10話 俺×学生寮=自由にできません。
誰もいない教室から荷物を取り出し、下駄箱へ向かう。
「あの、本当に寮までついてくるの?」
真守は、真希那と一緒に歩くこと自体がすでに恥ずかしかった。
そりゃそうだ。
こんなところを白ヶ崎にでも見られてみろ。勘違いされた挙げ句、明日にはクラスの話題のタネにされるに決まっている。
……まあ、白ヶ崎に限らず、同じクラスのやつなら誰でもアウトなんだけど。
「そんなこと言わずにさ、腕組みしよーよ!」
「あの、本当にやめてください」
本気でやめてほしい。これ以上、変な噂の種を増やすわけにはいかない。
「あぁ〜、コラっ!離れて歩くな〜」
「嫌だ!俺は絶対にくっついて歩かない!」
「むぅ〜、もう、まー君ったら照れちゃって」
真希那はそう言うと、真守の腕を無理やり掴み、自分の脇へと引き寄せた。
「ちょ、ちょっと、真希ねぇ!?」
異様に距離が近い。しかも、さっきから肘がいろいろと当たって気になってしょうがない。
「本当にやめてくれ!周りから勘違いされたらどうするんだよ!」
少し強めに言う。叱る、というよりお願いに近い。
だが、その言葉にショックを受けたのか、真希那はその場にしゃがみこんでしまった。
「まー君の意地悪……!私は一ヶ月もまー君を我慢したのよ?本当は会いたかったけど、まー君が引っ越しや準備で忙しそうだったから、お姉ちゃんは距離を置いてたのに……こんなのってひどいよ!まー君のバカっ、大嫌い!」
(大嫌いになってくれるなら大歓迎なんだけどな……)
とは思ったが、今それを言うとさらにややこしくなる。
「あのさ、真希ねぇ。俺たちは姉弟なんだからさ、こういうのはやめた方がいいと思うよ」
「なにが姉弟よ!私はまー君が好きなだけなのに!!」
「……俺の話聞いてた?」
「まー君のバカ、バカ、バカ、バカっ!」
「うっ……」
これはもう埒が明かない。
結局、真守が折れるしかない。
「ご、ごめん真希ねぇ。ちょっと言いすぎたよ」
真守は諦めて、真希那に手を差し出した。
すると。
「う〜ん、まー君、やっぱりだ〜い好き!!」
手を取るや否や、真希那はそのまま真守に抱きついてきた。
結果——
寮に着くまで、ずっとくっついたまま歩くことになった。
「……全然流れが読めない」
さっきの涙はなんだったのか。
きっと、女性特有の嘘泣きというやつだろう。
本当に、俺は小さい頃から真希ねぇに振り回されっぱなしだ。
真守は周囲の視線を気にしながら、廃れた町中を歩く。
誰かに会うことはほとんどないだろうが、それでも常に緊張しながら歩くのは負担が大きいらしい。
真守は、じわじわと腹痛に襲われていた。
「ねぇ、まー君。なんでこの町ってこんなに人に会わないんだろうね」
「あぁ、そうだね」
他愛もない会話。
真希那は思ったことをそのまま口にする。
だが、今の真守にはそんな余裕はなかった。一刻も早く寮へ駆け込みたい気持ちが勝って、自然と歩く速度が速くなる。
「ちょっと、まー君歩くの早すぎ!」
先へ行こうとする真守の袖を、真希那が引っ張る。
「あの、真希ねぇ。俺ちょっとお腹痛いから、先に寮の方に向かうよ」
申し訳なさそうに腹を押さえる真守。
しかし、真希那はそんなことお構いなしに、袖を掴んだまま歩幅を合わせてきた。
「じゃあ、まー君が早く歩くなら私も早く歩く!」
「なんだそれ……」
意味がわからない。
「わかったからさ、俺の体はあんまり揺らさないでくれよ」
「もう、そこまでお姉ちゃんは意地悪じゃないわよ!」
そう言いながら、真希那は真守の肩を強く叩いた。
「そ、それは……やばいって……」
その場で座り込みそうになる。
真希那は慌てた。
「あっ、ご、ごめん、まー君!」
そんなことを繰り返しながらも、真守はなんとか肛門に力を入れ続け、無事に寮の前まで辿り着いた。
「じゃあ、ここ男子寮だから、真希ねぇは帰ってください」
「えぇ〜、姉弟なんだからそこらへん良くない?」
ここぞとばかりに“姉弟”を持ち出してくる。
本当に都合のいい姉だ。
