予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -13-『指揮は誰が執るか』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
狩りである程度レベルが上がったところで、俺たちはついに対戦モードに足を踏み入れることにした。
『えっと……これで、練習用のマッチに入れるのよね?』
神原が尋ねてくる。
「そうそう。低ランク帯専用のキューがあるから、そこに潜れば野良のプレイヤーとマッチングする」
俺はそう答えた。マギスラの対戦モードには、腕前に応じたランク帯が用意されている。俺たちは全員、団体戦としては駆け出しもいいところだ。まずは低ランク帯で場数を踏むところから始めるしかない。
『相手は誰だか分からないプレイヤーってこと?』
神原が重ねて聞く。
『そう。ランダム』
九条が短く答える。
『向こうも似たようなレベルのはずだから、ちょうどいい練習台だよ』
俊太がそう続けた。
マッチングボタンを押すと、数十秒ほどで対戦相手が見つかった。画面に表示されたパーティ名は聞いたこともない適当な名前だ。おそらく、俺たちと同じように団体戦初心者の寄せ集めなんだろう。
「よし、いくぞ」
俺が声をかける。
『了解』
真琴。
『おっけー』
俊太。
『わかったわ』
神原。
『行こう』
九条。
五人の返事が重なって対戦フィールドに転送される。
開幕直後、真っ先に声を上げたのは俊太だった。
『じゃ、僕が指揮執るね』
以前、自分から言い出した約束だ。これ自体に誰も異論はない。
『まず真琴が前に出て。健は右から回り込んで。会長は後ろで待機、僕が魔法撃つから。九条さんは……好きに動いていいよ』
最初の指示は悪くなかった。少なくとも俺にはそう聞こえた。
『了解!』
真琴が真っ先に前に飛び出す。俺も指示通り右から回り込む。神原は後方で身構え、俊太が詠唱を始める。
だが——。
相手パーティの動きは俺たちの想定より速かった。真琴が前に出た瞬間、相手の陣形が横に大きく散開する。まるで、真琴一人に狙いを定めたかのように。
『うおっ、囲まれてる!』
真琴の声が上ずる。
『真琴、下がって!』
俊太の声が飛ぶ。だが、その指示は一手遅かった。真琴は既に三方向から攻撃を受け始めていて、下がるにも下がれない状況になっていた。
『無理! 囲まれてて動けねぇ!』
真琴が叫ぶ。
『じゃあ健、援護——』
俊太の声に応じて俺はすぐさま矢を放とうとした。だが、指示が来た時にはもう俺自身も別の敵に足止めされていた。
「くそ、俺も動けねぇ!」
混乱が広がる。
俊太の指示は決して的外れではなかった。むしろ、理屈だけで言えば正しい判断の連続だったと思う。だが、相手の動きが変わるたびにその指示は常に一歩遅れて出てくる。
結果——。
あっさりと真琴が沈められた。
『あー……やられた』
真琴のキャラが地面に崩れ落ちる。
その後もじりじりと押され続け、初戦は普通に負けた。
『……ごめん』
通話越しに俊太が短く謝った。
『いや、俊太のせいってわけじゃ……』
真琴がフォローしようとする。
「かもしれないけど、動きが後手だったのは事実だな」
俺は正直に言った。俊太らしくないと思った。この一ヶ月弱で見てきた俊太は常に相手より先を読む男だったはずだ。
『……いや、健の言う通りだよ』
俊太が珍しく素直に認める。
『PvEの敵はパターンが決まってる。何百回もやれば次に何をするか完全に読める。でも……対人戦はそうじゃないんだよね』
『相手もこっちを見て動いてくるから』
ぽつりと九条が補足した。
『敵も考えて変化する。だから、パターンを覚えるだけじゃ間に合わない』
『そういうこと』
俊太が頷く。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
俺が尋ねる。
『……もう一回、やってみよう』
俊太が言った。
二戦目。
同じような布陣で挑んだが、結果は似たようなものだった。俊太の指示は的確ではあるものの、常に「一手前の状況」に対する最適解であって、「今、この瞬間」の状況には追いついていない。
三戦目も、四戦目も。
少しずつ立ち回りは良くなっていったが、それでも綺麗に勝てる試合はなかった。
『……これ、なんかおかしくない?』
真琴が首を傾げる。
『個々の動きは、前より良くなってるはずなんだよな。なのに勝ちきれねぇ』
「俊太の指示、どこかズレてる気がする」
俺は正直に言った。俊太を責めるつもりはなかったが、事実として俊太の指示にワンテンポの遅れがあるのは誰の目にも明らかになっていた。
そんな中、ずっと黙って戦っていた九条が五戦目の最中に初めて自分から声を上げた。
『秋村、下がって。有島、右』
短い。だが、その二言は驚くほど正確なタイミングだった。
真琴が下がった瞬間、さっきまで真琴がいた場所に敵の一撃が空を切る。俺が右に動いた瞬間、そこにいた敵の意識をちょうど半瞬だけ逸らすことができた。
『九条さん、今の……』
神原が驚いたように言う。
『相手の目線、見てた。次に誰を狙うか、視線で分かる』
淡々と九条は言った。
視線で分かる。そんなこと言うのは簡単だが、実際にそれを見て瞬時に判断して、正確な言葉にして伝えるなんて普通にできることじゃない。
その一戦、俺たちは初めて危なげなく勝った。
試合後、しばらく通話に沈黙が流れた。
誰もその意味を口にしないだけで、全員が同じことに気づいていた。
やがて俊太が小さく笑った。
『……なるほどね』
『?』
真琴が首を傾げる声。
『健、真琴。ちょっと聞きたいんだけどさ』
俊太の声はいつもの飄々とした調子のままだった。だが、その奥に何かを納得したような響きがあった。
『僕の指示と九条さんの指示。どっちが的確だった?』
答えは聞くまでもなかった。だが、誰もすぐには答えなかった。俊太自身が一番よく分かっているはずだったから。
「……悪いけど、九条の方だな」
俺は正直に答えた。
『だよねぇ』
俊太はあっさりとそう言った。まるで、最初からそう思っていたかのような口ぶりだった。
『会長』
俊太が神原に呼びかける。
『え?』
急に話を振られた神原が戸惑ったような声を出す。
『提案なんだけどさ。この先の指揮、九条さんに任せない?』
その言葉に真っ先に反応したのは真琴だった。
『は? お前、自分で指揮やるって言い出したのお前だろ!』
『言ったね。でも、向いてないってわかったから』
あっけらかんと俊太は認めた。
『僕がやってるのは結局PvEの延長なんだ。決まったパターンに決まった最適解を出す。でも団体戦は相手が生きてて、その場で変わる。それを一番速く読めるのは僕じゃない』
「……九条か」
『あいつの反応速度は、化け物じみてるからな』
真琴が納得したように言う。真琴自身、九条の腕前には以前から一目置いていた。「人間相手してる感じがしない」とまで評していたほどだ。あの速さがあれば、戦場の変化を誰よりも早く察知できるのも頷ける。
『……いいの? あなたが決めた役割でしょう』
神原が慎重に尋ねる。
『いいんだよ。僕は実行担当。撃つのは僕がやる。読んで指示を出すのは、九条さんの方が上手い』
『……役割分担ってことね』
『そういうこと』
俊太が軽く言い切った。
その隣で真琴がにやにやと笑い始めた。
『いやー、俊太。あんだけ偉そうに「指揮は僕がやる」とか言っといて、あっさり手放すとはねぇ』
『向いてないもんは向いてないんだよ。僕は無駄なプライドで負けるの、一番嫌いだから』
俊太は悪びれもせずそう言った。
その割り切りの早さに俺は少し感心してしまう。飄々としているようでこういうところは案外潔い。実力を認めた相手には素直に譲る。それが俊太という男の、ある意味での美徳なのかもしれない。
通話の向こうで九条が小さく息を吐いた。
『……わかった』
短い返事。だがその声には、これまでとは少し違う——何か、決意めいたものが混じっている気がした。
『じゃあ、次から指揮は私が執る。……皆、ついてきて』
いつもの寡黙な声のはずなのに、その一言だけは妙にはっきりと耳に残った。
「おう、任せた」
俺が言うと、続けて神原と真琴の声が重なった。
『よろしくお願いします』
神原。
『了解!』
真琴。
こうして、俺たちのチームの司令塔は正式に九条葵へと変わった。
実行の俊太、そして指揮の九条。
この二人が噛み合った時、俺たちのチームはきっと大きく強くなる。
そんな予感を俺は確かに感じていた。




