予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -29-『新しい約束』
打ち上げは賑やかに続いていた。
桐生先輩たちと盛り上がってるうちに、なんとなく喉の渇きを覚えた。ドリンクバーに行くふりをして俺は少し席を立った。
本当はそんな用事はなかった。ただ、少し一人になりたかった。
店の外に出て、駐車場の隅っこで俺は夜空を見上げた。
さっき、九条と藤崎先輩がこっそり外で話してるのを見た。健の奴がなんか気づいたような顔してたけど、あえて何も言わなかったな。
あの二人にも色々あったんだろう。
そんなことを考えながら、俺はなんとなく自分の過去を思い出していた。
中学の頃。俺は、確かに輝いてたと思う。文武両道、風紀委員長、クラスの中心。誰からも頼られて、誰からも慕われて。それが当たり前だと思ってた。
そこに、あいつが現れた。
「――こんなところにいたのね」
声をかけられて振り返る。
神原がそこに立っていた。
「……会長かよ」
「何、辛気臭い顔して」
「別に。ちょっと涼んでただけだよ」
神原は少し訝しむような顔をして俺の隣に立った。
しばらく二人とも何も言わなかった。
「なあ」
俺は思い切って口を開いた。
「お前、あの時のこと、まだ根に持ってるか」
「あの時?」
「……俺が、お前に色々ひどいこと言った時」
神原の表情が少し変わった。
「……根に持ってる、わけじゃないけど」
「でも、まだ引きずってる。だろ?」
神原は答えなかった。それが答えだった。
「俺もだよ」
俺はそう言った。
「あの時のこと、今でもたまに思い出す」
夜風が少し冷たかった。
「なあ、聞いてくれるか。ちゃんと話したことなかったよな」
「……聞くわ」
神原が静かにそう答えた。
俺は一度、深呼吸をした。
「俺さ、中学の頃、正直怖かったんだよ」
「怖かった?」
「みんなの中心にいることが。優等生でいることが。……一度でも失敗したら、誰も俺を見てくれなくなるんじゃないかって」
神原は黙って聞いていた。
「で、お前が成績で俺を抜いた時。頭ではすごいなって思ったよ。でも」
俺は言葉を選んだ。
「心のどっかで、怖かったんだ。俺の場所が、なくなるんじゃないかって」
「……」
「情けねぇよな。落ちこぼれだったお前が、努力して、俺に追いついてきた。本当なら、褒めてやるべきだったのに」
俺は一度口を閉じた。
「なのに俺は、それを素直に喜べなかった。認められなかった」
神原は俺の言葉を遮らずに、聞き続けていた。
「それで、お前にあんなひどいこと言った。……嫉妬だよ。ただの、みっともない嫉妬」
俺はそこまで言って、少し笑った。自嘲するような笑いだった。
「格好悪いよな。ずっと隠してた」
「……」
神原がしばらく黙り込んでいた。
「知ってた」
やがて、神原がそう言った。
「……知ってた?」
「なんとなくだけど。あの時のあなたの目、覚えてるから」
神原は静かに続けた。
「嫉妬されるほど、私は大した人間じゃなかったのに。それでも、あなたが私を見てくれてたってこと、あの時は少し嬉しかった」
その言葉に俺は少し驚いた。
「……嬉しかった、って」
「もちろん、あの後の言葉は傷ついた。すごく」
神原はそう言ってから続けた。
「でも、それとは別に。あなたが私を、対等な相手として見てくれてたんだって、分かったから」
俺は何も言えなかった。
「私、ずっと思ってた。あなたに拒絶されたのは、私が何か悪いことをしたからだって」
「……違う」
俺ははっきりと言った。
「お前は何も悪くない。悪いのは、俺の弱さだ」
神原は俺の顔をじっと見た。
「……そうだったのね」
「今更、こんなこと言っても遅いかもしれねぇけど」
俺は頭を掻いた。
「ずっと謝りたかった。ちゃんと」
「……」
「悪かった。あの時お前に、あんなこと言って」
神原はしばらく黙っていた。それから静かに頷いた。
「……許すわ」
「……」
「あなたがそんな風に自分の弱さを認められる人だって知れて、よかった」
その言葉に、俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
「私も」
神原は続けた。
「あの頃、あなたに追いつきたくて必死だった。……私を、対等な相手として見てもらいたかった」
「対等、か……。今なら、もう対等だろ」
俺は少し笑った。
「お前は生徒会長で、まるであの頃の俺自身を見てるみたいだ」
神原が少し目を見開いた。
「いや、俺なんかとっくに超えてるよ」
「そんなことない」
神原は少し強い調子で言った。
「あなたがいなかったら今回の勝負、成立してなかった。……あなたも、ちゃんと頑張ってた」
俺はその言葉に何も返せなかった。ただ少しだけ、目頭が熱くなった。
「……ありがとよ」
俺はそう短く言った。
神原が少しだけ笑った。
「どういたしまして」
夜空の下、俺たちはしばらく並んで立っていた。
「なあ、会長」
俺はふと口を開いた。
「俺はさ、叶えたい夢があったんだ」
「夢?」
神原が少し首を傾げる。
「誰も端っこで泣かないような、そんな空間を作りたかった」
神原は少しの間黙っていた。
「昔の私のような?」
「……そうだな」
「そう」
短い言葉のやり取りだったが、それだけで十分だった。
「結局俺には、無理だった」
俺はそう言った。
「だから会長、あとは頼むわ」
「何があとは頼む、よ」
神原が呆れたように言った。
「そんなの、勝手だわ」
「会長ならできるだろ」
「やるわ。やるけど……」
「ん?」
神原は少し意地悪な顔をした。
「あなたも手伝いなさい」
「おおう、そうきたか」
俺は思わず声を上げた。
「あなたが始めたことでしょ」
神原は腕を組んで続けた。
「私をその気にさせたくせに、自分は一抜けたなんて許さないから」
「そっか……わかった」
俺は少し笑って、答えた。
「まぁ、程々にな」
中学の頃、壊してしまった関係。ずっと心のどこかに引っかかっていたもの。それが今、やっと少しだけ軽くなった気がした。
しかも、ただ軽くなっただけじゃない。何か、新しい約束まで増えてしまった。
「戻ろっか。有島くんたちが心配してるかも」
神原の言葉に俺は頷いた。
「……おう」
俺たちは並んで店の中へと歩き出した。
もう、昔のようには戻れない。それでも——今は、これでいいんだと思えた。




