第9話:帝都の支会と、蠢く亡命者たち
【環大陸エネルギー相互協定】の締結から一か月。
ガリア帝国の首都ガリアブルクの経済中心地に、白亜の美しい建物が産声を上げた。
【アスタリア大商会・ガリア帝国第一支会】。
アスタリアが誇る高効率な魔導熱交換炉のパーツや、温かな高品質の衣料、東方や南方から届く潤沢な糧食が次々と搬入され、帝都の庶民や商人たちが連日長蛇の列を成していた。
「素晴らしい……! 今年の冬は、アスタリアの熱交換炉のおかげで薪代が三分の一で済むぞ!」
「食べ物も安くて美味い! 皇帝陛下がアスタリアと同盟を結んでくれて、本当に良かった!」
臣民たちの笑顔が街中にあふれる中――その活気を、冷たい物陰から忌々しげに見下ろす男たちがいた。
豪華だが着古された貴族服を身に纏う男――オルロック子爵。
かつてヴァルモント王国で第2王子エドワードの側近として権力を振るい、エドワードの失脚とジュリアン新国王の即位によって国を追われ、ガリア帝国へと亡命してきた「旧第2王子派」の没落貴族であった。
「……ぬうう、生意気な! アスタリアの小娘め、ジュリアンめ……ッ!」
オルロック子爵は噛み締めた唇から血を滲ませ、激しい憎悪に肩を震わせた。
彼らがガリア帝国へ逃げ込んだ理由はただ一つ。
軍事国家ガリアの権力者に取り入り、皇帝に気に入られ、自らの復権を図るとともに、ヴァルモント新国王ジュリアンやシェリィの手が回る「アスタリア商会」の事業を何としてでも破綻させるためであった。
「ジュリアンやシェリィの功績となるこの商会が上手くいくなど、断じて許せん……! この商会が帝国内で大問題を起こせば、国王ジュリアンの面目は丸潰れとなり、ガリアとヴァルモントの協定も破談になるはずだ!」
オルロック子爵は影から呼び寄せた男たち――支会の末端従業員として極秘に潜り込ませた手下どもへ、不気味に囁きかけた。
「手はず通りにやれ。アスタリアから運び込まれた物資の帳簿を改ざんし、裏で物資を横領して闇市へ流せ。さらに熱交換炉の安全基準データを偽造し、帝都でボヤ騒ぎを起こすのだ。……すべて『アスタリアの杜撰な管理による不正』に仕立て上げろ!」
「へへっ、お任せを、子爵閣下。アスタリアの鼻持ちならない連中を叩き落として見せますよ」
嫉妬と執念に狂った亡命貴族の手が、アスタリア大商会が築き上げた誇り高き信頼を、内側から汚そうと動き始めていた。
◇
数日後。ガリア帝国軍の総司令部。
ガリア帝国第一軍団長であり、皇帝カールの長兄であるコンラート将軍のもとへ、一通の密書が届けられた。
送り主はオルロック子爵。
そこには『アスタリア大商会における莫大な帳簿改ざんと、帝都臣民を脅かす危険物資の隠蔽』という、おぞましい告発が記されていた。
「……コンラート閣下! これが事実であれば、アスタリアは我が帝国を騙し、不正な富を貪っていることになります! 直ちに第一軍団を動かし、アスタリア支会を接収・検挙すべきです!」
激昂する武闘派の側近たちに対し、コンラート将軍は重厚な兜の奥から、冷徹で静かな眼光を向けた。
「……控えよ」
「閣下!?」
コンラート将軍は密書を卓上に置くと、深く重々しい溜息をついた。
「アスタリア大商会は、皇帝陛下が正式に調印された【環大陸同盟】の同盟事業者だ。一端の亡命貴族による不確かな密告ひとつで軍を動かせば、協定の信義を破り、大陸全体の商業ギルドと信頼関係を敵に回すことになる。……そのような軽挙、余が許すと思うか?」
コンラート将軍は立ち上がると、重厚な鎧を響かせて歩き出した。
「これより皇帝陛下、ならびにマクシミリアンと三兄弟による極秘協議を行う。……事の真偽を確かめるのは、その後だ」
ガリア帝国の頂点に立つ三兄弟。
過去の不正を許さず、清廉な治世を貫いてきた彼らのもとへ、亡命貴族の醜い密告が持ち込まれようとしていた――。




