85.宝玉の秘密
スタジアムの廊下を歩くカナは、少し火照った顔を手で扇いでいた。
彼女は、直前まで報道関係者に、もみくちゃにされていたことを思い出す。
マコトやイリヤやミナが体当たりしても、突破できないほどの大人数。
無数に突き出されるマイクは、質問と言い争いと怒号を拾うばかり。
渦中のカナは、我慢に我慢を重ね、拳を震えるほど握りしめて、最後まで無言を貫き通そうとした。
だが、執拗な取材攻勢で、カナは堪忍袋の緒が切れてしまった。
「炎竜、炎竜、炎竜、炎竜って、もういい加減にしてください!!
私は、知りません!!
見たこともないし!!」
あの時、口を突いて出た言葉は、そのまま心の叫び。
それを思い出すだけで、またここでも叫びたくなった。
大きく息を吸う。
言葉が舌の上で転がり始める。
だが、我に返った彼女は、口を両手で塞ぐ。
周囲を伺ったが、幸い、誰もいない。
「そうだ、リンを――」
使い魔召還のために、いつもの詠唱を行う。
すると、彼女の右肩付近で黒い煙が黒猫の姿になり、眠そうなリンが現れた。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんで眠そうな顔をしているかって? それは――」
「違う違う違う。
昨日、後で教えてあげるって言ってたこと」
「ああ、スイーツのおいしいお店の場所?」
「ふざけないで!
炎竜のことよ!」
「えんりゅう?」
「なんで、今まで隠していたの?」
「隠していた理由?
それは、物事には順番ってぇものがあってね――」
「はいはいはいはい、みんな、おんなじことを言うのね」
「なーんだ、聞いているの?
じゃあ、やーめた」
「やめないで! お願い!」
「ふむ。ついに、語るべき時が来たというわけですな。
キーウィは熟した」
「たぶん、機は熟した」
「では物語の始まり始まり――と行きたいところだけど、ここじゃあ、何だから……」
「人が入って来ない部屋ね。
どこがいい?」
「トイレの個室」
「リン!!」
「はいはいはいはい。
あっ! いつつつつっ! 引っ張らないの!」
カナは、宙に浮くリンの前足を引っ張りながら、大股で更衣室に入った。
そこで、リンは、人払いの結界を張る。
ベンチに腰を下ろした彼女は、顔の前で宙に浮くリンから、炎竜の話の子細を聞いた。
その内容は、カトリーン・シュトラウスと十一姫の話とほとんど一緒なので、その部分は省略する。
新たな情報は、以下の通り。
炎竜は、リンと同じく五百歳であること。
諸国の魔女に宿るのを繰り返しているうちに、二百年前、ヘルヴェティア王国で宝玉に封印されたこと。
その宝玉は、自分を攻撃する魔法を無効化する力がある、すなわち、身につけていると、最強の防御として使えること。
「ふーん、そうなんだ」
「たくさんありすぎて、右から左にスルーって抜けたでしょう?」
「抜けてません! 失礼ね!」
「ふーん、そうなんだ」
「なにげにコピられた……。
で、炎竜は、封印を解かれて宝玉から出てくると、どうなるの?」
「封印を解いた者に宿るか否かは、炎竜自身が決めるわよ」
「もし宝玉が破壊されたら?」
「どうなるかは、誰も試したことはないけど……、炎竜が封印されているなら、封印が解かれた場合と同じになるはず。
封印されていないなら、単に壊れて終わり、ちゃんちゃん♪ じゃない?」
「じゃあ、あのお方は、今は攻撃魔法を無効化する、つまり、防御が最強なんだ」
「そうなるわね。
……あら? 誰か部屋に入ってきた」
カナとリンは、扉の方を向いた。
そこには、アンドロイドが立っていて、カナたちを見ながら扉を閉めている。
「スタッフさんみたいだけど……。
ん? なんか変」
「やっぱり、カナも感じるのね。
魔力を持つアンドロイドなんて、最先端よねぇ」
「まさか……」
「そのまさかじゃない?
本家のご登場よ」