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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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117話 俺×優しさ=それが正しいとは限りません。

放課後の生徒会室は、昼間とは違う静けさに包まれていた。


人はいる。いつも通りのメンバーがいて、それぞれが作業をしている。けれど——会話がない。


必要最低限のやり取りだけ。


それ以外は、沈黙。


「……」


椅子に座りながら、手を動かす。


紙の音、ペンの音、時計の針。

どれも、やけに耳に残る。


——さっきの空気が、まだ残っている。


葵と目が合うことはなかった。


意識しているのは、自分だけじゃない。それが分かるから、余計に息苦しかった。


「……」


作業は、終わっていた。


とっくに。


それでも、立ち上がる気にはなれない。立ち上がった瞬間に、何かが起きる気がした。

そんな、意味の分からない予感。


「……帰るか」


小さく呟いて、立ち上がる。


荷物をまとめる。逃げるように。

そのまま、生徒会室を出ようとした——


「……楽々浦くん」


声が、かかる。


背中に直接届き、足が止まる。


「……」


振り返らない。


けれど、止まってしまった時点で、もう逃げきれないことは分かっていた。


「……何ですか」


ぶっきらぼうに返す。


「ちょっといい?」


「よくないです」


即答だった。


間もなく。


「帰るんで」


そのまま歩き出そうとする。


「待って」


一歩、近づく気配。


「……少しでいいから」


その声は、強くなかった。


むしろ、抑えているようだった。

それが——余計に、引っかかる。


「……」


舌打ちしそうになるのを堪える。


振り返る。


「……何ですか」


目が合う。


葵の目は、真っ直ぐだった。逃げていない。


「……さっきのこと」


「もういいって言いましたよね」


被せるように言う。


「それ以上話すことないんで」


「あるよ」


はっきりと返ってくる。


「楽々浦くんが、そのままでいいわけない」


その言葉に、何かが弾けた。


「……は?」


低く、漏れる。


「何なんですか、さっきから」


「心配してるだけ」


「いらないですよ」


即答だった。


「そういうの」


空気が、変わる。


「……」


葵が、少しだけ言葉に詰まる。


それでも、引かなかった。


「……いらないって、どういう意味」


「そのままの意味ですけど」


肩をすくめる。


「俺のこと、放っといてください」


「放っておけるわけないでしょ」


「だから、それがウザいって言ってんですよ」


言った瞬間、分かる。


言い過ぎた。けれど、止まらない。

止められない。


「……っ」


葵の表情が、わずかに揺れる。


それでも、まだ踏みとどまっている。


「……楽々浦くん」


声が、少しだけ震えていた。


「そんな言い方——」


「どいつもこいつもウゼェんだよ」


遮る。


完全に。


空気が、凍る。


「……」


言葉は、もう止まらなかった。


「俺のこと何も知らないくせに……分かったような顔して、勝手に踏み込んでくんなよ」


静かに、吐き出す。

冷たい言葉を、そのまま。


「……」


葵の目が、揺れる。


はっきりと分かるくらいに、涙が、滲んでいた。


それでも——


「……それでも」


声を出す。


諦めきれないように。


「私は——」


「もういいです」


被せる。


聞く気はなかった。

聞ける状態じゃなかった。


「……」


一瞬、沈黙。


そのまま、背を向ける。


「……帰ります」


歩き出そうとした、その時だった。


「——楽々浦君」


低い声が、空気を切る。


反射的に、体が止まる。


会長だった。


「……」


いつの間にか、そこに立っていた。


気配すら感じなかった。


「……お疲れ様です」


反射的に言う。


それ以上は、何も言わない。


そのまま出ようとする。


「待て」


一言だった。


それだけで、足が止まる。


「……」


帰りたい。


頭では、そう思っている。けれど——動けない。

空気が、重い。圧が、違う。


「……何ですか」


絞り出すように言う。


会長は、ゆっくりと口を開いた。


「楽々浦君」


穏やかな声だった。


「少し、話を聞かせてくれないか」


「……関係ないですよね」


すぐに返す。


その一言で、場が凍る。


けれど——


会長だけは、変わらない。微笑すら浮かべている。


「それは、話してみないと分からないよ」


優しく、諭すように言う。


「……」


言葉が詰まる。


否定しきれない。


その空気に、飲まれる。


「……」


視線を落とす。


少しだけ、口を開く。


全部は話さない。話せるわけがない。


それでも——


断片的に。


結城のこと。過去に会っていたかもしれないこと。赤坂との関係。


曖昧なまま、言葉を繋げる。


「……って感じです」


最後は、小さく。


吐き出すように。


「……なるほど」


会長は、静かに頷く。


そして、ゆっくりと距離を詰める。


目の前に立つ。逃げ場がない。


「君は、間違っていないよ」


否定はせずに、優しく言う。


「ただ、今は少し混乱しているだけだ」


その言葉が、すっと入ってくる。

抵抗できないくらい、自然に。


「……」


視界が、揺れる。


気づけば——


一筋、涙がこぼれていた。


「……」


自分でも、驚く。


止めようとしたのに、止まらない。


「大丈夫だ」


会長が、続ける。


「無理に整理する必要はない」


「……」


顔が、歪む。


抑えきれない何かが、溢れそうになる。


その時だった。


「……楽々浦くん」


後ろから、声。


葵だった。


「……私にも、頼ってほしい」


静かに。


それでも、はっきりと。


「……」


ゆっくりと、振り返る。

目が合う。


その瞬間——


何かが、冷めた。


「……会長の話、聞いてましたか?」


低く、言う。


「俺は今、一人になりたいんで……邪魔しないでください」


完全に、突き放す。


「……」


葵が、動かない。


言葉も、出ない。


ただ——呆然と立ち尽くしている。


「……」


会長が、横から口を開く。


「夢百合君」


穏やかな声。

それが、逆に冷たい。


「君は、楽々浦君の何なんだい?」


その一言で——


葵の目から、涙がこぼれた。


「……っ」


何かを言おうとして。


言えないまま。


そのまま、背を向け、走るように生徒会室から出ていった。


扉が、強く閉まる。


「……」


静寂。


何も言えなかった。


「……楽々浦君」


会長が、もう一度声をかける。


「君が一人になれる空間は、僕の方で用意しておく」


優しく。


当たり前のように。


「安心してくれ」


それだけ言って、会長もその場を離れる。


足音が遠ざかる。

完全な静寂。


「……」


一人、残される。


何もない空間。さっきまであったはずの気配が、全部消えている。


胸の奥が、妙に軽い。


それなのに——


どこか、空っぽだった。


「……」


何も考えたくない。


考えられない。


ただ——


その場に立ち尽くしたまま。

動けなかった。

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