予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -17-『連携の壁』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
神原がヒーラーとして安定し、俊太から九条へ指揮が移り、それぞれの成長は確かに感じられていた。だが——チーム全体としての連携は思ったほど噛み合わなかった。
その日も、練習マッチは苦戦を強いられていた。
『秋村、下がって』
『いや、まだいける!』
九条の指示に真琴が食い下がる。
『ダメ、下がって』
『あと一発、あと一発だけ——』
その瞬間、真琴のHPが大きく削れた。
『あー、もう!』
真琴が悔しそうな声を上げる。前に出すぎて包囲されかけたところを、慌てて下がった格好だった。
「真琴、お前ヘイト稼ぐの下手になってないか?」
俺は思わず口を挟んだ。
『いや、稼いでるだろ普通に』
『稼いでるけど、位置が悪い』
九条が短く指摘する。
『前に出すぎて、味方から離れすぎてる。そうすると、私たちが守れない』
『……そう言われても目の前の敵、殴りたくなるだろ』
真琴が不服そうに言う。感覚で動くタイプの真琴にとって、位置取りの細かい指示はどうにも肌に合わないらしい。
その一方で——。
『あ、ごめん、また巻き込んだ』
俊太の後方から放った範囲魔法が、真琴を巻き添えにしていた。
『いや、巻き込むなよ!』
『範囲、そんなに広くないはずなんだけど……』
俊太が首を傾げる。
『真琴が思ったより前にいたんだよ』
『それ、俺のせいにする気か?』
真琴が少し声を尖らせる。
『いや、事実として——』
『事実として、俺が動いてる場所にお前が魔法撃ってくるのが悪いんじゃねぇの?』
珍しく、真琴の声にはっきりとした苛立ちが滲んでいた。
『……それ言い出したら、僕はいつ魔法撃てばいいのさ』
俊太も、いつもの飄々とした調子が少しだけ硬くなっている。
『君が僕の射線読んでくれれば、こんなことにならないでしょ』
『は? そっちがこっちの動き読めよ』
『いや、それは——』
通話の空気が、微妙に張り詰め始めた。
感覚で動く真琴と計算で動く俊太。二人の噛み合わなさが今日は特に目立っていた。
『……あの』
その隙間を縫うように、神原の遠慮がちな声が聞こえた。
『私も、回復のタイミング、ちょっとずれてて……』
『今のは会長は悪くないよ』
俊太が少し早口でそう答える。だがその口調には、余裕のなさが見え隠れしていた。
九条は黙って戦況を見つめているようだった。的確な指示は出し続けているが、その指示にチームがついてこられていない。
俺はその空気を感じながら、内心で考えていた。
——このままじゃ、まずい。
個々の力は確かに上がっている。神原のヒーラーとしての判断力、九条の指揮、俊太の火力、真琴の突破力。誰も欠けていない。なのに、噛み合わない。それぞれがそれぞれの理屈で動こうとして、互いの隙間を埋めきれていない。
次の一戦。
俺はいつもより少しだけ、意識的に動いてみることにした。
真琴が前に出ようとする瞬間、俺は先回りするように敵の位置に印をつけた。
「真琴、そこじゃない。もう少し右、こっちなら味方から離れすぎない」
『……お、おう』
真琴が素直にその指示に従う。俺の指示なら素直に聞くらしい。感覚派同士、変な壁がないのかもしれない。
次に、俊太が魔法の詠唱に入るタイミングを見計らって、俺は真琴の位置から少し離れるよう軽く声をかけた。
「真琴、俊太が撃つぞ。前出すぎるとまた巻き込まれる」
『わ、わかった』
真琴が慌てて位置を調整する。俊太の魔法が今度はちゃんと敵の群れだけを飲み込んだ。
『……あ、今度はちゃんと当たった』
俊太が少し安堵したような声を出す。
俺はさらに、神原が回復を撒きやすいように、真琴と神原の間の敵を意識的に自分の方へ引きつけた。
「神原、こっちは俺が見とくから、真琴の回復に集中していい」
『……分かったわ、ありがとう』
派手なことは何もしていない。ただ、真琴に位置を伝え、俊太の射線を空け、神原の負担を減らす。それだけだ。だが、その小さな調整の積み重ねで、チームの動きが少しずつ噛み合い始めていた。
『……あれ』
通話越しに真琴が呟いた。
『なんか、さっきよりやりやすくね?』
『そう?』
俊太も少し驚いたような声を出す。
『言われてみれば……巻き込みも減ったし』
二人とも、何が変わったのかはっきりとは気づいていないようだった。ただなんとなく、動きやすくなった。それだけの感覚なのだろう。
だが——。
『……有島』
九条だけが静かにそう呼びかけてきた。
『さっきから、位置調整してる』
その一言に俺は少し驚いた。
「……気づいてたか」
『見てれば、分かる』
九条はそれだけ言った。多くを語らないいつもの調子だったが、その声には確かな評価の色が混じっている気がした。
俺はなんとなく面映ゆい気持ちになって、頭を掻いた。
「別に、大したことしてねぇよ。ただ、隙間埋めてるだけだ」
『簡単に言うけどそれ、難しい』
九条はそれだけ言うと、また指示に戻っていった。
その日の練習マッチは、それまでとは見違えるほどスムーズに進んだ。誰か一人が突出して活躍したわけじゃない。真琴も、俊太も、神原も、それぞれの調子で動いていた。ただ、その隙間がいつの間にか埋まっていた。
『……なんか今日、いい感じじゃね?』
試合後、真琴が満足げに言った。
『うん、悪くなかったね』
俊太も同意する。
『特に何も変えてないのに、不思議だな』
真琴が首を傾げる。俊太も、はっきりとした理由には思い至っていない様子だった。
俺はその様子を見ながら、少しだけ苦笑した。
別に誰かに気づいてほしくてやったわけじゃない。器用貧乏な自分にできることといえば、結局こういう地味な調整くらいのものだ。真琴の突破力も、俊太の火力も、神原の回復も、九条の指揮も、俺には真似できない。だが——その全部の隙間になら、入り込める。
誰の記憶にも残らないような、小さな仕事の積み重ね。
それでいい。それが俺の役目な気がした。
『……お疲れ様』
神原が静かにそう言った。
『今日は本当にいい練習になったわ』
「そうだな」
俺はそれだけ答えた。
誰も気づかない場所で、チームを噛み合わせる。それも悪くない——柄にもなく、そんなことを思った夜だった。




