予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -25-『葵と楓』
残ったのは私と楓、そして神原と朝寺。
視聴覚室の空気が痛いほど張り詰めていた。
「九条さん」
神原の声が静かに届く。
「何かいい手はある?」
私は少しの間答えられなかった。
正直に言えば——無い。楓の実力はこの一ヶ月の全部を注ぎ込んでも、まだ届いていない。
それでも私は言った。
「無い。でも」
私は続けた。
「楓は、私が必ずなんとかする。だから、耐えて」
その言葉に根拠なんてなかった。ただ、そう言うしかなかった。
「……簡単に言ってくれるわね」
神原の声には呆れと、それでも確かな信頼が混じっていた。
試合が再び動き出す。
「ホラホラ! 会長はこっちィ!!」
朝寺の声が明るく、それでいて容赦なく響いた。神原に真っ直ぐ向かっていく。
「くっ……!」
神原の苦しげな声、私はその様子を視界の端に捉えながら目の前の楓に集中した。
「私たちも、決着をつけようか」
楓の声にはこれまでのような余裕の笑みはもうなかった。ただ、真っ直ぐな確かな熱があった。
「わかってる」
私はそう答えた。
これが最後だ。
双剣を握り直す。楓の槍が私を捉える。
私たちの戦いが再び始まった。
私はもう迷わなかった。楓と同じ土俵で読み合いをすることはもうやめた。ただ、この一ヶ月で積み上げてきた私自身の動きを、私自身の感覚を、信じて動く。
楓の穂先が幾度となく私を襲う。私はそれを紙一重で躱し続けた。反撃を一つ、また一つと繋いでいく。
だが——楓もまた本気だった。
私が読みを手放したことで、私の動きは確かにこれまでより読みにくくなっていたはずだ。それでも楓は、その僅かな綻びすら、見逃さなかった。
私の一撃が楓の肩を掠める。同時に楓の穂先が私の脇腹を突いた。
どちらも致命傷ではない。だが、どちらも確実にダメージを重ねていた。
激しい応酬が続く。私が斬り込み、楓が受け流し、また突く。私が躱し、また斬り込む。
時間の感覚が消えていった。ただ、目の前の楓だけが私の世界の全てだった。
この一ヶ月、ずっとこの人の背中を追いかけてきた。楓みたいになりたいとずっと思っていた。だが今、私は楓と正面から向き合っている。追いかける背中じゃなく、真正面から。
それだけで、何かが報われたような気がした。
私たちのHPは削り合うように減っていった。
そして——。
最後の一撃を私たちは同時に繰り出した。
私の双剣が楓を捉える。楓の槍が私を捉える。
どちらのダメージも致命的だった。
二人分の名前が同時に戦況表示から消えた。
「そんな……」
私は思わず声を漏らした。
共倒れ。勝ちきれなかった。私は最後まで、楓に一歩届かなかった。
「ふふ」
楓の柔らかい笑い声が聞こえた。
「最後まで、詰めが甘いんだから」
その声には悔しさよりもどこか優しさが滲んでいた。
「でも」
楓は続けた。
「強くなったね、葵」
その一言に私は何も答えられなかった。ただ、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
視聴覚室にどよめきが広がる。
残ったのは——神原と朝寺。
ヒーラーと双剣アタッカー。
その組み合わせを見て、誰もが勝敗はもう決したものと思っただろう。私自身、そう思いかけていた。攻撃力を持たないヒーラーが、最速の剣士に太刀打ちできるはずがない。
だが——。
ただ一人。
神原だけはまだ、諦めていないようだった。




