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俺×恋=0になります。  作者: 光黒猫
第三章 俺×過去=探し出します。〜過去探索編〜
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100話 俺×平穏な一日=平和すぎます。

昨日、真希那にはちゃんと伝えたはずだった。


しばらく警戒してくれ。外にはなるべく一人で出るな。変なことがあったらすぐ言え。

あれだけ真面目な空気で、いつになく低い声で、ちゃんと釘を刺したはずなのに——


「まーくん、おはよ♡」


朝、目を開けた瞬間に視界いっぱいに広がっていたのは、やたら距離の近い真希那の顔だった。


「……なんでいるんだよ」


寝起きのまま、ぼそっと言う。


「警戒してるから」


「方向性おかしいだろ」


真希那はベッドの端に座りながら、当然のような顔で頷く。


「だってさ、一人で部屋いるの危ないって言われたし?」


「だからって俺の部屋に来るなよ」


「一番安全じゃん。まーくんいるし」


「……」


言い返せないのが腹立つ。


「ちゃんとノックしたし」


「してねぇだろ」


「心の中で」


「それは無効だ」


真希那はケラケラ笑う。


昨日の空気なんてなかったみたいに、やけに明るい。


「ほら、顔洗ってきなよ。朝ごはんあるよ」


「……なんでそんな仕切ってるんだよ」


「お姉ちゃんだから」


「便利な言葉だな」


「便利でしょ?」


軽い足取りで部屋を出ていく。


その背中を見送りながら、真守は小さく息を吐いた。


昨日あんな話をしたばかりなのに、このテンション。けれど、それに救われている自分がいるのも確かだった。


リビングには、意外にもちゃんとした朝食が並んでいた。


「お、来た来た」


「……ちゃんと作ったのか」


「失礼な。今日はちゃんと頑張ったよ」


「“今日は”って自分で言うな」


「ほら、愛情多め」


「具体的に何割だよ」


「七割」


「高ぇな」


「残り三割は下心」


「最低だな」


「えへ」


全く悪びれない。


そのまま席に座り、適当に食べ始める。


「てかさ」


真希那がパンをちぎりながら言う。


「今日一日ずっと一緒にいよ?」


「学校あるだろ」


「放課後」


「……それはまあ」


「決まりね」


勝手に決定される。けれど、強く否定する気にはならなかった。


「……気をつけろよ」


「はーい」


軽い返事。


それでも、その一言に少しだけ安心したような顔をするのを、真守は見逃さなかった。


真希那との朝食が終わり、学校へ着く。

そして教室に入ると、いつもの空気が広がっていた。


ざわめきと、どこか気の抜けた朝の雰囲気。


席に向かう途中で、神宮丸がこちらに気づく。


「お、楽々浦。今日やけに普通の顔してるじゃん」


「どういう意味だよ」


「いや最近、なんか考え込んでる顔多かったからさ」


「……そう見えてただけだろ」


「そうか?まあでも今日は調子よさそうだな」


軽く笑いながら言う。


その隣で、白ヶ崎がちらりとこちらを見る。


「確かに」


「……」


短い一言だったが、その声色は少しだけ柔らかかった。


「なんだよその“確かに”」


「別に」


そっけない返事。


けれど、完全に冷たいわけではない。


「よーし、今日は平和な一日になりそうだな!」


神宮丸が勝手にまとめる。


「あんたがいる時点でどうだろうね」


「ひどっ」


「うるさい」


「なんで白ヶ崎は毎回辛辣なんだよ!?」


「騒がしいから」


「理不尽!」


そんなやり取りが自然に続く。


結城の姿はなかった。


それだけで何かが変わるわけではないけれど、教室の空気は少しだけ軽かった。


「今日、結城いないみたいだな」


神宮丸が何気なく言う。


「生徒会じゃない?」


白ヶ崎が答える。


「最近そっち多いし」


「……そうだな」


真守も軽く頷く。


