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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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105話 俺×対立=もう止まれません。

「——待って!!」


その声は、空気を切り裂くように響いた。


走り出そうとしていた真守の足が、反射的に止まる。止めたくて止めたわけじゃない。ただ、その一声に含まれていた切迫感が、それを許さなかった。


振り返る。


赤坂がそこに立っていた。


さっきまでと同じ場所にいるはずなのに、その一瞬で空気がまるで変わっていた。

顔色が悪い。表情も、声も、いつもの明るさが一切ない。ただ真っ直ぐに真守を見ている。

その目に浮かんでいるのは、焦りと、恐怖と、何かを必死に止めようとする意志だった。


葵も、アリスも、明らかに驚いていた。


それはそうだ。ここまでの赤坂は、ずっと協力的だった。真希那の護衛にも嫌な顔せず加わり、誰よりも冷静に状況を見ていた。その赤坂が、このタイミングで、こんな声を出して真守を止めるなんて、誰も想像していなかった。


「……赤坂先輩?」


真守は、呼びかける声さえ慎重になる。


胸の鼓動が一気に速くなる。頭の中では、白ヶ崎の叫び声がまだ反響していた。


転校生が連れ去られた。


その言葉だけで十分すぎるほどの異常事態なのに、その直後に赤坂がこんな顔で止めてくる。理解が追いつかない。焦りだけが、神経の先にじりじりと火をつけていく。


「……どういうことですか」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低かった。


赤坂はすぐには答えなかった。呼吸が乱れている。胸元を押さえるようにして、一度だけ深く息を吸う。それから、震える声で言った。


「……これ、罠だよ」


「……は?」


意味がわからなかった。


いや、言葉の意味自体はわかる。罠。その一単語だけなら理解できる。けれど、状況に当てはめた瞬間、すべてがぐちゃぐちゃになる。


「……何言ってるんですか」


「だから」


赤坂はもう一度、言い聞かせるように口を開く。


「これは、真守を動かすための罠」


「……」


頭が一瞬、真っ白になる。


真守は無意識に一歩、赤坂の方へ寄っていた。


「どういう意味ですか」


問い返す声が、少しだけ鋭くなる。


「結城さんは」


赤坂が続ける。


一つ一つ、言葉を選ぶように。


「真守を困らせるために動いてる」


「……」


「真守が放っておけないこと、わかってる。助けを求めるように見せれば、絶対に来るって、わかってる」


「……何を」


真守の喉がひりつく。


「何を言ってるんですか……」


「聞いて」


赤坂の声が少しだけ強くなる。


「今行ったらダメ」


「だから、なんで——」


「結城さんは最初からおかしかったでしょ!」


その言葉が、真正面からぶつかってきた。


「距離感も、話し方も、全部おかしかった。真守の過去を知ってるみたいに振る舞って、記憶を揺さぶって、苦しませて」


「……」


「それでも真守は、あの子が可哀想だって思い始めてる」


「……だから何ですか」


真守の声が、少しずつ冷たくなっていく。


赤坂の言葉は、聞こえている。意味もわかる。実際、結城に違和感があったのは事実だ。最初から不自然だった。今だって、完全に信用しているわけじゃない。


けれど。


だからといって、このタイミングで、それを言うのか。なぜ今、そこを掘るのか。


「真守」


赤坂が一歩近づく。


「今は行っちゃダメ」


「……確証はあるんですか」


思わず口をついて出た。


赤坂が一瞬だけ言葉に詰まる。その沈黙が、余計に真守の神経を逆撫でする。


「……っ、それは」


「ないんですよね」


声が、はっきりと荒れていく。


「今、結城が連れ去られたって聞いてるんですよ」


「だから、それが——」


「それが罠かもしれない、って?」


真守は赤坂の言葉を遮った。


「そんな話を、今?」


自分でもわかるくらい、焦っていた。


焦りが、苛立ちに変わり始めていた。


「……」


赤坂は何も返せない。


返せないまま、それでも真守を止めようとする目だけは逸らさない。


「結城がどういう人かなんて、今は関係ないでしょ」


「関係あるよ!」


赤坂が思わず声を上げる。


その声に、葵もアリスもびくりと肩を揺らした。


「真守が行ったら、取り返しのつかないことになるかもしれないの!」


「なんで言い切れるんですか!」


「……」


「なんで、そんなことがわかるんですか」


真守の声が、さらに低くなる。


赤坂は、苦しそうに息を呑んだ。

その表情を見て、真守の中で何かがざらつく。


隠している。この人は、何かを知っている。


それなのに、今、それを説明しないまま、自分の足を止めようとしている。


「……赤坂先輩」


呼びかける声に、自分でもはっきりと棘が混じっているのがわかった。


「ちゃんと説明してください」


「……」


「俺が納得できるように」


「……言えない」


赤坂の返答は、震えていた。


「今は、言えない」


それが、決定的だった。

真守の中で、何かが切れかける。


「……ふざけないでください」


「ふざけてない!」


「じゃあなんなんですか!」


ついに声がぶつかる。


「人が連れ去られたかもしれないんですよ!?それなのに、罠かもしれないから行くなって、そんな曖昧な話で止めるんですか!?」


「曖昧じゃない!」


赤坂も負けずに言い返す。


「私にはわかるの!だから——」


