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浜山高校の問題児たち  作者: ayano
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29/30

予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -29-『新しい約束』




 打ち上げは賑やかに続いていた。

 桐生先輩たちと盛り上がってるうちに、なんとなく喉の渇きを覚えた。ドリンクバーに行くふりをして俺は少し席を立った。

 本当はそんな用事はなかった。ただ、少し一人になりたかった。

 店の外に出て、駐車場の隅っこで俺は夜空を見上げた。

 さっき、九条と藤崎先輩がこっそり外で話してるのを見た。健の奴がなんか気づいたような顔してたけど、あえて何も言わなかったな。

 あの二人にも色々あったんだろう。

 そんなことを考えながら、俺はなんとなく自分の過去を思い出していた。

 中学の頃。俺は、確かに輝いてたと思う。文武両道、風紀委員長、クラスの中心。誰からも頼られて、誰からも慕われて。それが当たり前だと思ってた。

 そこに、あいつが現れた。


「――こんなところにいたのね」


 声をかけられて振り返る。

 神原がそこに立っていた。


「……会長かよ」

「何、辛気臭い顔して」

「別に。ちょっと涼んでただけだよ」


 神原は少し訝しむような顔をして俺の隣に立った。

 しばらく二人とも何も言わなかった。


「なあ」


 俺は思い切って口を開いた。


「お前、あの時のこと、まだ根に持ってるか」

「あの時?」

「……俺が、お前に色々ひどいこと言った時」


 神原の表情が少し変わった。


「……根に持ってる、わけじゃないけど」

「でも、まだ引きずってる。だろ?」


 神原は答えなかった。それが答えだった。


「俺もだよ」


 俺はそう言った。


「あの時のこと、今でもたまに思い出す」


 夜風が少し冷たかった。


「なあ、聞いてくれるか。ちゃんと話したことなかったよな」

「……聞くわ」


 神原が静かにそう答えた。

 俺は一度、深呼吸をした。


「俺さ、中学の頃、正直怖かったんだよ」

「怖かった?」

「みんなの中心にいることが。優等生でいることが。……一度でも失敗したら、誰も俺を見てくれなくなるんじゃないかって」


 神原は黙って聞いていた。


「で、お前が成績で俺を抜いた時。頭ではすごいなって思ったよ。でも」


 俺は言葉を選んだ。


「心のどっかで、怖かったんだ。俺の場所が、なくなるんじゃないかって」

「……」

「情けねぇよな。落ちこぼれだったお前が、努力して、俺に追いついてきた。本当なら、褒めてやるべきだったのに」


 俺は一度口を閉じた。


「なのに俺は、それを素直に喜べなかった。認められなかった」


 神原は俺の言葉を遮らずに、聞き続けていた。


「それで、お前にあんなひどいこと言った。……嫉妬だよ。ただの、みっともない嫉妬」


 俺はそこまで言って、少し笑った。自嘲するような笑いだった。


「格好悪いよな。ずっと隠してた」

「……」


 神原がしばらく黙り込んでいた。


「知ってた」


 やがて、神原がそう言った。


「……知ってた?」

「なんとなくだけど。あの時のあなたの目、覚えてるから」


 神原は静かに続けた。


「嫉妬されるほど、私は大した人間じゃなかったのに。それでも、あなたが私を見てくれてたってこと、あの時は少し嬉しかった」


 その言葉に俺は少し驚いた。


「……嬉しかった、って」

「もちろん、あの後の言葉は傷ついた。すごく」


 神原はそう言ってから続けた。


「でも、それとは別に。あなたが私を、対等な相手として見てくれてたんだって、分かったから」


 俺は何も言えなかった。


「私、ずっと思ってた。あなたに拒絶されたのは、私が何か悪いことをしたからだって」

「……違う」


 俺ははっきりと言った。


「お前は何も悪くない。悪いのは、俺の弱さだ」


 神原は俺の顔をじっと見た。


「……そうだったのね」

「今更、こんなこと言っても遅いかもしれねぇけど」


 俺は頭を掻いた。


「ずっと謝りたかった。ちゃんと」

「……」

「悪かった。あの時お前に、あんなこと言って」


 神原はしばらく黙っていた。それから静かに頷いた。


「……許すわ」

「……」

「あなたがそんな風に自分の弱さを認められる人だって知れて、よかった」


 その言葉に、俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


「私も」


 神原は続けた。


「あの頃、あなたに追いつきたくて必死だった。……私を、対等な相手として見てもらいたかった」

「対等、か……。今なら、もう対等だろ」


 俺は少し笑った。


「お前は生徒会長で、まるであの頃の俺自身を見てるみたいだ」


 神原が少し目を見開いた。


「いや、俺なんかとっくに超えてるよ」

「そんなことない」


 神原は少し強い調子で言った。


「あなたがいなかったら今回の勝負、成立してなかった。……あなたも、ちゃんと頑張ってた」


 俺はその言葉に何も返せなかった。ただ少しだけ、目頭が熱くなった。


「……ありがとよ」


 俺はそう短く言った。

 神原が少しだけ笑った。


「どういたしまして」


 夜空の下、俺たちはしばらく並んで立っていた。


「なあ、会長」


 俺はふと口を開いた。


「俺はさ、叶えたい夢があったんだ」

「夢?」


 神原が少し首を傾げる。


「誰も端っこで泣かないような、そんな空間を作りたかった」


 神原は少しの間黙っていた。


「昔の私のような?」

「……そうだな」

「そう」


 短い言葉のやり取りだったが、それだけで十分だった。


「結局俺には、無理だった」


 俺はそう言った。


「だから会長、あとは頼むわ」

「何があとは頼む、よ」


 神原が呆れたように言った。


「そんなの、勝手だわ」

「会長ならできるだろ」

「やるわ。やるけど……」

「ん?」


 神原は少し意地悪な顔をした。


「あなたも手伝いなさい」

「おおう、そうきたか」


 俺は思わず声を上げた。


「あなたが始めたことでしょ」


 神原は腕を組んで続けた。


「私をその気にさせたくせに、自分は一抜けたなんて許さないから」

「そっか……わかった」


 俺は少し笑って、答えた。


「まぁ、程々にな」


 中学の頃、壊してしまった関係。ずっと心のどこかに引っかかっていたもの。それが今、やっと少しだけ軽くなった気がした。

 しかも、ただ軽くなっただけじゃない。何か、新しい約束まで増えてしまった。


「戻ろっか。有島くんたちが心配してるかも」


 神原の言葉に俺は頷いた。


「……おう」


 俺たちは並んで店の中へと歩き出した。

 もう、昔のようには戻れない。それでも——今は、これでいいんだと思えた。

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