予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -18-『軽音部の助っ人』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
その日の練習前、真琴がわざわざ電話をかけてきて、開口一番そんな報告をしてきた。
『なあ、綾音から情報聞き出したぜ』
「情報?」
『敵の面子。ちょっと交渉のついでにな』
真琴はどこか得意げな声でそう言った。
『「そっちのメンバーのことも教えろよ。それで対等だろ?」って言ってやったんだよ。そしたら、あっさり教えてくれてさ』
真琴によると、軽音楽部側の編成はこうだった。
ベース担当、三年の桐生龍二先輩。
ドラム担当、三年の大場拓海先輩。
キーボード担当、三年の水無瀬司先輩。
「……なんだ、まんまバンドメンバーじゃないか」
俺は思わずそう呟いた。
「で、あと一人は? 同期か後輩、何人かいるだろ」
『それがよ』
真琴の声が少し悔しそうな響きを帯びる。
『「最後のメンバーはね、他所から助っ人を雇ってるから」だってさ』
「は? そういうのは、こっちの特権だって話だったろ」
『俺もそう言ったんだよ! そしたら「それはそう、って言いたかったけどさ」って前置きされてよ』
真琴は綾音の口ぶりを真似るように、少し声を作って続けた。
『「世界ランカーの俊太とか、凄腕ゲーマーの九条なんか引き入れちゃってさ、ちょっとやりすぎだとは思わないの?」って』
「……ぐ、それを言われると」
俺は思わず唸った。確かに、こちらの陣容も大概えげつない。
『で、文句は言わせないって。助っ人は一人だけだから、それほど横暴でもないだろうってよ』
「まあ……そう言われると、反論しづらいな」
『だろ? だから俺も「あーもう分かったっての」って引き下がってさ。で、助っ人ってどこの誰だって聞いたんだよ』
そこで真琴が一瞬、間を置いた。
『「藤崎楓」だとさ』
「藤崎楓……? 誰だそいつ」
聞き覚えのない名前だった。
『俺もそう聞いたんだよ。そしたら綾音のやつ、めちゃくちゃ驚いた声出しやがってさ』
真琴は少し不満げに言葉を継いだ。
『「は? あんた藤崎先輩のこと知らないの?」って。いや知らねぇよって答えたら、「あーもう面倒ね」とか言われてよ』
「なんだよそれ」
『「会長や九条なら嫌と言うほど知ってるだろうから、聞いてみれば?」だとさ。それで「ちゃんとメンバーについて教えたからね!」って、一方的に通話切りやがった』
俺はその名前を反芻した。
藤崎楓。
聞いたことがない名前だ。だが真琴の口ぶりからすると、綾音にとっては知らないこと自体が驚きに値する名前らしい。
その日の練習で俺は早速、神原にその名前を尋ねてみた。
「なあ、藤崎楓って知ってるか? 軽音部の助っ人らしいんだが」
『……え?』
通話越しに、神原の声があからさまに驚いたものに変わった。
『あなたたち、藤崎先輩のこと知らないの!?』
「いや、知らないから聞いてるんだが……」
『……そう、なのね。まあ、そうか。学年も違うし、接点がなければ、知らなくても不思議はないか』
神原は少し考え込むようにそう言ってから、説明を始めた。
『藤崎先輩は、三年生。文武両道っていう言葉があるけど、彼女の場合、それが誇張じゃないの。勉強の成績は、学年トップはもちろん、模試の結果とか見ても、全国でもかなり上位に入るくらいなのよ』
「……そんなにか」
『それだけじゃないわ。運動神経も抜群で……有名な話があるの』
神原はそこで少し声のトーンを上げた。
『去年、バレー部のレギュラーが試合直前に怪我をして、出場が危ぶまれたことがあってね。その時、急遽代打として出場したのが藤崎先輩だったの』
「代打って……専門外じゃないのか、それ」
『ええ。バレー部員でもないのに。でも、そこから藤崎先輩はチームをまとめ上げて、うちの高校が初めて県大会で優勝するところまで導いたのよ』
俺は思わず言葉を失った。専門外の競技に急遽助っ人として入って、そのままチームを優勝に導く。ただ個人の能力が高いというだけでは、到底できることじゃない。
『すごい人なのよ、本当に。勉強や運動ができるだけじゃない。誰かを引っ張っていく力が、他の人とは全然違うの』
神原の声には素直な敬意が滲んでいた。
『九条さんは知ってるわよね?』
その名前を出された瞬間、通話の中でそれまで静かにしていた九条の気配がわずかに変わった。
『……知ってる』
短い返事だった。だが、その声にはこれまでの練習中には聞いたことのない、何か硬さのようなものが混じっていた。
「九条?」
俺は思わずそう呼びかけた。
『……なんでもない』
九条はそれだけ答えて、それ以上は何も言わなかった。
通話に微妙な沈黙が流れる。
『……九条さん?』
神原もその様子に気づいたのか、心配そうな声を出した。
『大丈夫』
九条はそう返しただけだった。感情の起伏がほとんど見えないいつもの声だったが、俺にはその「大丈夫」があまり大丈夫そうには聞こえなかった。
真琴が通話の向こうで何かを言いかけて、やめた気配がした。
俺はその様子を見ながら、ふと思う。
藤崎楓という名前は俺たちにとってはただの初耳の情報でしかない。だが、九条にとってはそうではないらしい。
その名前の奥に何があるのか。俺にはまだ何も分からなかった。
ただ——本番まで、あと二週間もない。
その助っ人がどんな形で俺たちの前に現れるのか。
その時が来るまで、俺たちはただ待つしかなかった。




