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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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108話 俺×白い天井=見覚えありません。

白い、という感覚が最初にあった。


ぼやけた視界の奥に広がる天井と、無機質な光。その光がやけに眩しくて、思わず目を細める。

遅れて、消毒液の匂いが鼻を刺した。


「……」


まぶたが重い。開いているはずなのに、まだ夢の中にいるみたいな感覚が抜けない。けれど、ゆっくりと意識が浮かび上がるにつれて、体のあちこちから鈍い痛みが主張してくる。


腕も、足も、肋骨の奥も、どこを動かしても違和感しかない。


「……ここ……」


かすれた声が、自分の口から漏れた。


病院だ、と理解するまでに、少し時間がかかった。


そして、その理解と同時に——記憶が戻ってくる。


体育館倉庫。血の匂い。結城の姿。倒れていく男たち。そして、最後に見た——祇園。


「……っ」


息が詰まる。


頭の奥が、ずきりと痛んだ。


あの光景が、何度も繰り返される。目を閉じても、閉じなくても、消えてくれない。特に最後のあの顔だけが、やけに鮮明に焼き付いていた。


泣いていた。


確かに、泣いていた。


「……なんで……」


呟きは、誰にも届かない。


祇園が全ての黒幕だった。その事実は、もう疑いようがないほど現実として突きつけられている。

それでも、あの涙だけがどうしても繋がらなかった。


納得できない。


胸の奥に引っかかったまま、取れない何かがある。


「……」


ゆっくりと上体を起こすと、すぐに痛みが走り、思わず歯を食いしばる。それでも止まるわけにはいかなかった。


頭の中に浮かんでいるのは、結城の姿だけだった。


「……結城」


声に出した瞬間、胸がざわつく。


あの時、血だらけで倒れていた。意識があったのか、それすらはっきりしない。無事なのか、それとも——


「……っ」


考えを無理やり振り払うと、ベッドから足を下ろす。

床に触れた瞬間、思った以上に力が入らないことに気づくが、それでも無理やり立ち上がった。壁に手をつきながら、なんとか体を支える。


「……行かないと」


誰に言うでもなく呟いて、一歩踏み出す。


足を引き摺るようにして廊下へ出ると、夜の病院は驚くほど静かだった。

自分の足音だけがやけに大きく響いている。


その時だった。


「ちょっと!!」


鋭い声が飛ぶ。


「何してるの!?」


振り向くと、看護師が早足でこちらに向かってきていた。明らかに怒っている。


「目が覚めたのはいいけど、いきなり歩き回るとかダメでしょ!」


「……すみません」


反射的に謝ると、間髪入れずに返された。


「すみませんじゃない!」


ぴしっと言い切られる。


「どれだけの怪我してると思ってるの!?まだ安静にしてないといけないの!」


「……でも」


「でもじゃない!」


完全に食い気味だった。


その圧に一瞬言葉を失うが、それでも引くわけにはいかない。


「結城って人、いませんか」


その一言で、看護師の表情がわずかに曇る。


ほんの一瞬の沈黙が、妙に長く感じられた。


「……結城さん?」


「はい」


「……」


少しの間を置いて、看護師はゆっくりと口を開いた。


「今、意識が戻っていない状態です」


「……っ」


心臓が、強く打つ。


「状態も……あまり良くありません」


その言葉が、やけに遠く聞こえた。


足の力が抜ける。


その場に、崩れ落ちた。


「ちょ、ちょっと!?」


看護師が慌てて支える。


「だから言ったでしょ!こんな体で出歩くから!」


「……」


何も言えない。


頭の中が真っ白になる。


遅かった。


間に合わなかった。


そんな言葉だけが、ぐるぐると回る。


「とにかく戻るわよ!」


半ば強引に支えられ、そのまま病室へと連れ戻される。ベッドに座らされ、「安静にしてて!」と強めに言われたあと、看護師は部屋を出ていった。


静寂が戻る。


夜の病院は、時間が止まっているみたいだった。


「……」


天井を見上げる。


何も考えられない。


ただ、あの光景だけが消えない。


祇園の涙も、結城の血も、自分の拳も、全部が混ざり合って離れない。


気づけば、そのまま意識が落ちていた。


そして、次に目を開けたときには、光が変わっていた。


朝だった。


時間が自然に進んでいる。


「……」


体は少しだけ軽くなっていたが、完全に回復しているわけではない。それでも、昨日よりは動ける。


その時だった。


「……あ」


小さな声が聞こえる。


視線を向けると、白ヶ崎が立っていた。


「真守くん……!」


その声には、はっきりと安堵が滲んでいた。


続けて、真希那がひょこっと顔を出す。


「おはよーまーくん。やっと起きたね」


軽い調子で言うが、その目はちゃんと安心している。


その後ろには葵がいて、少し距離を取りながらもこちらを見ていた。


「……楽々浦くん」


小さく名前を呼ぶ。


「よかった……」


その声は、優しかった。


そして、その少し後ろ。


壁際に、赤坂が立っていた。


何も言わない。ただ、そこにいるだけだった。


「……」


空気が、わずかに重くなる。


白ヶ崎がそれを振り払うように声を出す。


「ほんと心配したんだからね!」


「ほんとそれ」


真希那も乗る。


「まーくん普通に死にかけてたし」


「……すみません」


素直に返すと、白ヶ崎が少しだけ表情を緩めた。


そんなやり取りが続く中で、真守はふと赤坂の方を見た。


そして、自然と口を開いていた。


「……結城は、本当に襲われていました」


全員の動きが止まる。


「俺の選択は、間違っていなかったです」


その一言で、空気が完全に凍りついた。


真希那が慌てて何か言おうとするが、言葉にならない。


赤坂がゆっくりと顔を上げる。


その目には、涙が浮かんでいた。

けれど、何も言わない。


そのまま静かに踵を返し、部屋を出ていく。


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


誰も、何も言えない。


重い沈黙だけが残る。


やがて、白ヶ崎が小さく「また来るね」と言い、真希那と葵もそれに続くように部屋を出ていった。


一人になる。


しばらくそのまま座っていたが、やがて真守はゆっくりと立ち上がった。


今度は、さっきよりしっかり歩ける。


廊下に出て、看護師を見つける。


「すみません」


声をかける。


「結城って人に会えますか」


看護師は少しだけ困ったような顔をして、「しばらくは意識が戻っても面会できません」と静かに答えた。


それ以上は聞けなかった。


「……わかりました」


小さく言って、そのまま引き返す。


病室に戻り、ベッドに座る。


何もできない自分が、ただ重かった。


それから二週間。


時間はゆっくりと流れた。


白ヶ崎だけは毎日来て、学校の話やどうでもいい話をしてくれた。

その何気ない時間が、少しずつ心を軽くしていく。


ある日、ふと真守は口を開いた。


「……ありがとう」


「……え?」


白ヶ崎が止まる。


「な、なに急に」


驚いた顔。


「いや……なんとなく」


そう言うと、白ヶ崎は少し照れたように目を逸らした。


「なんとなくで言わないでよ……でも、まあ……いいけど」


小さく笑う。


その空気が、少しだけ柔らかかった。


そして迎えた退院の日。


久しぶりの外の空気を吸い込むと、胸の奥が少しだけ軽くなる。


まだ終わっていない。


自分の中では何も解決していない。


それでも——


「……帰るか」


そう呟いて、真守はゆっくりと歩き出した。

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