予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -11-
家に帰り着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
「ただいまーっと」
誰もいないリビングに向かって適当に声を投げる。
当然返事はない。
俺は鞄をソファへ放り投げ、そのまま冷蔵庫を開けた。
「……あ」
昨日一問着あった後に補充されたプリンが無い。
そういえば朝、俊太が“今度こそ食うな”って言ってたが。俺に言われてもな。
ということは、帰ってきて既に回収済みか。
「どんだけ執着してんだよ……」
呆れてため息を吐いた瞬間。
ガチャ。
玄関の扉が開く音がした。
「お、噂をすれば」
廊下の方へ顔を向ける。
「ただいまー」
帰ってきた俊太は、片手にコンビニ袋をぶら下げていた。
「お前またふらふらしてたのか」
「失礼だなぁ。ちゃんと必要なもの買ってきたんだよ」
俊太はコンビニ袋を掲げてみせる。
「必要なもの?」
「お菓子とジュースとカップ麺」
「半分以上いらねぇ」
そんなことを言っていると、インターホンが鳴った。
「来た来た」
俊太が玄関へ向かう。
扉を開けた瞬間、聞き慣れた騒がしい声が響いた。
「うぃーっす!」
真琴だった。
その後ろから、神原が静かに頭を下げる。
「こんばんは。お邪魔するわ」
「ああ、入れ入れ」
真琴は当然のようにリビングへ直行し、ソファへダイブした。
「はー! やっぱ人ん家って落ち着くよな!」
「どういう精神構造だ」
すると神原が、肩から下げていたバッグを机の上へ置いた。
「それじゃ、早速始めましょうか」
バッグから取り出されたのは、薄型のノートパソコンだった。
「お、ちゃんと持ってきたのか」
「当然よ。自分のものくらい持ってるわ」
神原は少しムッとした顔をする。
「いや、なんというか……。会長ってもっと紙と万年筆で生きてるタイプかと」
「どういうイメージなのよそれ」
真顔で返された。
すると俊太が横から覗き込む。
「へぇ、結構新しいモデルじゃん」
「去年買ったものよ。レポート作成とか、生徒会の資料整理にも使ってるわ」
「なるほどねぇ」
俊太が感心したように頷く。
一方、真琴は神原のノートPCを見て妙な顔をしていた。
「……なんか違和感あるな」
「何が?」
「会長がゲームするっていう状況」
それには俺も同意だった。
神原理恵。規律に厳しく、真面目で、完璧主義の生徒会長。
そんな女がオンラインゲームを始める。
字面だけで既に面白い。
「失礼ね。私だって必要ならゲームくらいするわ」
「いや、その“必要だからやる”って考え方がもう会長なんだよ」
真琴が笑う。
神原は少し不満そうだったが、反論はしなかった。
「で、まず何すればいいの?」
神原がノートPCを開きながら聞いてくる。
「まずはマギスラのインストールだな。アカウント作成から」
「アカウント?」
「ネットゲームやるための会員登録みたいなもん」
神原は真剣な顔で頷く。
その様子を見て、真琴がぼそりと呟いた。
「なんか新入生指導してる気分だな」
「分かる」
すると神原がじろりとこちらを睨んできた。
「何か言ったかしら?」
「いえ別に」
怖いので即座に撤回する。
俺は神原の隣へ移動すると、ノートPCの画面を覗き込んだ。
「ほら、まず公式サイト開いて」
「これ?」
「そうそう」
マウス操作をする神原の動きは、妙に丁寧だった。
一つ一つ確認するようにカーソルを動かしている。
「お前ほんとゲームやったことないんだな」
「だからそう言ってるじゃない」
少しムッとしたように返される。
しかし真琴は妙に楽しそうだった。
「初心者会長かわいーじゃん」
「秋村くん?」
「はい黙ります」
即落ちで黙り込む真琴。
やっぱこいつ神原に弱いな。
「ユーザーID……パスワード……」
「その辺は忘れんなよ」
「忘れないわよ」
神原は真剣そのものだった。
テスト勉強でもしてるみたいな顔をしている。
「……会長って何やっても真面目なんだな」
「ん?」
「いや、なんでもない」
神原は不思議そうにこちらを見る。
その横顔を見て、何故か少しだけ落ち着かない気分になった。
すると。
「おっ」
俊太が声を上げた。
「キャラメイク画面きたじゃん」
「キャラメイク?」
「ゲーム内で使う自分の分身作るんだよ」
その瞬間。
神原の表情が、僅かに固まった。
「……分身?」
嫌な予感がした。
そして、その予感は大体当たる。
「会長のセンス楽しみだなぁ」
真琴がニヤニヤし始める。
「変なこと言わないで。普通に作るわよ」
「その“普通”が怪しいんだって」
「失礼ね!」
騒がしくなっていくリビング。
その中心で、神原理恵は真剣な顔でキャラクター作成画面を見つめていた。
――後に。
この時作られたキャラクターが、とんでもない騒動を巻き起こすことを。
この場にいた誰も、まだ知らない。