いないことに対して、特別な感情はない。ただ、いつもと違う流れの中で、少しだけ余白があるような感覚だった。


その余白が、妙に落ち着く。


昼休みは、自然と三人で食堂へ向かう流れになった。


神宮丸が騒ぎ、白ヶ崎が突っ込み、真守が適当にまとめる。


その繰り返し。


「で、結局パン派?ご飯派?」


「だからなんだよその派閥」


「あるだろ!」


「ないって」


「あるって!」


ここで白ヶ崎が遮るように。


「うるさい」


「白ヶ崎が冷たすぎる!」


「正常」


「否定された!?」


どうでもいい話ばかり。


それでも、そのどうでもよさが妙に心地いい。


席に着いてしばらくすると、赤坂がやってきた。


「お、見つけた!」


「赤坂先輩」


「今日はなんか平和そうだね」


「そうですね」


真守が答えると、赤坂は笑った。


「いいじゃん、たまにはこういうのも」


そのまま自然に隣に座る。


「最近さ、真守ちょっと顔固かったし」


「……そうですか」


「うん。今くらいがちょうどいい」


さらっと言われて、少しだけ言葉に詰まる。


「ほら咲音ちゃんも、今日はちょっと機嫌いいし」


「よくない」


即答。


「でもさっきより柔らかくない?」


「気のせい」


「絶対違うって〜」


赤坂が笑う。


その空気に、また全体が少し柔らかくなる。

気づけば、自然に笑っていた。


あっという間に放課後になり、生徒会室に向かう。


扉を開けると、静かな空間の中に葵がいた。


「お疲れ様、楽々浦くん」


「お疲れ様です、葵先輩」


軽く会釈する。


「今日、暑かったね」


葵が書類をまとめながら言う。


「ですね。教室のエアコン効いてなくて地獄でした」


「それは大変だ」


くすっと笑う。


「水分ちゃんと取ってる?」


「一応」


「一応はダメだよ」


そんな、何でもない会話から始まる。


特別な話題じゃない。ただの日常のやり取り。

それが、妙に心地よかった。


「今日は教室どうだった?」


「普通でした。久しぶりに落ち着いて過ごせた感じです」


「そっか」


葵は安心したように頷く。


「よかった」


その一言が、自然に胸に入ってくる。


そのまま作業の確認に移る。

淡々とした仕事の流れ。時々交わされる短い言葉。無理に何かを話さなくても成立する空気。

それがありがたかった。


作業を終えて、生徒会室を出ようとしたときだった。


「……あ、まも君」


声がかかる。


振り返ると、結城がいた。


今日はあまり顔を合わせていなかったせいか、その姿が少しだけ新鮮に見える。


「お疲れ」


「お疲れ様」


自然に言葉が出る。


前ほどの引っかかりは、もうほとんどなかった。


「今日さ」


結城が少しだけ近づいてくる。


「うち、めっちゃ書類ミスった」


「え」


「三回くらいやり直し」


「それは……きついな」


「でしょ?」


少しだけ笑う。


「でもさ、ちょっと慣れてきたかも」


「……それならよかった」


「まも君も?」


「まあ、少しは」


「そっか」


軽い会話。


それだけなのに、前よりずっと自然だった。


「じゃあ、また明日ね」


「……ああ」


手をひらっと振る結城。

その表情は、どこか楽しそうだった。


真守も小さく頷く。


「楽々浦くん」


横から葵の声。


「帰ろっか」


「はい」


そう返して歩き出す。


今日という一日は、驚くほど何も起きなかった。


真希那の暴走から始まって、教室でのどうでもいい会話があって、赤坂が笑って、白ヶ崎がいつもより少し柔らかくて、葵と穏やかに話して、最後に結城と軽く言葉を交わした。


それだけだ。


それだけなのに。


妙に、満たされていた。

胸の奥にあった重さが、少しだけ軽くなっている。


このまま、何も起きなければいい。


そんなことを、ふと思ってしまうくらいには。

それくらい、平和な一日だった。

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