予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -26-『見えなくても』
残ったのは私と朝寺さんだけになった。
ヒーラーと双剣アタッカー。
誰の目にも勝敗は決したように見えたはずだ。私自身、正直に言えば心のどこかでその言葉を否定しきれずにいた。
攻撃力を持たない私があの規格外の反応速度を持つ朝寺さんに、どうやって太刀打ちできるというのか。
それでも——私は諦めていなかった。
「今回は時間制限はないよ!」
朝寺さんの声が明るく、それでいて確かな圧を持って響く。
あのタイマンの時とは違う。今回は五分間耐えれば勝ちというルールじゃない。決着がつくまで終わらない戦いだ。
「くっ……!」
私は朝寺さんの一撃を紙一重で躱した。
この一ヶ月、私はずっとこの動きを鍛えてきた。相手の予備動作を観察し、次の一手を予測する。反射神経で敵うはずのない相手に、予測と分析で対抗する。
だが、朝寺さんの攻撃は単調じゃなかった。フェイントを織り交ぜ、リズムを崩し、私の予測を幾度となく外しにかかってくる。
「ほら、どうするっての!?」
朝寺さんが畳みかけるように攻撃を続ける。
私は一撃、また一撃と、その全てをぎりぎりのところで凌いでいった。
攻撃する術はほとんどない。私が持っているのは、敵を吹き飛ばすだけの時間稼ぎのタックル。ダメージらしいダメージなど与えられない。
それでも。
「私は、負けない……!」
私はそう言った。
根拠なんて無かった。ただ、この言葉だけは確かだった。
私はこの一ヶ月、みんなと積み上げてきたものをここで手放したくなかった。
九条さんが必死に藤崎先輩を止めようとして共倒れになった。有島くんも、秋村くんも、峰本くんも、それぞれの全力を尽くして倒れていった。
私がここで諦めるわけにはいかない。
攻防は続いた。
私のHPは少しずつ削られていく。朝寺さんの攻撃は確実に私の体力を蝕んでいた。それでも私は躱し続けた。回避のタイミングを見極め、位置を調整し、致命的な一撃だけは絶対に受けないように。
だが——朝寺さんの表情が次第に変わっていった。焦りではなくむしろ闘志を燃やすような、そんな色に。
「無駄な足掻きを……!」
朝寺さんの声がこれまでとは違う、決定的な鋭さを帯びた。
「なら、これで決めたげる!!」
その瞬間——朝寺さんの姿が視界から消えた。
あのタイマンの時と同じだった。
超速移動。死角からの必殺の一撃。
誰もが私の敗北を確信しただろう。あの時、私は同じ技で負けている。
だが——。
私は覚えていた。あの日、確かに目には見えなかった。それでもあの一撃が来る直前、背筋に確かな何かを感じたことを。
見えないなら、感じればいい。
朝寺さんが消える。私は目を閉じなかった。ただ、全神経を研ぎ澄ませた。
死角から来る。それは分かっている。ならば——どのタイミングで、どの方向から。
この一ヶ月、私はずっと朝寺さんの動きを思い返していた。あのタイマンの、たった一つの記憶。そして、この試合の中で見てきた朝寺さんの癖、間合い、呼吸。
全てを、繋ぎ合わせる。
来る。
今、この瞬間、この方向から。
「ここ……!!」
私は体を捻った。
朝寺さんの姿が視界の端に、一瞬だけ確かに映った。
渾身のバックスタブが、私のいた場所で空を切る。
「――!?」
朝寺さんの驚愕の声。
外れた。避けることができた。
技を放った直後の、大きな隙。がら空きの背中が目の前にあった。
私は迷わなかった。数少ない攻撃手段、ダメージなどほとんど無い、ただ相手を吹き飛ばすだけのタックル。
それを私は、渾身の力で朝寺さんの背中に叩き込んだ。
◇
「うわっ……!?」
あたしの体が大きく吹き飛ばされる。
背後を取ったはずだった。あたしの渾身のバックスタブ。それをまさか、避けられるなんて。
でも——まだだ。まだ、終わってない。
タックルなんて、ダメージはほとんどない。ただ吹き飛ばされただけ。受け身さえ取れば、すぐに持ち直せる。そこからもう一度、攻撃を叩き込めば——。
あたしは体勢を立て直そうと、着地地点へと視線を向けた。
その瞬間。
「……えっ?」
声が漏れた。
あれは——。
着地するその場所に。
罠があった。
この試合のずっと序盤。健が仕掛けていた、あの罠。
「(健。アンタまさか、これを読んでたの?)」
いや——違う。
あいつにそんな器用な真似、できるわけない。あいつはいつだって、誰かの隙間を埋めるだけの地味な男だ。目立つことなんて何一つしない。それはあたしが一番よく知っている。
これは会長の作戦だ。きっと、あの完璧主義の会長がこういう事態を想定して、あらかじめ健に仕込ませておいたんだ。
吹き飛ばされているこの体勢じゃ、着地地点を変えることなんてできない。
あたしは、そのまま——。
罠の中へと落ちていく。
「(あーあ。ほんと、やんなっちゃう)」
罠が炸裂する音をどこか遠くで聞きながら、あたしは思った。
「(ねえ、健。アンタが、そっちについたから。あたし、負けちゃったじゃん)」
最初は、ただの勝負のつもりだった。別に部活動が続けられなくなるわけでもないし、負けたってどうってことない。そう思ってた。
でも途中から、気づいてた。あたしがこの勝負に執着し始めた理由。
あたしはこの勝負で勝ちたかったんじゃない。
健、アンタにいいところを見せたかっただけなんだ。
軽音のボーカルとしてステージで歌ってる時みたいに、かっこいいあたしを。
アンタの目に焼き付けたかった。
なのに、肝心のアンタはあたしの敵で。
しかも、あたしを負かした一手がアンタの仕込んだ罠だなんて。
「(ほんと、笑っちゃう)」
あたしのHPがゼロになる。
視聴覚室に、数秒の静寂が流れた。
そして——次の瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
その歓声の中心で、会長が——ううん、理恵が突然立ち上がったと思ったら、ぺたんとその場に座り込むのが見えた。勝った実感がじわじわと湧いてきたんだろう。
あたしは負けた。完全に負けた。
悔しいのにどうしてか涙は出なかった。むしろ胸の奥が妙にすっきりしていた。
「(……まあ、いっか)」
あたしは、そっと、息を吐いた。
いつかこの気持ちに。アンタが気づいてくれる日が、来るのかな。
「(……来ないだろうな、絶対)」
あのどうしようもない鈍感には。
あたしは画面の向こうのあいつの、きっと今ごろ呆けたような顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ笑った。