「だから、なんでわかるんですか!!」


その瞬間、赤坂が真守の袖を強く掴んだ。


「私を信じて、真守」


その言葉は、真っ直ぐだった。


必死だった。


それだけに、余計に真守の中の感情を逆撫でした。


「……っ」


真守はその手を見下ろす。


強く握られている。離さないと言わんばかりに。


「……やめてください」


「ダメ」


「離してください」


「ダメだよ」


「離してくれって言ってるんだよ!」


ついに声が荒れる。


赤坂も引かない。


「行ったらダメなの!」


「見捨てろって言うのか!?」


「今は行くべきじゃないって言ってるの!」


「同じだろうが!」


やり取りが激しくなる。


お互いの声が、夜の空気を震わせる。


葵が「二人とも……!」と声をかけるが、もう届かない。


「真守、お願い……」


「お願いで止まれるなら、とっくに止まってるって」


「信じてって言ってるでしょ!」


「信じられねぇよ!!」


その言葉が出た瞬間、空気が凍った。


赤坂の顔が、はっきりと傷ついたように歪む。

それでも、手は離れない。


真守の中で、焦りが限界に達した。


「……もう我慢できない」


低く、絞り出すように言って、そのまま赤坂の手を振り解く。


ぱし、と乾いた音がした。


赤坂の体がわずかによろめく。


「……」


息が荒い。


言ってはいけないことを言う、その直前の感覚だけがあった。


それでも、止まらなかった。


「……見損ないました」


強い言葉だった。


真守自身、その重さを理解していた。けれど、口にしてしまったあとには、もう戻れない。


赤坂の顔から、色が抜けていく。


「……」


一秒、二秒。


次の瞬間、赤坂がその場に崩れ落ちた。


「……っ」


嗚咽が漏れる。


一気に、堰を切ったみたいに泣き出した。


呼吸も乱れている。胸元を押さえながら、苦しそうに、声にならない声を漏らしている。


「……赤坂さん!」


葵が咄嗟に駆け寄る。


その姿を見ても、真守の足は止まらなかった。


「……そんな泣いても、俺は行きますから」


自分でも驚くほど冷たい声が出た。


赤坂が顔を上げる。


その目は涙でぐしゃぐしゃなのに、それでもまだ真守を止めようとしていた。


けれど、その声は——もう真守の耳には届いていなかった。


「やめてください」


もうそれ以上は聞きたくなかった。


「楽々浦くん、それは酷いよ!」


葵が振り返って怒鳴る。


その目には、明らかな怒りが宿っていた。


「今の言い方はない!」


「じゃあどう言えばよかったんですか」


真守はすぐに返した。


「行くなって泣いてれば、俺が止まるとでも思ったんですか」


「そういうことじゃないでしょ!」


「俺にはそう聞こえました」


「……っ」


葵が言葉に詰まる。


その間にも、赤坂はしゃくり上げている。胸を押さえながら、苦しそうに、小さく震えている。


「……」


見ていられないはずなのに、今は見ている余裕もなかった。


真守は視線を逸らし、そのままアリスを見る。


「神楽坂先輩」


声が低くなる。


「助けに行きましょう」


アリスは明らかに動揺していた。


泣き崩れる赤坂、怒る葵、そして冷え切った真守。その全部を目の前にして、言葉を失っていた。


「……あ、でも……」


「行きますよ」


はっきりと言い切る。


「今はそれしかない」


「……う、うん」


そのまま、真守と神楽坂は踵を返す。


背後では、葵が赤坂の肩を抱いている気配がした。


赤坂の嗚咽はまだ止まらない。

だが、最後の力を振り絞り声を出す。


「……お願い……まも君……行かないで……」


その声は真守に届くことはなかった。





走る。


校舎の方へ向かって、一気に駆ける。


息が上がる。心臓がうるさい。けれど、それ以上に頭の中がうるさかった。


今のはなんだ。何が起きた。

なんで赤坂先輩は、あそこまで必死に止めた。


答えは出ない。出ないまま、走るしかない。

助ける。まずはそれだけだ。


校舎の中に飛び込み、階段を駆け上がる。


「白ヶ崎さん!!」


窓際にいる白ヶ崎に声をかける。


「……真守くん」


振り返った白ヶ崎の顔も、明らかに焦っていた。


「どこですか」


間髪入れずに聞く。


「結城は、どこに」


「たぶん……体育館」


「たぶん?」


「一瞬しか見えなかったの!」


白ヶ崎の声も震えている。


「黒い集団が……あっちに」


それで十分だった。


真守はそのまま走り出す。


体育館へ向かう廊下が、やけに長く感じる。


頭の中では、さっきのやり取りが何度もフラッシュバックしていた。


赤坂の言葉。


泣き崩れる姿。


けれど——


それを振り払う。


今は考えるな。今は、助ける。それだけだ。


体育館裏に回り、倉庫の前に立つ。


呼吸が乱れる。手が震える。

それでも——


ドアに手をかける。躊躇う時間はない。


一気に引き開ける。


「——結城っ!!」


叫ぶ。


視界に飛び込んできたのは、床に座り込んだ結城の姿だった。


制服はボロボロに裂けている。シャツも破れ、スカートも無惨に引き裂かれている。顔は血だらけで、頬も口元も赤く染まっていた。


「……っ」


息が止まる。


「……結城?」


声が震える。


結城がゆっくりと顔を上げる。


その姿を見た瞬間——


頭の中が、完全に白くなった。


そして、その視線の先。

倉庫の奥に立つ“影”を見た瞬間。

全身が凍りつく。


「……っ、なんで……」


思わず漏れる。

視線の先には——。

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