表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浜山高校の問題児たち  作者: ayano
PR
26/30

予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -26-『見えなくても』




 残ったのは私と朝寺さんだけになった。

 ヒーラーと双剣アタッカー。

 誰の目にも勝敗は決したように見えたはずだ。私自身、正直に言えば心のどこかでその言葉を否定しきれずにいた。

 攻撃力を持たない私があの規格外の反応速度を持つ朝寺さんに、どうやって太刀打ちできるというのか。

 それでも——私は諦めていなかった。


「今回は時間制限はないよ!」


 朝寺さんの声が明るく、それでいて確かな圧を持って響く。

 あのタイマンの時とは違う。今回は五分間耐えれば勝ちというルールじゃない。決着がつくまで終わらない戦いだ。


「くっ……!」


 私は朝寺さんの一撃を紙一重で躱した。

 この一ヶ月、私はずっとこの動きを鍛えてきた。相手の予備動作を観察し、次の一手を予測する。反射神経で敵うはずのない相手に、予測と分析で対抗する。

 だが、朝寺さんの攻撃は単調じゃなかった。フェイントを織り交ぜ、リズムを崩し、私の予測を幾度となく外しにかかってくる。


「ほら、どうするっての!?」


 朝寺さんが畳みかけるように攻撃を続ける。

 私は一撃、また一撃と、その全てをぎりぎりのところで凌いでいった。

 攻撃する術はほとんどない。私が持っているのは、敵を吹き飛ばすだけの時間稼ぎのタックル。ダメージらしいダメージなど与えられない。

 それでも。


「私は、負けない……!」


 私はそう言った。

 根拠なんて無かった。ただ、この言葉だけは確かだった。

 私はこの一ヶ月、みんなと積み上げてきたものをここで手放したくなかった。

 九条さんが必死に藤崎先輩を止めようとして共倒れになった。有島くんも、秋村くんも、峰本くんも、それぞれの全力を尽くして倒れていった。

 私がここで諦めるわけにはいかない。

 攻防は続いた。

 私のHPは少しずつ削られていく。朝寺さんの攻撃は確実に私の体力を蝕んでいた。それでも私は躱し続けた。回避のタイミングを見極め、位置を調整し、致命的な一撃だけは絶対に受けないように。

 だが——朝寺さんの表情が次第に変わっていった。焦りではなくむしろ闘志を燃やすような、そんな色に。


「無駄な足掻きを……!」


 朝寺さんの声がこれまでとは違う、決定的な鋭さを帯びた。


「なら、これで決めたげる!!」


 その瞬間——朝寺さんの姿が視界から消えた。

 あのタイマンの時と同じだった。

 超速移動。死角からの必殺の一撃。

 誰もが私の敗北を確信しただろう。あの時、私は同じ技で負けている。

 だが——。

 私は覚えていた。あの日、確かに目には見えなかった。それでもあの一撃が来る直前、背筋に確かな何かを感じたことを。

 見えないなら、感じればいい。

 朝寺さんが消える。私は目を閉じなかった。ただ、全神経を研ぎ澄ませた。

 死角から来る。それは分かっている。ならば——どのタイミングで、どの方向から。

 この一ヶ月、私はずっと朝寺さんの動きを思い返していた。あのタイマンの、たった一つの記憶。そして、この試合の中で見てきた朝寺さんの癖、間合い、呼吸。


 全てを、繋ぎ合わせる。

 来る。

 今、この瞬間、この方向から。


「ここ……!!」


 私は体を捻った。

 朝寺さんの姿が視界の端に、一瞬だけ確かに映った。

 渾身のバックスタブが、私のいた場所で空を切る。


「――!?」


 朝寺さんの驚愕の声。

 外れた。避けることができた。

 技を放った直後の、大きな隙。がら空きの背中が目の前にあった。

 私は迷わなかった。数少ない攻撃手段、ダメージなどほとんど無い、ただ相手を吹き飛ばすだけのタックル。

 それを私は、渾身の力で朝寺さんの背中に叩き込んだ。





「うわっ……!?」


 あたしの体が大きく吹き飛ばされる。

 背後を取ったはずだった。あたしの渾身のバックスタブ。それをまさか、避けられるなんて。

 でも——まだだ。まだ、終わってない。

 タックルなんて、ダメージはほとんどない。ただ吹き飛ばされただけ。受け身さえ取れば、すぐに持ち直せる。そこからもう一度、攻撃を叩き込めば——。

 あたしは体勢を立て直そうと、着地地点へと視線を向けた。

 その瞬間。


「……えっ?」


 声が漏れた。

 あれは——。

 着地するその場所に。

 罠があった。

 この試合のずっと序盤。健が仕掛けていた、あの罠。


「(健。アンタまさか、これを読んでたの?)」


 いや——違う。

 あいつにそんな器用な真似、できるわけない。あいつはいつだって、誰かの隙間を埋めるだけの地味な男だ。目立つことなんて何一つしない。それはあたしが一番よく知っている。

 これは会長の作戦だ。きっと、あの完璧主義の会長がこういう事態を想定して、あらかじめ健に仕込ませておいたんだ。

 吹き飛ばされているこの体勢じゃ、着地地点を変えることなんてできない。

 あたしは、そのまま——。

 罠の中へと落ちていく。


「(あーあ。ほんと、やんなっちゃう)」


 罠が炸裂する音をどこか遠くで聞きながら、あたしは思った。


「(ねえ、健。アンタが、そっちについたから。あたし、負けちゃったじゃん)」


 最初は、ただの勝負のつもりだった。別に部活動が続けられなくなるわけでもないし、負けたってどうってことない。そう思ってた。

 でも途中から、気づいてた。あたしがこの勝負に執着し始めた理由。

 あたしはこの勝負で勝ちたかったんじゃない。

 健、アンタにいいところを見せたかっただけなんだ。

 軽音のボーカルとしてステージで歌ってる時みたいに、かっこいいあたしを。

 アンタの目に焼き付けたかった。

 なのに、肝心のアンタはあたしの敵で。

 しかも、あたしを負かした一手がアンタの仕込んだ罠だなんて。


「(ほんと、笑っちゃう)」


 あたしのHPがゼロになる。

 視聴覚室に、数秒の静寂が流れた。

 そして——次の瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。

 その歓声の中心で、会長が——ううん、理恵が突然立ち上がったと思ったら、ぺたんとその場に座り込むのが見えた。勝った実感がじわじわと湧いてきたんだろう。

 あたしは負けた。完全に負けた。

 悔しいのにどうしてか涙は出なかった。むしろ胸の奥が妙にすっきりしていた。


「(……まあ、いっか)」


 あたしは、そっと、息を吐いた。

 いつかこの気持ちに。アンタが気づいてくれる日が、来るのかな。


「(……来ないだろうな、絶対)」


 あのどうしようもない鈍感には。


 あたしは画面の向こうのあいつの、きっと今ごろ呆けたような顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