予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -12-『世界ランカーの正体』
2026/7/8
内容推敲して修正しています。
この12話以降の内容、展開が変わっています。
よろしくお願いします。
特訓が始まって、数日が経った。
神原の上達は、正直に言って目覚ましかった。
初日には街の住人に斬りかかっていた完全初心者が今ではもう、雑魚モンスター程度なら一人で危なげなく倒せるようになっている。相変わらず操作は丁寧すぎるほど丁寧で、派手さはまるでないが、一度教えたことを二度は間違えない。この吸収の速さはやはり只者ではなかった。
『ふぅ……。ねえ有島くん、この個体はもう倒していいのよね?』
「ああ、そいつは経験値おいしいから積極的に狩っていい」
『わかったわ』
今夜は五人でフィールドに出て、モンスター狩りをしていた。
いわゆるPvE——プレイヤー対モンスターの、協力プレイというやつだ。神原のレベル上げも兼ねて、少し強めの狩場に足を伸ばしている。
『けっ、この辺のモンスター、硬くなってきたな』
真琴の大剣が、ずしんと重い一撃を叩き込む。感覚派と評されるだけあって、こいつの立ち回りは理屈っぽくないが妙に的確だ。危ないと見るや前に出て、敵の注意を自分に引きつける。タンクという役割を、頭ではなく体で理解している感じがする。
「真琴、右から来てるぞ」
『おう、見えてる見えてる』
俺はといえば、弓で後方から援護しつつ、崩れそうな場所に短剣で割り込む。器用貧乏の面目躍如、といったところか。派手な活躍はないが、誰かが困った時にすっと入れるのは悪くない。
『……有島、そこ抜けてる』
ぽつり、と九条の声。
言われて視線を向けると、確かに一体、こちらの隊列をすり抜けて神原に向かおうとしているモンスターがいた。俺は慌てて弓を引き、足止めの矢を射る。
「助かる。よく見てんな」
『……見てるだけだから』
そう、九条は今日、あまり前に出ていない。
本来ならアサシンとして真っ先に斬り込むはずなのだが、今夜は後ろの方で、全体をじっと観察するような立ち回りに徹していた。まるで、俺たちの動きを一つ一つ確かめているみたいに。
——と、その時だった。
『あー、めんどくさ。まとめて片付けちゃおうか』
のんびりした声とともに、後方の俊太が動いた。
次の瞬間、視界が光に染まった。
いや、比喩じゃなく本当に。
俊太のメイジが放った魔法が、群がっていたモンスターの一団を、一瞬で薙ぎ払ったのだ。しかも、ただ範囲魔法をぶっ放しただけじゃない。敵が固まる位置を事前に読んで、一番効率のいい瞬間に、一番効率のいい角度で撃っている。無駄がまるでない。
『うわ、俊太また一人で全部持ってったよ!』
『だって君ら、倒すの遅いんだもん』
真琴が抗議の声を上げるが、俊太はどこ吹く風だ。
そして俺は、改めて思う。
こいつ——本当に、次元が違う。
俺たちがちまちま一体ずつ相手にしている間に、俊太は常に三手先を見ている。どのモンスターがいつ動くか、自分の魔法の詠唱がいつ終わるか、MPがどれだけ残っているか。全部を頭の中で計算し尽くして、そのうえで最短の手順で敵を消し飛ばしていく。
同じゲームをやっているとは思えなかった。
俺なんかがたまの暇つぶしにやるのとは、積み上げてきたものが違いすぎる。
『ボスが来る。……この狩場の主』
九条が短く告げる。
フィールドの奥から、ひときわ大きな影が姿を現した。この辺り一帯を縄張りにしている、強力なモンスターだ。本来なら、俺たちくらいのパーティが五人がかりで挑んで、それでもなお苦戦するような相手。
『あ、こいつ知ってる。じゃ、僕がやるね』
俊太が、あまりにも軽い調子でそう言った。
「いや、待て。こいつは流石に一人じゃ——」
止める間もなかった。
俊太のメイジが、するりと前に出る。
ボスが咆哮を上げ、巨大な腕を振り下ろす。だが、その一撃は空を切った。俊太が、まるで攻撃が来ることを最初から知っていたかのように、寸前で回避していたからだ。
そこから先は、もう、見ていて呆気にとられるしかなかった。
ボスの攻撃を紙一重で躱しながら、俊太は正確に魔法を刻み込んでいく。相手の行動パターンを完全に把握しているのだろう。どの攻撃が来て、その後にどれだけの隙が生まれるか——全て見切ったうえで、その隙にだけ、的確にダメージを重ねていく。
俺たちが手を出す余地なんて、どこにもなかった。