「本当にちょー怖い寮母さんに怒られるから」
「またまた、まー君はすぐ話を大袈裟にするんだから〜」
「いや、大袈裟とかじゃなくて……」
これは嘘じゃない。
この八ツ星学園の学生寮では、伝説とまで言われた元生徒会長——現在は寮母を務める咲宮 麻衣が、すべてを取り仕切っている。
伝説と言っても、その内容は一つじゃない。
一番有名なのは、この八ツ星学園の偏差値をとんでもないレベルまで引き上げた張本人だという話だ。
当時の彼女は、高校一年生ながらずば抜けた頭脳を持ち、しかも教師の代わりを務めるほど教えるのが上手かったらしい。
その結果、学校全体のレベルまで上がり、今の有名進学校としての地位を築いたのだとか。
他にも——
柔道部で全国制覇したとか、女性初の生徒会長だったとか、とにかく武勇伝が多すぎる。
高校卒業後は超一流大学に進学し、その後は誰もが知る超有名企業に就職。
絵に描いたような完璧な人生を送っていた。
……のだが。
今はどうしているかというと。
その就職先の上司と喧嘩してクビになり、途方に暮れていたところを三年前、八ツ星学園の校長に拾われ、現在は寮母をしているらしい。
完璧超人がなぜそんなことになったのか——
その理由は、誰も知らない。
「コラァー!男子寮に女を連れ込むとは、いい度胸じゃねぇーか楽々浦ァ!!」
「ほら来たぁぁぁっ!!」
大声とともに迫ってくるのは、その噂の寮母だった。
片手には、お玉。
それを武器に風紀を乱す者を粛清している、という噂まである。
「やばいっ、真希ねぇは逃げて!!」
「ひゃんっ!」
真守は慌てて真希那を押して逃がそうとする。
だが、押した場所が悪かった。
手が思いきり、真希那の胸に埋まる。
(なんでこんなに大きいんだよ……!)
「もう、まー君ったら、だ・い・た・ん♪」
完全に頭がお花畑モードに入っていた。
「いいから、早く俺の手を離して逃げて!!」
必死にこの場をなかったことにしたい。
だが、もう遅い。
寮母は目の前まで来て、お玉を振りかざしていた。
「楽々浦ァ!お前、公衆の面前で何やってるかわかってんのかァ!?」
「ひっ、ひぃぃい!!」
首元を掴まれ、力づくで正座させられる。
「しかも、自分の実の姉にだ!そんなわいせつ行為、見逃せるか!」
「す、すみませんっ!」
「お前の姉が頭おかしいのはわかってんだから、お前がどうにかしてやらねぇとだろうが!」
「はいっ!以後気をつけます!」
「なら、今日のところは見逃してやる」
「はいっ!誠にありがたいお言葉、頂戴いたします!」
咲宮は真守の頭に、軽くお玉を落とした。
「ところでさ、あんたも弟をあんまり振り回すんじゃねぇぞ?」
「うるさいっ、麻衣さんには関係ないでしょ!」
真希那がすぐに言い返す。
そのやり取りを聞いて、真守はようやく違和感に気づいた。
(……あれ?)
この二人、知り合いなのか?
「えっ、お二人って知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、まー君の引っ越しが決まったときから、麻衣さんとは何度も顔合わせてるわよ」
真希那は、まだ頭を押さえながら答える。
「そうよ。あんたの姉さんが“弟が心配”って男子寮の周りを一ヶ月もずっとうろついてたから、私がとっ捕まえたんだよ」
「そうそう、それが私と麻衣さんの出会いってこと!」
「真希ねぇったら……」
そんな出会い方あるのか、と呆れたが、逆にそこで知り合いになってくれていたおかげで、今日の罪が軽くなったと思えば運が良かったのかもしれない。
「それじゃあ麻衣さん、まー君は部屋に戻るのでこれで失礼しますね!」
真希那は真守の肩を掴み、そのまま男子寮へ連れて行こうとする。
だが。
「あぁ、別に男子寮に入る分にはいいが——そういえば、楽々浦の部屋はなくなったぞ」
「……は?」
真守の思考が止まる。
「はい!?」
部屋が、なくなった?
意味がわからない。
それはどういうことが原因で、これから俺はどうすればいいのか。
まったく見当もつかなかった。




