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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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106話 俺×崩壊=もう戻れません。

夜の空気——


肌にまとわりつくような、湿った静けさ。遠くで聞こえる虫の音。街灯に照らされたベンチ。誰もいないはずの場所なのに、そこには確かに“誰か”がいた気がする。


思い出す。


いや、思い出してしまう。


夜の公園。


言葉を交わした時間。


少しだけ近づいた距離。


安心していたわけじゃない。でも、少なくとも——疑ってはいなかった。


「……」


足が止まる。


違う。


今は、そんなことを考えている場合じゃない。


頭ではわかっているのに、勝手に浮かんでくる。あの時の声。仕草。少し恥ずかしそうに笑った顔。寄り添うように立っていた距離。


全部が、現実感を持って押し寄せてくる。


それなのに。


目の前の現実は、それを全部否定してくる。


——体育館倉庫の扉を開けた瞬間、その“続き”は容赦なく繋がってしまった。


「——結城っ!!」


叫んだ声の残響が、まだ耳の奥で鳴っている。


床に座り込んだ結城の姿。血に濡れた顔。裂けた制服。


そして——


その奥に立っていた“影”。


視界が、ゆっくりと焦点を結んでいく。


「……っ、なんで……」


喉から漏れた声は、自分のものとは思えなかった。


そこにいたのは——


祇園紅子だった。


「……あは」


小さく、笑った。

それだけで、背筋が凍る。


「そんな顔するんだ」


まるで、初めて見るものでも見るかのように、興味深そうに真守を見ている。


「あんたってさ、もっと余裕あるタイプだと思ってたんだけど」


軽い。


あまりにも軽い。


さっきまで頭の中にあった“記憶”と、目の前の存在が、どうしても一致しない。


「……っ」


言葉が出ない。


何も、繋がらない。


「今日はさ」


祇園が、ふと周囲を見渡すようにしてから、また真守に視線を戻す。


「……あの小さいの、いないんだね」


その言い方。


軽蔑でも、怒りでもない。ただ、どうでもいいことを確認するような口調。


「……」


赤坂のことだ。


すぐにわかった。でも、それを考える余裕すらなかった。


頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。


さっきのことも、ここに来るまでのことも、全部が一度に押し寄せてくる。


赤坂の涙。


葵の怒声。


白ヶ崎の叫び。


結城の血。


そして——祇園。


「……なんで」


やっと、それだけが出た。


「なんで、ここに……」


「ん?」


祇園が首を傾げる。


「ここにいる理由?」


くす、と笑う。


「それ、今さら聞く?」


周囲に、男たちの気配があった。


複数。


視界の端で、動いている。一人じゃない。囲まれている。


祇園は顔を歪ませながら言葉を続ける。


「私がぜーんぶ指示してやってたの!見事でしょ?全く気づいてないの、本当にバカだよね!」


「……っ」


足が震える。


止まらない。


心臓がうるさい。


呼吸が浅い。


何を見てる。


何が起きてる。


これ、現実か?


夢じゃないのか。


いや、夢じゃない。


血の匂いがする。


鉄の匂い。


結城の呼吸音。


男たちの靴の音。


全部、リアルだ。


「……楽々浦くん」


祇園が、ゆっくりと一歩近づく。


その距離が、やけに遠く感じる。


「そんなに混乱してるの、ちょっと可愛いかも」


「……っ」


言葉が刺さる。


意味が理解できない。したくない。


「……なんで」


もう一度、同じ言葉を吐く。


「なんで、こんなこと……」


「こんなこと?」


祇園が笑う。


「あんた、何か勘違いしてない?」


その言い方は、冷たかった。


さっきまでの軽さとは違う、明確な拒絶。


「そもそもさ」


ゆっくりと、言葉を重ねる。


「あんたと仲良くなった覚え、ないんだけど」


「……」


その瞬間、何かが、音を立てて崩れた。


頭の中で、繋がっていたはずのものが、全部、切れる。


夜の公園。


あの時間。


全部、全部。


「……っ」


歯を食いしばる。


唇に力が入る。


痛みが走る。


それでも止められない。


「……ふざけんな」


小さく、漏れる。


血の味がした。唇が切れていた。


「……あは」


祇園は楽しそうに笑う。


「いい顔するじゃん」


「……っ」


何も整理できない。


怒りなのか、悲しみなのか、恐怖なのか、自分でもわからない。


ただ、身体が勝手に動いた。


結城の方へ。


「——っ!」


走る。


その瞬間、横から衝撃が来た。


「がっ……!」


視界が揺れる。


腹に、重い一撃。


息が一気に吐き出される。


次の瞬間、顔に拳が飛んできた。

鈍い音。視界が白くなる。


「……っ」


倒れない。


倒れられない。


足に力を入れる。


けれど、次の衝撃が来る。


横から。


背中から。


何人いるのか、わからない。


「——っ!!」


また一撃。


肋骨が軋む。


呼吸ができない。


空気が入ってこない。


「……っ、は……」


膝が折れそうになる。


それでも、前に出る。


結城まで、あと少し。


手を伸ばす。


届かない。


また殴られる。


視界が歪む。


音が遠くなる。


何してる。


何してるんだ俺は。


助けるんじゃなかったのか。


立て。


立てよ。


「……っ」


足が言うことを聞かない。


それでも、無理やり前に出る。


殴られる。


蹴られる。


何度も。


何度も。


何度も。


「……あはは」


遠くで、祇園の笑い声がする。


「頑張るじゃん」


全部が軽い。


こっちは、息もできないのに。


「……っ」


視界が暗くなる。


音が、遠くなる。


身体が、重い。


倒れる。


いや、倒れるな。


まだだ。


まだ——


その時。


どこからか、声がした。


「——男はさ、女の子のために頑張るもんでしょ」


「……」


誰の声だ。


知らない。


でも、知ってる気がする。


遠い。


昔。


どこかで。


「……っ」


身体が、もう動かない。


それでも。


もう一歩。


足を出す。


その瞬間、強烈な一撃が頭を揺らした。


視界が完全に歪む。


膝が、落ちる。


床が近い。


冷たい。


「……っ、は……」


呼吸が、できない。


意識が、遠い。


それでも。


まだ。


まだ——


「……まだ、終わって……」


言葉にならない。


視界の端で、結城が動いた気がした。


手を伸ばしている。届かない。

何もかもが、遠い。


「……あーあ」


祇園の声が、最後に聞こえた。


「ここまでか」


軽い。あまりにも軽い。


それが、最後だった。

意識が、完全に沈んでいく。


暗い。何も見えない。


それでも——


どこかで、まだ。


「……助けないと……」


その思いだけが、かすかに残っていた。

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