いや、下手に手を出せば、俊太の完璧な立ち回りを崩してしまう。そう思わせるほどの、精密さだった。
そして——数分後。
この狩場の主は、俊太ただ一人の手によって、地に沈んだ。
『……ふぅ。こんなもんかな』
通話越しに、あくびでも噛み殺すような声が聞こえた。
俺も、真琴も、神原も、しばらく声が出なかった。
『……すごいわね』
最初に口を開いたのは神原だった。
『私、ゲームのことはまだよくわからないけど……。今のが、普通じゃないってことくらいは、わかるわ』
『まー俊太、ゲームうめぇのは知ってたけどよ……』
真琴がへらへらと笑う。だが、その声にはどこか、感心を通り越した呆れが混じっていた。
——と。
それまでずっと黙って観察に徹していた九条が、静かに口を開いた。
『……ねえ』
『ん? なに、九条さん』
『峰本、ランキング……入ったことある?』
一瞬。
通話の向こうで、俊太が黙った。
ほんの、コンマ数秒。
いつも飄々として、何を聞かれても軽く受け流すあの俊太が、確かに一瞬、言葉に詰まった。
『……なんで、そう思うの?』
『動きが、そう。無駄がなさすぎる。ボスのパターン、完全に覚えてた。あれは……何百回もやり込んだ人の動き』
淡々と、九条は続ける。
感情のこもらない、けれど確信に満ちた声だった。
『それも、遊びでやってた人のじゃない。……上を目指してた人の動き』
沈黙が流れた。
俺は、思わず壁の向こうへ意識を向ける。すぐ隣の部屋にいるはずの俊太の顔が、この時ばかりは、まるで見えない気がした。
やがて。
『……はは。参ったな』
通話越しに、俊太が小さく笑った。
観念した、というよりは、隠すのが面倒になった、という感じの笑い方だった。
『昔ね、ちょっとだけ。対モンスター戦のランキング、上の方にいたことがあるんだ』
『対モンスター戦?』
思わず聞き返したのは神原だ。
『そ。マギスラって、モンスターをどれだけ速く、どれだけ効率よく倒せるかを競うランキングがあってさ。世界規模のやつ』
世界規模。
その単語に、真琴が『はぁ!?』と素っ頓狂な声を上げた。
『お前、世界で上位だったのかよ!?』
『昔の話だよ、昔の。今はもう引退してるし』
あっけらかんと言う俊太。
だが、俺の頭の中では、ある事実がぼんやりと繋がりかけていた。
——俊太が、時々ふらりと学校を抜け出して、どこかへ「旅」に出ること。
電話も通じなくなること。
どこにそんな金があるのか分からないこと。
もしかして、あれは。
いや——考えすぎか。
こいつのことだ、どうせ聞いても笑って誤魔化すに決まっている。だから俺は、その疑問を口には出さなかった。今はまだ、その時じゃない気がした。
『でもさ』
俊太の声のトーンが、少しだけ変わる。
『九条さん、よく見抜いたね。動き見ただけでランキングのことまで当てる人、そういないよ』
『……私も、昔ちょっと界隈にいたから』
さらりと、九条がそう返した。
界隈。その言葉に、俺は綾音が九条を評した時のことを思い出す。「あの人、昔ちょっと界隈で有名だったし」——確か、そう言っていた。
俊太は世界ランカー。九条も、かつて名の知れたプレイヤー。
……とんでもないやつらが、俺たちのチームには揃っているらしい。
「なんつーか……頼もしいのか、恐ろしいのか、わからなくなってきたな」
『両方に決まってんだろ』
真琴がけらけら笑う。
『買いかぶりすぎだよ。引退したって言ったでしょ』
俊太が苦笑する。
『あら、頼りにしちゃ駄目なの? 世界ランカー様なんでしょう?』
『その呼び方やめてよ会長』
軽口を叩き合う俊太と神原。
その隣で、真琴が『いやー頼もしいわ』とはしゃいでいる。
これで綾音相手にも十分戦える——そう、誰もが思い始めていた。
だが。
『……でも』
水を差すように、九条が呟いた。
『それとこれとは、別』
その一言に、場の空気がわずかに引き締まる。
『どういう意味だ?』
俺が尋ねると、九条は少し間を置いてから、静かに答えた。
『峰本が強いのは、対モンスター戦。……相手が人間の団体戦は、前提が違う』
その言葉の意味を、俺はまだこの時、正確には理解していなかった。
ただ、九条の声にあった確かな重みだけが、妙に耳に残った。
『まあ、それは追い追い話すよ』
俊太が、どこか含みのある声でそう言って、その日の狩りはお開きになった。
世界ランカーの存在に沸いた夜。
だが、その高揚に静かに釘を刺した九条の一言が、この先の俺たちを待ち受ける壁を、既に言い当てていたことを——俺たちが思い知るのは、もう少し後の話だ。




