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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第四章 俺×近くの存在=近すぎてわかりません。〜姉弟姉妹編〜
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115話 俺×姉弟喧嘩=守りたかったのに壊してしまいます。

玄関の扉が閉まる音が、やけに重く響いた。


ついさっきまでそこにいたはずの気配が、一瞬で消えてしまう。静まり返った空間の中で、自分の呼吸音だけがやけに大きく感じられた。


「……」


その場に立ったまま、しばらく動けない。


何も考えられないのに、頭の奥だけがざわついている。胸の内側に残っている感情が、うまく形にならないまま、ただ沈殿しているようだった。


その時だった。


玄関の方から、慌ただしい足音が近づいてくる。


「まーくん!?」


勢いよくリビングの扉が開かれた。


真希那だった。


「唯ちゃん、泣いて自分の部屋戻ってったけど……」


息を切らしながら、こちらを見る。


「また喧嘩したの?」


その問いに、ほんの一瞬だけ間が生まれる。


「……別に」


短く返す。


「別にって顔じゃないでしょ」


すぐに返ってくる言葉。


「今さっき仲直りしたばっかじゃん」


「……」


その通りだった。それでも、認める気にはなれなかった。


「向こうが変なこと言ってきただけだろ」


吐き捨てるように言うと、真希那の眉がわずかに寄る。


「……話、聞くよ?」


少しだけ声のトーンを落として言う。


その言葉に、一瞬だけ迷いがよぎる。けれど、それを振り払うように視線を逸らし、ぽつぽつと話し始めた。


小学校のこと、公園のこと、道場のこと、赤坂がそれを知っていたこと。そして、結城に会うなと言われたこと。


ただ——肝心な部分は濁したままだった。途中で話を遮ったことも、最後まで聞かなかったことも、自分から突き放したことも。


全部、曖昧なまま。


「……って感じ」


吐き出すように言って、黙る。


短い沈黙が落ちる。


真希那はすぐには口を開かなかった。ただ、その視線だけが、少しずつ変わっていく。


「それさ」


やがて、ゆっくりと口を開いた。


「唯ちゃん、ちゃんと最後まで話してた?」


「……は?」


「途中で遮ってない?」


「……」


一瞬だけ言葉に詰まる。


けれどすぐに逸らす。


「別に」


「別にじゃないでしょ」


少しだけ強くなる声。


「ちゃんと聞いてたら、あんな泣き方しないよ」


胸の奥がざわつく。


「まー君さ」


間を置いて、続ける。


「説明される前に、自分から突き放しただけじゃん」


その一言で、空気が変わった。


「……は?」


低く、返す。


「何それ」


「そのままだよ」


真希那は視線を逸らさない。


「ちゃんと聞く前に、切ったんでしょ」


「……違ぇよ」


「違わない」


言い切る。


「怖かっただけじゃん」


その言葉が、深く刺さる。


一気に、苛立ちが込み上げてくる。


「……じゃあどうしろってんだよ」


気づけば、声が荒くなっていた。


「俺、何も分かってねぇんだよ!!」


言葉が止まらない。


「結城のことも、あいつの言ってることも、全部ぐちゃぐちゃで——!」


呼吸が乱れる。


「分かんねぇから聞いてんだろ!」


「でも聞いてないじゃん」


間髪入れずに返される。


「最後まで」


言葉に詰まる。


「分かんないからって、切っていい理由にはならないでしょ」


「うるせぇよ」


吐き捨てる。


「部外者に何が分かんだよ」


その瞬間だった。


真希那の表情が、はっきりと変わる。


「……部外者?」


静かに言う。


「……ああ、そう」


小さく息を吐く。


「そっちがそのつもりなら、こっちも言うけど」


声の温度が変わる。


「真守」


名前で呼ばれる。


それだけで、距離が一気に遠くなる。


「今のあんた、普通に最低だよ」


「……は?」


「自分で突き放しておいて、相手のせいにしてるだけじゃん」


「関係ねぇだろ」


「あるでしょ」


「ねぇよ」


「あるって言ってんの!」


言葉がぶつかる。


引く気は、どちらにもなかった。


「……もういいって」


吐き捨てる。


「今そんな余裕ねぇんだよ」


「余裕の問題じゃないでしょ」


「うるせぇな」


「ちゃんと向き合えって言ってんの!」


「向き合ってるっつってんだろ!!」


完全に、衝突していた。


その勢いのまま、真希那が一歩踏み出す。

感情のままに、手が上がる。


その瞬間——


「……また」


喉が乾く。それでも止まらない。


「また昔みたいに手上げるの?」


時間が止まる。


真希那の動きが、ぴたりと固まる。

上げた手が宙で止まり、そのまま動かない。


何も言わない。いや、言えない。

目だけが、大きく揺れていた。


それでも——


言葉は止まらなかった。


「……そういうとこだよ」


自分でも止められないまま、続く。


「自分が正しいと思ったら、それ押し付けてくるとこ」


空気がさらに冷える。


「お前も、十分勝手だろ」


一歩も引かない。


「人のこと分かった気になって、勝手に決めつけて」


そして——言い切る。


「そういうとこ、昔から変わってねぇよな」


完全に、一線を越えた。


真希那の唇が、わずかに震える。

何かを言おうとして——声にならない。


ゆっくりと、手が下がる。


「……そう」


かすれた声だった。


「……そこまで思ってたんだ」


視線が外れる。


何かが、静かに折れた音がした。


「……もういい……ちょっと外、出る」


それだけ言って、背を向ける。


止めることはできた。言葉だって、選べたはずだった。

けれど——何も言わなかった。


真希那はそのまま自分の部屋へと入っていく。


ドアが閉まる音のあと、すぐに中から物音が聞こえ始める。


引き出しを開ける音、何かを詰める音、クローゼットを開ける音。


淡々と、感情を切り離したような音。


「……おい」


思わず声が漏れる。

けれど返事はない。


やがてドアが開く。


真希那が出てきて、手には大きめのバッグ。明らかに“ちょっと出る”量じゃない。


「……どこ行くんだよ」


それでも、聞いていた。


真希那は一瞬だけ立ち止まる。


けれど、振り返らない。


「……ちょっと、出るだけ」


それだけ。


「ちょっとって荷物じゃねぇだろ」


沈黙。


そして——


「……少し、頭冷やす」


それだけ言って、また歩き出す。


玄関へ向かう。


止めるべきだった。分かっていた。

けれど——動かなかった。


玄関のドアが開く。


外の空気が一瞬だけ流れ込む。

そして——閉まる音。


完全な静寂。


さっきまであった気配が、全部消えた。


「……はぁ」


深く、息を吐く。


何も残っていない空間。さっきよりも、ずっと冷たい。


それでも——


追いかけようとは、思わなかった。ただ、その場に立ち尽くしたまま。

何もない空間を、見つめていた。

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