予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -30-『それぞれの帰り道』
九条と真琴がそれぞれ、少し遅れて店に戻ってきた。
二人ともどこか、すっきりした顔をしている。俺は詳しい事情までは知らないが、なんとなく、いい話をしてきたんだろうということだけは伝わってきた。
「おかえり」
俺がそう言うと、九条は小さく頷いた。真琴はいつも通りの調子で椅子にどかっと座り直す。
「よし、飲み直すか!」
真琴の声に桐生先輩たちがまた盛り上がる。
「(おいおい、酒飲んでんじゃないんだぞ)」
打ち上げはそのまま賑やかに続いていった。誰も彼も、勝負のこともこれまでの経緯も、ひとまず脇に置いて、ただこの時間を楽しんでいるようだった。
やがて解散の時間になった。
店の前でそれぞれが、それぞれの方向へ帰っていく。俺は皆と別れの挨拶を交わしながら、少し離れたところにいた綾音に気づいた。
「おい、綾音」
俺は声をかけた。
「今日は来てくれてありがとな」
「別に、いいけど」
綾音はそっぽを向きながら答えた。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
「……ねえ、健」
やがて、綾音がぽつりと口を開いた。
「ん?」
「あんたさ」
綾音は少し、言葉を選ぶように間を置いた。
「あたしのこと、これっぽっちも気づいてなかったでしょ」
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
「気づいてないって、何を」
「別に。何でもない」
綾音はそう言うと、少し寂しそうに笑った。
「もういいわ。そういうとこも含めて、あんたなんだし」
「……いや、待てよ。何の話だよ」
「気にしなくていいって、言ってんの」
綾音はそう言って、くるりと背を向けた。
「じゃあね、健。また学校で」
「お、おう……」
俺はその背中を、しばらくぼんやりと見送った。
結局、何を言われたのかよく分からなかった。ただなんとなく、聞いてはいけない何かにうっかり触れてしまったような、そんな気がした。
「――何、放心してんの」
声をかけられて振り返ると、俊太がいつもの気だるげな顔で立っていた。
「いや、綾音になんか言われたんだけど、意味が分からなくてさ」
「へえ」
俊太はそれだけ言って少し笑った。何か、知っているような笑い方だった。
「なんだよ、その顔」
「別に。健はそういうとこ、変わらないなって思っただけ」
「意味わかんねぇよ」
俺がそう返すと、俊太は軽く肩をすくめた。
「まあ、いいや。それより」
俊太は、話を変えるように続けた。
「今回の勝負、健がいなかったら多分、勝ててなかったよ」
「は? 俺、大した見せ場、何もなかったじゃん」
俺は思わずそう返した。実際そうだった。真琴も、俊太も、神原も、九条も、それぞれ目に見える形で活躍した。だが俺は、ただ隙間を埋め続けただけだ。
「見せ場がないって、それが健の見せ場だったんだよ」
俊太はそう言った。
「僕らがそれぞれ好き勝手やれたのはさ。健がいつも隙間を埋めてくれてたからだ。誰も気づかないところでね」
「……そんな大層なもんじゃねぇよ」
俺は少し照れくさくなって、そう答えた。
「まあ、健はそう言うと思ったけどね」
俊太はそう言って、また飄々と笑った。
解散した後、俺は一人で夜道を歩いていた。
今日一日、色んなことがあった。予算取り合い合戦の決着。打ち上げ。九条と楓先輩の話。真琴と神原の話。そして、綾音のよく分からない一言。
全部がまだ、頭の中でうまく整理できていなかった。
思えばこの一ヶ月半、俺は色んなことに巻き込まれた。真琴が生徒会に絡んでいくところから始まって、気づけば俺自身がその渦の真ん中にいた。
もとはと言えば、俺には関係のない話だったはずだ。
それでも——今振り返ってみると、悪くない一ヶ月半だったと思う。
俺は夜空を見上げた。
星はそんなに見えなかった。それでも今日という日が確かに、何かを終わらせて、何かを始めたんだということだけは分かる気がした。
そもそも、俺は全然関係なかったのにな。
そう思いながら、俺は寮への道を一人、歩いて帰った。




