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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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102話 俺×距離=少しだけ近づきます。

朝の空気は、やけに静かだった。


嵐の前の静けさなのか、理由はわからない。ただ、家の中に流れている時間が、どこかゆっくりに感じた。


制服に袖を通しながら、ふと手が止まる。


「……」


考えることは一つだった。


昨日決めたこと。


いや、決めたというより、もう“やるしかない”と理解しただけだ。


守る。


それだけだ。


真希那の部屋の前で足を止める。


ノックはしない。ただ、ドア越しに声をかける。


「いいか、今日は外出るな」


少し低い声になった。


「コンビニもダメだ。鍵ちゃんとかけろ。知らないやつ来ても絶対開けるな」


一瞬、間があく。


それから、


「……はーい」


軽い返事が返ってくる。


いつも通りの調子。


けれど、そのあとに少しだけ声のトーンが落ちる。


「……ちゃんと言われたこと、守るよ」


その一言に、ほんの少しだけ安心する。


「……頼む」


それだけ言って、その場を離れる。


完全に守れる保証なんてない。それでも、何もしないよりはいい。


タイミングは、まだ来ていない。

だからこそ、焦らずに待つしかない。


そして学校に着いたが、教室には寄らなかった。自然と足が生徒会室に向いていた。


扉を開けた瞬間、空気の違いがわかる。


「……」


重い。


昨日までの穏やかさとは、明らかに違う。

張り詰めている。

会長はいない。それでも、この空気は十分に異質だった。


「……すみません」


ぽつり、と声が落ちる。


結城だった。


机の上には、何度も書き直された書類が散らばっている。赤ペンの跡が目立つ。


「また?」


黒ヶ峰がため息混じりに言う。


「これ、三回目だよね」


言葉は静かだが、遠慮がない。


「ほんとに成績優秀なの?」


結城は何も返さない。


ただ、視線を落とすだけ。


「……」


真守は一瞬だけそちらを見る。

けれど、すぐに意識を切り替える。


「ここ、ルート被ってる」


アリスの声が入る。


「この時間帯だと……」


「……はい」


真守が頷く。


「こっちを潰す方がいい」


「うん」


葵もすぐに同意する。


三人の意識は完全に“作戦”に向いていた。


結城のミスも、黒ヶ峰の言葉も、認識はしている。けれど、優先順位が違う。

それどころじゃない。そう判断してしまっていた。


「……すみません」


また、結城の声。


今度は少しだけ震えていた。


「……」


視線を向ける。


指先が小さく震えている。呼吸も、少しだけ乱れているように見える。


それでも——


「……」


真守は視線を戻した。


今は、まだ。その判断が、次の瞬間に崩れる。


「——もういいって言ってんでしょ!!」


結城が叫んだ。


空気が一気に裂ける。

全員の動きが止まる。


「っ……」


息を荒くして、結城が立ち上がる。


「もういい……無理……」


声がかすれる。


そのまま、机を軽く押しのけて、部屋を飛び出す。


「……っ」


葵が一歩踏み出す。


「楽々浦くん」


「俺が行きます」


即答だった。


それ以上は言わせず、そのまま走る。


行き先は、迷わなかった。


あの場所。前にも、こうして彼女を追ってきた。


階段の踊り場。人目につかない場所。

そこに——


「……」


結城がいた。


壁に背を預けて、呼吸を整えようとしている。


「……大丈夫か」


声をかける。


結城はすぐには反応しなかった。


数秒。それから、ゆっくりと顔を上げる。


「……見てた?」


かすれた声。


「……少し」


正直に答える。


「……そっか」


小さく笑う。


けれど、その笑いは明らかに無理をしていた。


「……近づくな、とは言わないんだ」


ぽつりと、結城が言う。


「言わねぇよ」


「……そっか」


そのまま、結城は腕に手をかけた。


袖を、ゆっくりと捲る。

そこにあったのは——包帯だった。


白い布が何重にも巻かれている。

新しいものではないが、まだ完全には治っていない。


「……」


言葉が出ない。


「……ちょっとさ」


結城が視線を逸らす。


「色々あるんだよね」


軽い言い方。けれど、その奥にあるものは軽くない。


「……誰にやられた」


思わず出た言葉。


結城は少しだけ笑った。


「さあね」


それ以上は言わない。言わせない空気だった。


「……」


沈黙が落ちる。


「……でもさ」


結城が続ける。


「助けとか、いらないから」


顔は上げないまま。


「……」


「こうやってさ」


少しだけ言葉が詰まる。


「近くにいてくれるだけで……それでいい」


その言葉に、真守は何も返せなかった。


ただ、そこに立つ。それしかできない。


「……うちの代わりなんて、いくらでもいるし」


結城が小さく笑う。


「生徒会入りたい人、いっぱいいるよ」


「……」


「元々いた人だって、戻りたがってるし」


その一言で、脳裏に浮かぶ。


祇園。


あの夜の言葉。


「……」


胸の奥が、わずかに軋む。


「……だからさ」


結城が顔を上げる。


「うちなんかに構ってる余裕ないでしょ」


「……」


真守は、一歩踏み出した。


「……それでもだ」


短く言う。


「何かあったら、少しでもいいから頼れ」


結城の目が、わずかに揺れる。


「……全部じゃなくていい」


「……」


「ほんの少しでもいい」


言葉を選びながら、続ける。


「……お前を少しでも助けたい」


結城は、しばらく何も言わなかった。


ただ、真守を見ていた。

それから——


「……ほんと、そういうとこだよ」


小さく笑う。


さっきより、ほんの少しだけ柔らかい表情。


「……でもさ」


続ける。


「まも君に、これ以上迷惑かけられない」


「迷惑じゃねぇよ」


即答だった。


間を置かずに。


「……」


結城が少しだけ目を見開く。


「……そういう問題じゃないって」


「じゃあなんだよ」


「……」


言葉が詰まる。


その沈黙の中で、真守はもう一歩近づいた。


「……いいから」


視線を合わせて、


「無理すんな」


それだけ言う。


結城は何も言わなかった。

けれど、さっきまで荒れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


「……ありがと」


小さな声。


それだけで、十分だった。


二人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。

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