113話 俺×退院祝い=やっと前を向けた気がします。
休日の午後。リビングには、さっきまで外で買ってきた袋がいくつも広げられていた。
「よし、準備開始!」
真希那がやたら気合いの入った声を上げる。
「そんな大したことやるわけじゃないだろ」
「気持ちの問題!」
即答だった。
「ほらまーくんも手伝って!」
「はいはい」
言われるままに袋の中身を取り出す。紙皿や飲み物、軽食やら何やら、思ったよりちゃんとした準備だった。
「……意外とちゃんとしてるな」
「でしょ!」
得意げに胸を張る。
白ヶ崎はその横で黙々と並べていた。
そして、そのまま準備が進んでいく。
「……俺、ちょっと連絡してくる」
「はーい」
リビングを離れて自室に入る。
スマホを取り出して、葵先輩にメッセージを送る。
[今からでも大丈夫ですか]
少しして、すぐに返信が来た。
[急いで向かう]
短い一言。
「……相変わらずだな」
小さく呟いて、スマホを置く。
そのまま少しだけベッドに座り込む。
「……」
考えないようにしていたことが、ふと頭をよぎる。
けれど。
「……まあいいか」
今は、それでいい。
数分、ベットの上で休む。
部屋を出ると、準備はほとんど終わっていた。
「お、いいタイミング」
真希那が振り向く。
その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「きた!」
真希那がすぐに玄関へ向かう。
ドアを開けると——
「お邪魔します」
葵だった。
「いらっしゃい葵ちゃん!」
その後ろから、ひょこっと顔を出す。
「……当然、私も来るわよ」
奏だった。
「やっぱり来たか」
思わず呟く。
「妹愛好家なら当たり前でしょ?」
「相変わらず、開き直るね〜」
「そっちこそでしょ」
「否定はしない!」
真希那がドヤ顔で返す。
「するところだろ」
「しないのがポイント!」
意味がわからない。
「……はぁ」
葵が軽くため息をつく。
「ほら、上がるよ」
「はいはい」
そのままリビングに戻る。
「よし!ご飯食べよ!」
「早くないか?」
「お腹すいた!」
理由が雑すぎる。
そのタイミングで——
ピンポーン。
もう一度、インターホンが鳴った。
「……」
一瞬、空気が変わる。
「……私行ってくる」
真希那が、あえて軽い調子で玄関へ向かう。
ドアが開く音。
少しだけ間があって。
「いらっしゃい!」
その声と一緒に、足音が近づいてくる。
「……お邪魔します」
赤坂だった。
制服のまま。バイト終わりなのがすぐにわかる。
「……」
一瞬、視線が合う。
すぐに逸らす。
まだ、少しだけ距離がある。
「よし!じゃあ始めるよ!」
真希那がパンッと手を叩く。
「退院祝い第二弾!」
「まだ言うかそれ」
「いいの!」
その一言で、場の空気が少しだけ軽くなる。
「かんぱーい!」
グラスが軽くぶつかる音。
そこからは、普通だった。
本当に普通の時間。他愛のない会話。学校の話。どうでもいいことで笑う。
奏と真希那がまた言い合いを始めて、葵が呆れて、白ヶ崎がツッコミを入れる。
「……」
その中に、赤坂もいる。
ちゃんと笑っている。
でも——
二人で話すことは、なかった。
「……」
それを、真希那は見逃さなかった。
「ねぇ」
唐突に、空気を切り裂く。
「まーくん、唯ちゃんに言うことあるんじゃない?」
「……っ」
一気に、視線が集まる。
逃げ場がない。
「……」
少しだけ、間を置く。
「……あの」
赤坂を見る。
「この前は……」
言葉を選ぶ。
「キツく当たって、すみませんでした」
ちゃんと、言う。
「……」
赤坂が、少しだけ目を見開く。
「……ううん」
小さく首を振る。
「私の方こそ、ごめん」
その声は、少しだけ震えていた。
「ちゃんと……助けなきゃいけなかったのに」
「……」
「だから、ごめん」
真っ直ぐな謝罪だった。
「……もういいです」
自然と、そう言っていた。
「終わったことですし」
「……うん」
小さく頷く。
それだけで、少しだけ空気が変わった。
「よし!解決!」
真希那が満足そうに言う。
「早いな」
「いいの!」
そのまま、また騒がしい時間が戻る。さっきよりも、少しだけ軽い空気で。
「……」
気づけば、食事も終わっていた。
「じゃあ帰るね」
葵と奏が立ち上がる。
「お邪魔しました」
「またね」
白ヶ崎も続く。
「じゃあね、真守くん」
「……はい」
そのまま、三人が帰っていく。
ドアが閉まり、静かになる。
「……あ、ちょっとコンビニ行ってくる!」
真希那が急に言い出す。
「なんで今?」
「デザート!」
「今言うなよ」
「いいの!」
そのまま外に出ていく。
「……」
残されたのは、二人。
「……」
気まずい。
さっきよりはマシだけど、それでもまだ距離はある。
「……」
赤坂が、先に口を開いた。
「……改めて、ごめん」
「……」
「結城さんのこと……見捨てた」
「……」
その言葉は、重かった。
「……気にしてないです」
すぐに返す。
「本当に?」
「はい」
嘘ではない。
「……」
赤坂が少しだけ俯く。
「……ありがとう」
小さく呟く。
少しの沈黙。
そして。
「……あのさ」
赤坂が顔を上げる。
「一つだけ、いい?」
「……なんですか」
「……私」
少しだけ、迷うように言葉を止める。
「真守と……昔、友達だったの」
「……」
時間が、止まる。
「……は?」
理解が追いつかない。
赤坂は、それ以上は何も言わなかった。
ただ、静かにこちらを見ていた。




