99話 俺×違和感=ズレてきます。
朝、目が覚めた瞬間から、なんとなく嫌な予感がしていた。
理由はない。ただ、昨日の夜に感じたあの微妙な違和感が、寝て起きても消えていなかっただけだ。
「……」
布団の中で一度だけ深く息を吐いてから、体を起こす。
いつも通りの朝。窓から差し込む光も、部屋の空気も、何一つ変わっていない。
なのに、どこか落ち着かない。
「……気のせいだろ」
そう呟いて、自分を納得させるように頭を振る。
考えすぎだ。最近いろいろありすぎただけだ。
そう結論づけて、部屋を出る。
リビングに入ると、真希那がすでに起きていた。
「おはよー、まーくん」
「……おはよう」
いつも通りの声。いつも通りのテンション。
そのことに、少しだけ安心する。
「なにその顔。寝起き悪い?」
「普通」
「絶対普通じゃない顔してるけど」
軽く笑いながら、真希那が近づいてくる。
その距離の近さに、思わず一歩引く。
「近い」
「えー、冷たっ」
いつものやり取り。
それだけで、さっきまでの違和感が少しだけ薄れる気がした。
「朝ごはん食べる?」
「あとでいい」
「またそれー。ちゃんと食べないと倒れるよ?」
「倒れない」
適当に返しながら、冷蔵庫に手を伸ばす。
その時だった。
「……あれ?」
真希那の声が、少しだけ変わった。
「どうした」
振り返ると、真希那がスマホを見ながら首を傾げている。
「いや、なんかさ」
画面をこちらに向ける。
「知らない番号から電話履歴あるんだけど」
「……」
一瞬だけ、思考が止まる。
けれどすぐに、いつもの調子で返す。
「間違い電話だろ」
「だよねー。でもさ、夜中の三時なんだけど」
「……」
少しだけ引っかかる。
「出てないんだろ?」
「うん、気づかなかったし」
「ならいいだろ」
それで終わる話のはずだった。
「でもさー」
真希那はまだスマホを見ている。
「同じ番号から三回もかかってきてるんだよね」
「……」
ほんの一瞬だけ、空気が止まる。
けれど——
「ストーカーじゃん」
「やめろ」
即答で否定する。
「え、違うの?」
「違う」
「残念」
「残念がるな」
軽くツッコミを入れると、真希那はケラケラと笑った。その様子に、少しだけ肩の力が抜ける。
「まぁいいや。出なければそのうち諦めるでしょ」
「そうだな」
そう言いながらも、心の奥に小さな引っかかりが残る。
夜中の三時。
三回の着信。
偶然で片付けるには、少しだけ多い。
「……」
ただ、それ以上考える前に、真希那が別の話題を持ち出してきた。
「てかさ、聞いてよ」
「なに」
「昨日コンビニ行ったらさ、めっちゃ怖い人に睨まれたんだけど」
「……は?」
思わず顔を上げる。
「いやほんと!なんか黒いフード被っててさー」
「……それ、普通に不審者じゃないか」
「でしょ!?やばいよね!」
真希那はなぜか少し楽しそうだった。
「楽しい話じゃないだろ」
「でもさ、絶対こっち見てたんだよね」
「気のせいだろ」
「えー、絶対そうだってー」
笑いながら言っているが、内容は笑えない。
「……」
少しだけ、胸の奥がざわつく。
ただ——
「で、どうしたんだよ」
「え?普通にスルーして帰った」
「……」
拍子抜けする。
「追いかけられたりは?」
「ないない」
あっけらかんとした様子。
「だから多分ただの変な人」
「……」
それで片付けていいのかは、正直わからない。
けれど、真希那の様子を見る限り、深刻にはなっていない。
「……気をつけろよ」
「はーい」
軽い返事。
そのまま、またいつもの調子に戻っていく。
さっきまでの話が嘘みたいに、明るい空気がリビングに広がる。
「てかさ、まーくん」
「なに」
「もしストーカーだったら守ってくれる?」
「……当たり前だろ」
少し間を置いて答えると、真希那は満足そうに笑った。
「よし、安心した」
「軽いな」
「大事なことだよ?」
冗談みたいなやり取り。
それなのに——
「……」
心の奥では、全く笑えなかった。
知らない番号。
夜中の着信。
コンビニでの不審な視線。
どれも一つ一つは小さい。
偶然で片付けられる程度のもの。
けれど、それが重なった時。
「……」
前の事件。
脅迫状。
そして、まだ終わっていないという感覚。
「……」
視線が自然と真希那に向く。
何も知らないように、いつも通り笑っている。
「……」
その姿を見て、逆に確信に近いものが生まれる。
今回の“標的”。
まだはっきりとはしていなかった。
けれど——
「……やっぱりか」
小さく呟く。
「ん?なに?」
「……なんでもない」
ごまかすように視線を逸らす。
けれど、もうわかってしまった。
これは偶然じゃない。全部、繋がっている。
そして、その先にあるのは——
「……」
真希那だ。
まだ何も起きていない。
だからこそ、今のうちに動かなければいけない。
じわじわと広がる不安が、確信へと変わっていく。それだけが、はっきりとしていた。




