予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -15-『綾音、襲来』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
その日の練習はいつも通りの顔ぶれで始まるはずだった。
『よし、今日も——』
俊太がそう言いかけた、その時だった。
『あ、フレンド申請きた』
真琴が唐突にそう言った。
『誰から?』
俺が尋ねると、真琴が少し嫌そうな声を出す。
『綾音』
その名前に通話が一瞬止まった。
『あいつ、俺とはフレンドだったんだよ。前に軽音部の交渉の時、連絡取り合うために交換してさ』
真琴が説明する。なるほど、そう言われれば納得できる話だった。綾音と真琴は、直接の勝負の交渉役同士だ。フレンドーコードの一つや二つ、交換していてもおかしくない。
『で、承認したら早速メッセージ来てんだけど……』
真琴の声が微妙に歯切れが悪くなる。
『なんて?』
『「今そっちの練習中でしょ、VC入れて」だってさ』
通話越しに俺は思わず眉をひそめた。
「入れるのか、そんなの」
『いや、普通に断ろうとは思ったんだけど……』
真琴が言い淀む。
『もう一件メッセージ来た。「別に何もしないから」って』
何もしないと言われて、はいそうですかと信じられる相手ではない。だが——。
『……まあ、なんか、断るのも変な感じだよなぁ』
真琴の判断は微妙に流されていた。俺としても露骨に拒否する理由が見つからなかった。相手は対戦相手であり、勝負の交渉の窓口でもある。無下に断って後々こじれるのも避けたい。
『まあ、いいんじゃない? 話聞くだけなら』
俊太が軽い調子でそう言った。この男はこういう時にどっちつかずの判断をあっさり後押しする。
『……いいわよ、私は』
神原も静かにそう言った。この会長は意外と物怖じしない。
結局、なし崩し的に真琴が綾音をボイスチャットに招き入れることになった。
『——おっす! お邪魔しまーす!』
通話に、聞き慣れた明るい声が飛び込んでくる。朝寺綾音だ。
『いきなり悪いねぇ。ちょっと様子見に来ただけだから』
『何の様子だよ』
真琴がすかさず突っ込む。
『そりゃあ、決まってるじゃん』
綾音は悪びれもせず言い切った。
『会長のこと。ヒーラーやってるって噂、聞いたからさ』
その言葉に俺は少し警戒した。どこから漏れた話なのかは知らないが、こういう情報が既に相手側に伝わっているというのは決して喜ばしいことではない。
『感心してたってワケ。いい判断してるじゃない』
綾音が、値踏みするような声で言う。
『でも、聞くのと見るのじゃ話が違うでしょ? だから、ちょっと味見させて』
『味見?』
俺は聞き返した。嫌な予感がした。
『会長とあたしでタイマンしよ』
その一言に通話が静まり返る。
『は? タイマンって……』
真琴が困惑した声を出す。
「おいおい、お前さっき何もしないって……」
『そのつもりだったけど、ここ入ってきたら気が変わったわ』
「嘘こけ」
こいつ、最初からやる気満々だったな。
『いやいや、綾音。会長、ヒーラーだぞ? アタッカーのお前と正面からやって、勝負になるわけ——』
『うるさいわね真琴。分かってるって、そんなの』
綾音が笑いながら遮る。
『だから、ちゃんとルール決めるってこと。真正面から殴り合ったって、そりゃヒーラーが不利なのは当たり前じゃん』
『……どういうルールにするつもりだ』
俺が尋ねると、綾音はさらりと答えた。
『会長の勝利条件は、五分間、あたしの攻撃を一発も喰らわないこと。あたしの勝利条件は、その前に一発でも当てること』
単純だが、なるほどと思わされるルールだった。ヒーラーに攻撃力での勝負は求めない。求められるのは、ただ生き延びること。回避と位置取り、判断力の勝負になる。
『……面白そうじゃん』
俊太が興味深そうに呟いた。
『俊太まで乗り気かよ』
真琴が呆れたように言う。
『いや、わざわざ対戦相手が実践経験積ませてくれるって言うんだから、丁度いいでしょ。僕らでやる模擬戦だけじゃ限界あるし』
「……九条はどう思う?」
俺はそれまで黙っていた九条に尋ねた。
『……悪くない』
短く、九条はそう答えた。
『神原の判断力、試すいい機会』
その言葉に俺は少し驚いた。九条が他人の実力を試すことにこれほど興味を示すのは珍しい。よほどこの提案に何か感じるものがあったのだろう。
みんなの視線——正確には声だけだが——が、神原に集まる。
『……分かったわ』
神原はしばしの沈黙のあとに、静かにそう言った。
『やりましょう』
『よし、決まりね!』
綾音が嬉しそうな声を上げた。
こうして急遽、神原と綾音のタイマンが始まることになった。
舞台は対戦モードの練習用フィールド。俺たち生徒会側の四人は観戦モードでその様子を見守ることになった。
『……いくよ』
綾音の声がこれまでとは違う鋭さを帯びる。
開始の合図とともに、綾音のキャラが動いた。
速い。
真琴が「人間相手してる感じがしない」と評した九条ほどではないにせよ、綾音の初速は俺たちが今まで見てきたどの相手よりも鋭かった。まっすぐ神原に向かって距離を詰め、間合いに入った瞬間、迷いなく斬りかかる。
だが——。
『っ……』
神原のキャラが、紙一重でその一撃を躱した。
『おっと』
綾音が少し意外そうな声を漏らす。
俺は思わず身を乗り出していた。神原の回避は決して華麗なものではなかった。ぎこちなく、綱渡りのような動きだ。だが、それでも当たらない。ただがむしゃらに逃げているわけでもない。神原は綾音の攻撃の予備動作を、じっと観察しているようだった。
『……なるほどね』
俊太が通話越しに呟く。
『会長、動きの起点、見てる』
九条も同意するように言った。
『振りかぶりの角度で次の一撃の方向を読んでるんだ』
俊太の言葉に俺はなるほど、と納得した。神原はあの短期間で叩き込んだ観察力と分析力を、そのまま回避行動に応用しているのだ。反応速度で劣る分を、予測で補っている。
時間が過ぎていく。
一分、二分、三分。
綾音の攻撃は次第に鋭さを増していった。単調な直線的な攻撃から、フェイントを織り交ぜた複雑な連撃へ。だが、神原はそれでも際どいところで躱し続けた。
『……嘘でしょ』
通話越しに綾音の声から余裕が消えていくのが分かった。
『会長、めちゃくちゃ善戦してるじゃねぇか……!』
真琴が興奮したような声を上げる。俺も画面に釘付けになっていた。
四分が経過する頃には、綾音の攻撃はもはや遊びの延長ではなくなっていた。本気の速度、本気の読み合い。あの朝寺綾音が初心者相手に、これほどまでに本気を出す羽目になっている。
『くっ……』
際どい一撃を神原がまた躱す。今度は本当に髪の毛一本分の差だった。
『いいじゃん、会長』
綾音が悔しさと感心の入り混じった声で笑った。
『意外とやるじゃん』
その声には明確な熱がこもっていた。ただの余興のつもりだったものがいつの間にか、本物の勝負に変わっている。誰の目にもそれは明らかだった。
残り時間、あと僅か。
このまま逃げ切れば、神原の勝利だ。
「……いけるか?」
俺は思わず声に出していた。
だが、その瞬間——。
綾音の目の色が、変わった。




