予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -23-『楓の指揮』
第四戦。
開始の合図とともに、これまでとは明らかに違う気配が画面の向こうから伝わってきた。
「――行くよ」
落ち着いたしかしよく通る楓の声。
その一言を合図に軽音楽部側の動きが一変した。
これまで綾音を中心に動いていた陣形が綺麗に組み変わる。桐生、大場、水無瀬。三人の先輩たちの動きがこれまでとは比べ物にならないほど有機的に噛み合い始めていた。
「……なんだ、これ」
俺は思わず声を漏らした。
綾音は確かに強い。それはこれまでの三戦で嫌というほど思い知らされた。だが、楓が加わったことで軽音楽部というチームそのものがまるで別物に変わっている。
「秋村、右!」
九条の声が飛ぶ。真琴がその指示通りに動く。
だが——読まれていた。
真琴が動いた瞬間、既にそこには次の攻撃が待ち構えていた。まるで、真琴の動きそのものが最初から予測されていたかのように。
「くっ……!」
真琴があっという間に体力を削られる。
「峰本、下がって詠唱――」
九条が次の指示を出そうとする。だが、その言葉が終わる前に俊太の詠唱ポイントに既に敵の攻撃が飛んできていた。
「うわっ……!」
俊太の魔法が発動する前に潰される。
「会長、こっちに――」
九条が神原を守ろうと指示を出す。だが、その指示の意図すら既に見透かされているようだった。神原が動く先にまるで先回りするように敵の攻撃が待っている。
俺も隙間を埋めようと必死に動いた。だが、埋めるべき隙間そのものが次々と別の場所に生まれていく。まるで、こちらの対応そのものを見越して次の一手が用意されているようだった。
びっくりするくらい手も足も出なかった。
「……っ」
九条の声が徐々に硬くなっていく。
「秋村、もう一度――」
指示を出す。だが、また裏をかかれる。
「峰本、今度は――」
また外れる。
何を指示してもその先回りをされる。九条の的確なはずの指揮がまるで機能していなかった。
「……なんで」
九条の声が微かに震えていた。
俺はその声に嫌な予感を覚えた。
「会長、下がって――」
また届かない。神原が囲まれる。
「くっ……」
じりじりと生徒会側が押し込まれていく。第一戦の再現のような一方的な展開だった。
俺は隣に座る九条の様子をちらりと窺った。
いつも通りの感情の見えない横顔。だが、その奥に明らかな焦りが滲んでいるのが分かった。
「(……どうにかしないと)」
九条が必死に次の一手を探しているのが伝わってくる。だが、考えれば考えるほどその指示はまた裏をかかれていく。まるで、九条が読もうとすればするほどその先を楓に読まれているようだった。
第四戦、終了。
結果は——完敗だった。
視聴覚室に、さっきまでの歓声が嘘のような重い沈黙が広がる。
「……マジかよ」
真琴が呆然と呟いた。
スクリーンに表示された二勝二敗の結果表示が、これから始まる最終決戦を否応なく告げていた。
九条は何も言わなかった。
「……九条」
俺は思い切って声をかけた。
しばらく、返事がなかった。
「……分からない」
やがて、九条が絞り出すように答えた。
「読まれてる。……何を出しても、全部」
その声にはこれまで聞いたことのない明確な動揺があった。
「……どうすれば」
九条がそう漏らした瞬間、俺ははっとした。
その言葉はいつもの淡々とした九条のものじゃなかった。何か、必死に誰かの背中を追いかけようとしているようなそんな響きがあった。
俺はふとあの日の光景を思い出す。廊下で見た楓の姿。人望も、実力も、何もかもが規格外の存在。そして九条がその人を見つめていた、あの表情。
「……九条」
俺は静かに声をかけた。
「お前、今、藤崎先輩みたいになろうとしてないか?」
「……え」
九条が息を呑む気配がした。
「読み合いであの人に勝とうとしてる。あの人と同じやり方で、あの人を超えようとしてる。……そう見える」
俺は続けた。
「でも、お前はお前だ。あの人にはなれない。なる必要もない」
九条は何も答えなかった。ただ、その沈黙の中に何かを噛み締めているような、そんな気配があった。
「お前らしく頼むよ、リーダー」
その言葉を俺は思いつくままに口にした。カッコいい言葉でも気の利いた言葉でもなかったと思う。ただ、今、九条に必要な言葉がそれしかない気がした。
しばらく静寂が流れた。
そして——。
「……そう、だね」
九条の声が静かに、しかし確かに変わった。
「私は、楓にはなれない」
その言葉にはこれまでの焦りとは違う何かが宿っていた。
「ずっと追いかけてた。楓みたいになりたいって。でも……」
九条はそこで一度、言葉を切った。
「私は、私にしかなれない」
その声はまだ静かだったが、確かな芯を取り戻していた。
「最終戦、少し試したいことがある」
「……何をするつもりだ」
「ぶっつけ本番だけど」
九条はそう言うと、これまでにない何かを含んだ声で続けた。
「私は指示を出さない」
その一言に、俺は思わず息を呑んだ。
「指示、出さないって……大丈夫なのか、それ」
「分からない。でも」
九条の声には、迷いよりも確信に近いものが滲んでいた。
「この一ヶ月で私たちにはお互いの動きが染み込んでる。指示がなくても補い合えると思う。……そう、信じたい」
俺はその言葉を聞きながら、なんとなく理解した。九条は楓と同じ土俵で読み合うことをやめようとしている。予測と指示で戦うのではなく、俺たちがこの一ヶ月で積み上げてきたもの、その連携そのものに賭けようとしているのだ。
「……分かった」
俺はそれだけ答えた。
「やってみよう」
視聴覚室にはまだ重い空気が残っていた。二勝二敗。最終戦。誰もがその結果の重さを感じているようだった。
だが——九条の声にはもう、さっきまでの動揺はなかった。
最終戦の準備画面がスクリーンに映し出される。
俺たちの一ヶ月の全てを賭けた戦いが、いよいよ始まろうとしていた。




