学園の学生寮は正面から見て左が男子寮、右が女子寮になっており、真ん中は男女の寮を一つにまとめたぐらいの広い空間が作られている。つまり、特待生組はそのだだっ広い空間で部屋を自由に選び、快適に暮らしをしていると言う、高校生ながら貧富の差を味わえる物件となっていた。
「で、でも、俺は特待生じゃないし……」
たしかに、1—Bの特待生枠は白ヶ崎と石井で、特待生でない真守はもちろん、そんな高価な学生寮に住めるはずもなかった。
しかし……
「ちょっと訳があってな、一つの部屋が永久に空き部屋になりそうなんだよ。そこで丁度いいことに部屋の移動の報告をもらってな」
「訳あり……?」
訳ありと聞いて一番最初に浮かぶのは、心霊現象などといった事故物件が頭を過るだろう。
「も、もしかして、前に住んでいた生徒の悪霊とかですか?」
「幽霊なんてそんな物騒なものじゃないわよ」
「じゃ、じゃあ、何が原因で……」
もっともな質問。
「そ、それは、行ってみればわかる……」
咲宮はそんなに言い出しにくいのか、視線が定まらず、口元がおぼつかない。
おいおい、そんなにマズイところに俺の部屋を移動したってのかよ!一体どんな惨劇が起こるのだろうか……
「とりあえず、これがお前の部屋の鍵で、無くした時のために指紋登録しといたからどちらでも開くようになってる」
「し、指紋ロックですか……」
心の整理が終わらないまま、真守たちは特待組が住んでいる寮の前に足を進めた。
「こ、ここが……めちゃくちゃ広くて、めちゃくちゃキレイだ」
「うんうん、お姉ちゃんすごいテンション上がってきたよ!」
思わず息を飲んでしまう。住む世界が違うと痛感させられるほどに。星が4つ付いているホテルにも匹敵する豪華さだった。
「それで、俺たちの部屋は……」
「あ、あっちにエレベーターあるよ!」
広いロビーで迷子になりかけるが、姉弟で力を合わせてなんとか最上階の層にたどり着いた。
1003号室。こ、ここが、俺の新しい部屋。いや、もはや、部屋と言っていいのか?
ドアに手をかけ、横に引く。
「す、すごい……」
真守の目の前に広がっていたのは何畳といったらいいのかわからないほどの特大なリビングに、部屋が5つも付いている、とにかく学生には似つかわしくないものが映っていた。
「ここの一体どこが問題なんだ?」
「そんことより、まー君と私の寝室を決めようよ!」
「い、いや、部屋が5つもあるんだし、お互いのプライベートルームがあっても――、
「ダメッ、全部共有部屋にするの!」
またお決まりの我がままタイムが始まる。
真守は埒が明かないことを知っているので、適当にその場を流し、お隣に挨拶しに行くことにした。
前回は角部屋だったため、挨拶は一回で終わったが、今回は真ん中の部屋のため、両隣に挨拶しに行かなければならない。
「両隣が女性だったらとうしよう……」
言葉にしたせいなのか、そのフラグはすぐに回収されてしまう。
『1002号室 赤坂』
『1004号室 白ヶ崎』
事故物件の訳がわかった。
「これは、気が抜けないな……」
まだ幽霊の方が良かったと思う真守だった。