予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -24-『三つの戦線 』
二勝二敗。最終戦。
「指示、出さないつもりか?」
秋村の声に私は答える。
「重要な場面では出す。でも、基本的には各自の判断で動いて」
その言葉に皆が頷いた。
理由を私はまだ誰にも説明していなかった。
楓は私の指示を読んでいる。私が誰に何を指示するか、その一手先を常に読み切っている。だから、私が全員の動きを指示で統率すればするほど、楓は私の思考だけを追えばよくなる。一人分の思考を読むだけで、五人全員の動きが分かってしまう。
なら、私が指示を出さなければいい。
そうすれば楓は、五人それぞれの判断を同時に読まなければならなくなる。いくら楓でも、五人分の思考を同時に完全に読み切るのは流石に無理がある。
だが、それだけでは駄目だった。指示を完全に手放してしまえば、それはただ指揮官が指揮を放棄しただけになる。バラバラに動いた末にいずれはまとまりを欠いて、崩れていく。
だからこそ、「必要な時だけは指示を出す」。それが私が出した答えだった。
開始の合図が鳴る。
最終戦、第五戦が始まった。
視聴覚室に緊張した空気が満ちる。私は画面越しに敵の陣形を見た。
三つの戦線が同時に始まろうとしていた。
軽音楽部の三年生、桐生先輩、大場先輩、水無瀬先輩の三人が有島、秋村、峰本と対峙する。
楓と私。そして——朝寺と、神原。
私はその配置を見て覚悟を決めた。
「有島、秋村、峰本。そっちは任せた」
「おう」
有島の声には確かな落ち着きがあった。
「私は楓を止める」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が少しだけ震えた。
試合が動き出す。
有島たちの戦線では早々に異変があった。有島が何かを地面に仕掛けている。
「なんだそれ?」
桐生先輩の声が警戒するように上がった。
「真琴、相手を引きつけててくれ」
有島の短い指示。秋村が前に出て敵の意識を引きつける。
「そんな敵の目の前で仕掛けた罠なんて踏むかよ!」
大場先輩が、鋭くそう言った。
「……くっ」
有島の、短い声。
その反応に、私は微かな違和感を覚えた。だが、今は、自分の戦いに集中しなければならない。
「楓」
私は、画面の向こうの、あの人に向けて、静かに呼びかけた。
「久しぶりだね、葵」
楓はいつもと変わらないあの気さくな声で答えた。だが、その奥にある鋭さを私は誰よりもよく知っている。
私たちの戦いが始まった。
楓の槍はこれまで見てきたどんな相手とも違っていた。速さだけじゃない。相手の呼吸、間合い、次の一手。全てを、まるで最初から知っていたかのように正確に読んでくる。長い間合いを保ちながらも、私が踏み込む隙を一切与えてはくれなかった。
私は双剣で応戦した。だが、私が斬り込めばその先にはいつも楓の穂先があった。私が退けば、その隙を正確に突かれた。
まるで、鏡合わせのような戦いだった。
私が動く。楓が動く。私が読む。楓が読み返す。
だが——私は気づいていた。楓の動きに、これまでにない何かが混じっていることに。
それは迷いじゃない。むしろ——手加減のない、本物の本気。
「……楽しそうだね、葵」
楓の声に確かな喜びが滲んでいた。
「私も」
私は短く答えた。嘘じゃなかった。恐怖と、緊張と、そして——確かに楽しさがあった。
ふと、有島たちの戦線に視線が向く。
激しい攻防の末、有島と秋村が同時に倒れた。
「っ……!」
胸が冷たくなる。
だが、その瞬間だった。
「峰本、今!!」
私は叫んでいた。
考えるより先に体が動いていた。倒れた二人の代わりに、満身創痍の峰本に最後の一手を託す。
峰本の詠唱が爆発するように放たれた。
大魔法が桐生先輩、大場先輩、水無瀬先輩の三人を一気に飲み込んだ。
三人の名前が戦況表示から消える。
「よし……!」
安堵するその瞬間。
「峰本!!」
私はまた叫んでいた。何かを感じたわけじゃない。ただ、なぜかそう叫ばずにはいられなかった。
その声が届く前に——楓が投擲した槍が峰本を貫いた。
峰本の名前も戦況表示から消える。
「……」
私は言葉を失った。
残ったのは——私と楓。そして、神原と朝寺だった。
視聴覚室の空気が張り詰めていく。
私はまだ、目の前の楓から視線を逸らせずにいた。




