予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -16-『不可避の一撃』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
綾音の目の色が変わった。それを見た瞬間、俺は言いようのない悪寒を覚えた。
残り時間、あと十秒。
このまま逃げ切れば、神原の勝ちだ。誰もがそう思っていた。
だが——。
『……悪いけど』
綾音の声がひどく静かになった。それまでの勝負を楽しむような明るさが消えていた。
『ここからは、本気でいくから』
次の瞬間、綾音の姿が画面から消えた。
いや、消えたというのは正確じゃない。動いたのだ。ただその動きが速すぎて、俺たちの目にはまるで一瞬姿が掻き消えたようにしか映らなかった。
『……えっ』
神原の困惑した声。
彼女の視界に映る範囲——モニターのこちら側から見ていても分かる、その画角の外へ綾音は完全に回り込んでいた。
死角。
神原の意識が正面の——たった今まで綾音がいた場所にわずかに残っている。その隙を、綾音は見逃さなかった。
『っ——』
背後から一撃。
神原のキャラが大きく吹き飛ばされる。
ダメージ判定の表示が画面に大きく浮かび上がった。
カウントダウンのタイマーはまだ数秒残っていた。
だが、もう遅い。
神原の勝利条件は、その一発で崩れ去った。
通話にしばらく沈黙が流れた。
誰も、何も言えなかった。
『……はぁー、勝ったぁ』
綾音の脱力したような声がその沈黙を破った。安堵と、達成感の入り混じった声色だった。
『ギリギリだったけどね』
『……い、今の……』
神原の声が、震えていた。
『見えた……?』
その問いに、俺はすぐには答えられなかった。
「……いや」
俺は、正直に答えるしかなかった。
「見えなかった」
『俺も無理』
真琴が掠れた声でそう言った。
『あんなの、反則だろ……』
『……僕も、途中から追えなくなった』
俊太の声にも明らかな動揺があった。この男が素直に「追えなかった」と認めるのは珍しいことだった。
そして——。
『……見えなかった』
九条も静かにそう言った。
『あれは……本物』
その一言が何よりも雄弁だった。あの九条葵ですら、あの一瞬の動きを目で捉えることができなかったのだ。
『アハハ!』
通話越しに、綾音の笑い声が聞こえる。
『いやー、まさかここまで粘られるとは思わなかったなぁ。会長、マジで初心者かよってレベルだったじゃん』
その声には、からかいの色よりも、素直な称賛の方が強く滲んでいた。
『……悔しい』
神原がぽつりと呟いた。
『あと少しだったのに』
『あと少し、じゃないよ会長』
綾音が笑いながら言う。
『五分近く、あたしの攻撃を全部躱し続けたんだよ? それだけでも十分すごいことだから』
その言葉に俺も内心で頷いていた。実際、あの善戦はただの初心者にできることではなかった。九条ですら「本物」と評した一撃を、それでも数分間確かに凌ぎ続けていたのだ。
『……ねえ』
だが、神原の声にはまだ何か引っかかっているような響きが残っていた。
『最後のあれ……。見えなかった。でも……』
「ん?」
『いえ、なんでもない』
神原はそれだけ言って、口を噤んだ。
『……へぇ、面白いこと言うね、会長』
通話越しに綾音の声がした。どこか興味深そうな響きだった。
『まあ、次に会う時までにもうちょっと成長しといてよ。じゃないとあたしも張り合いないから』
そう言い残して綾音は通話から抜けようとする。
だが、その直前。
『……健』
俺だけ、名前を呼ばれた。
「な、なんだよ」
俺は少し身構えながら聞き返した。
『……ううん、何でもない』
綾音はそれだけ言って、ふっと笑った気配がした。画面越しでも、その笑みの意味は俺にはよく分からなかった。ただなんとなく、居心地の悪さだけが残った。
そのまま綾音は通話から退室していった。
残された俺たちの間にしばらく、不思議な沈黙が流れた。
『……とんでもない奴と戦ったな、会長』
真琴がようやくそう口にした。
『ええ、本当に』
神原はそう答えながらも、どこか納得のいかない顔をしているのが声だけでも伝わってきた。
『……次は、負けない』
その一言には悔しさだけでなく、確かな決意が滲んでいた。
俺はその声を聞きながら、ふと思う。
見えなかったと言いながらも神原は確かに、何かを感じ取ったように見えた。それが気のせいなのか、それとも意味のあるものなのか——今の俺には判断がつかない。
だが、いつかそれが何かの答えになる。そんな予感だけが、妙に胸の奥に残っていた。




