予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -14-『会長、ヒーラーになる』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
その日の特訓はいつもと少し違う切り出しから始まった。
『ねえ、そろそろ会長の職、ちゃんと決めない?』
開口一番、俊太がそう言った。
『まだ保留だったもんな』
真琴が頷く。
思えば、最初の日から神原の職はずっと据え置きにされていた。とりあえず色々触ってみて、様子を見てから決める——そういう話だったはずだ。だがこの一週間弱、あえて誰も急かさなかったのには理由がある。
『実は、ずっと考えてたんだ』
俊太が続けた。
『団体戦ってさ、絶対にヒーラーがいる。回復役がいないパーティは、そもそも団体戦の土俵に立てない』
『それは俺も分かる』
俺は頷いた。マギスラに限らず、この手のゲームの団体戦で回復役を欠いた編成なんて聞いたことがない。
『でも、ヒーラーって一番難しいポジションなんだよね』
『難しい?』
『うん。狙われやすいし、判断を間違えるとチーム全体が崩壊する。誰にでも任せられる役割じゃない』
俊太の言葉に俺は少し意外な気持ちになった。真っ先に敵の的にされる、いわば貧乏くじのような役回り。それを「難しい」と称するのは、この役目の本質をよく分かっている証拠でもある。
『だから誰にやらせるか、ずっと考えてた』
『……それで?』
神原が通話越しに尋ねる。
『会長にやってほしい』
俊太はあっさりとそう言った。
『えっ、私?』
『うん』
『でも私、一番の初心者よ? 一番難しい役目を一番の初心者にやらせるっていうのは……』
神原の声には戸惑いが滲んでいた。もっともな疑問だと思う。俺だって、最初にそれを聞いた時は同じことを思った。
『……いい判断だと思う』
そこで口を開いたのは九条だった。
『どうしてだ?』
俺が尋ねると九条は淡々と続けた。
『ヒーラーに必要なのは勘じゃない。管理』
『管理?』
『MPの残量。回復のタイミング。誰が、いつ、どれだけ削れているか。全部、頭で把握して、正確に動く必要がある』
言われてみれば、それは確かに神原の性分に合っている。あのキャラメイクに三十分かけた几帳面さは伊達じゃない。
『それに』
九条が少し間を置いてから続けた。
『狙われる役目。……それを、嫌がらずにやれる人がいい』
その一言に、俺は思わず口を挟みそうになった。
狙われる役目を嫌がらずにやれる人。
それは——あの予算取り合い合戦の一件で、自分から憎まれ役を買って出た神原そのものじゃないか。
「……悪くない人選だと思う」
俺はそう言うに留めた。今それを口にするのはなんとなく違う気がしたからだ。
『……そう、なのかしら』
神原は少し考え込むような沈黙のあとに、静かに答えた。
『分かったわ。やってみる』
その声には迷いはあったが、拒む響きはなかった。むしろ、どこか納得しているようにも聞こえた。
こうして、神原の職はヒーラーに決まった。
だが——決めたはいいものの、そこから先は想像以上に険しい道のりだった。
『……あっ』
初日の練習狩りで、早速異変が起きた。
『どうした?』
『MPが……もう、ないの』
神原の声があからさまに焦っている。
『は? もう狩り始めて五分だぞ』
真琴が驚いた声を上げる。俺も画面を確認して思わず唸った。神原のMPゲージは見事に空っぽになっていた。
『いや、待って。私、そんなに使ってないはずなんだけど……』
『いや、使ってるよ。ログ見ると、まだ誰も削れてない段階から回復撒いてる』
俊太が冷静に指摘する。
『撒く必要がなくても、誰かのHPが満タンじゃないと、なんとなく落ち着かなくて……』
その言葉に俺はなるほどと思った。神原の几帳面さはここでは裏目に出るらしい。完璧を求めるあまり常に全員のHPを満タンに保とうとして、結果的にMPを無駄撃ちしてしまう。
そしてMPが尽きた瞬間、当然だが、本当に回復が必要な場面で何もできなくなる。
『あ、真琴のHPやばい』
『いや、それ今更気づいてももう回復できないだろ』
案の定真琴が沈む。連鎖するように、パーティ全体が崩れていく。
その日は結局まともに一戦もこなせないまま、練習は終わった。
『……ごめんなさい』
通話越しに神原がしょげたような声を出す。
『いや、初日だししゃーないだろ』
真琴がフォローする。だが、神原の様子は思っていたよりも深刻そうだった。この完璧主義者にとって、うまくできないという事実そのものが堪えるものらしい。
だが——。
翌日。
俺たちは神原の変化に度肝を抜かれることになる。
『えっと、じゃあ次はHPが七割切ったタイミングで単発の回復を入れるようにするわ』
『……え?』
俺は一瞬、聞き返した。
『昨日、MPを使いすぎたのが問題だったから、色々調べたの。回復量とMP消費のバランスとか、詠唱時間とか』
神原の口調はもう昨日の戸惑いとは別人のようだった。
『秋村くんは前衛だから削れるのが速い。だから秋村くんは五割切ったら即回復。有島くんは中衛だから、三割切るまでは様子見でいいと思う。峰本くんは後衛だから、そもそも被弾自体が少ないはずだから、範囲回復の時だけケアすれば十分ね』
俺は言葉を失った。
たった一晩で神原は全員の被弾傾向を分析し、回復のタイミングを役職ごとに体系立てていた。それも、誰かに言われたわけでもなく自分で調べて、自分で組み立てて。
「……お前、ゲームでもガチだな」
思わずそんな言葉が漏れた。
『ガチって言われても……。ただ、失敗した理由をちゃんと確認しただけよ』
神原はこともなげにそう言った。だが、その「ちゃんと確認する」という一手間をこれほどの速さで、これほどの精度でやってのける人間を俺は他に知らない。
その日の練習は見違えるようだった。
神原の回復は無駄がなくなり、必要な瞬間に必要な分だけ届くようになっていた。MP切れも起きない。むしろ、狩りの終盤になってもまだ余力を残しているくらいだった。
『……いいね、会長』
俊太が素直に褒める。
『MP管理、完璧じゃん』
真琴も感心したように言う。
その様子を見ながら俺はふと、妙なことを考えていた。
狙われる役目を嫌がらずにやれる人がいい——九条はそう言った。
だが、それだけじゃない気がする。神原は狙われる立場というものにどこか慣れているというか、馴染んでいるように見える。
思い出すのはあの生徒会室での話だ。予算取り合い合戦を巡って、部活動同士の憎悪が生徒会に向かうよう自ら憎まれ役を買って出た神原。誰かに恨まれる位置に立つことを厭わない性分。
ヒーラーという役割はゲームの中でも、似たようなことを求められる。
真っ先に狙われ、真っ先に潰されかけて、それでも耐えてチームを支え続ける。
こいつ、こういう役回りが妙に似合っている。
そんなことを俺はぼんやりと思った。
「……神原、お前、意外とこの役目向いてるのかもな」
俺がそう呟くと、通話の向こうで神原が一瞬黙った。
『……そう、かしら』
その声はどこか照れているようにも、少し嬉しそうにも聞こえた。
『じゃ、明日はもう少し実戦形式でやってみようか』
俊太がそう言ってその日の練習は締めくくられた。
こうして神原のヒーラーとしての一歩目は、思いのほか力強く踏み出されたのだった。




