第4話:皇帝の眼光と、盤上の真実
ガリア帝国の帝都ガリアブルク――重厚な黒鉄と石造りの宮殿。
月明かりが差し込む儀式の間では、伝統に則った『星詠みの儀式』が執り行われていた。
「――皇帝陛下。星々は告げております。『北方の新しき火は、帝国の覇権を脅かす災い。直ちに鉄槌を下し、奪い取るべし』と……」
妖しく揺らめく香炉の煙の向こうで、老星詠みが平伏しながら神託を告げる。
だが、玉座に深々と腰掛けていた男――ガリア帝国第8代皇帝カール・グスタフは、ピクリとも眉を動かさなかった。
「……苦労だったな。下がれ」
低く、重々しい一言。
儀式を伝統として尊び、欠かさず出席はするものの、カールはその示唆を1ミリたりとも信じていない。星詠みや儀式を担当していた配下たちが退出して重い扉が閉まり、広間に三人だけが残された瞬間、カールは肘掛けから体を起こした。
「さて……星の戯言は終わりだ。現実の数字と兵糧の話をしようか」
影から静かに進み出たのは、長兄であり第一軍団長を務めるコンラート、そして次男であり補給要塞の総督を務めるマクシミリアンであった。
かつて貴族たちの思惑で内乱寸前となった際、二人は自ら帝位継承権を放棄し、裏工作を完璧に仕掛けて血を一滴も流さず弟カールを皇帝へ戴いた。今や「最強のガリア三兄弟」として固い絆で結ばれている。三人きりのこの場では、もはや皇帝と臣下の畏まった隔たりはない。
「カール、特使ヴァルカニスからの報告が届いた」
長兄コンラートが、苦々しい顔で羊皮紙を差し出す。
「アスタリアへの威圧は不発。それどころか、西方の検問所による流通妨害は【南国バイパス】と【ヴァルモント新国境交易ルート】へ即座に回避された。ヴァルカニスの試算によれば、このまま意地を張って通商封鎖を続ければ……3か月で我が帝国の国内インフレ率は200%へ跳ね上がるそうだ」
次男マクシミリアンも頷く。
「王都の地下ラインへ送り込んだ裏工作員どもも、ヴァルモントの新国王ジュリアンの手によって完璧に処断された。完全に先手を取られている」
特使ヴァルカニスは「不遜な小娘が不当な要求をしてきた」と憤慨していたが、カール皇帝の鋭い眼差しは、報告書の裏にある『本質』を一瞬で見抜いていた。
「……フッ。見事なものだな」
カールは低く笑い声を漏らした。
「武力による威圧を鼻で笑い、我が帝国の弱点であるサプライチェーンの脆弱性を完璧に突いてきた。……これは星読みなどというオカルトでも、行き当たりバッタリの強運でもない。純粋な『現実の構造分析』だ」
「カール……お前は、あのアスタリアの少女をどう見る?」
コンラートの問いに、カール皇帝は立ち上がり、巨大な大陸地図の前へと歩み寄った。
「戦場の天才、国家の才覚……呼び方は何でもいい。だが、あのシェリィという娘がやっているのは政治でも魔法でもない。『世界そのものの差配』だ。我が臣民と、我が同盟国に暖かな熱と安定をもたらすためには、あの知性は喉から手が出るほど欲しい」
カールは地図上の「アスタリア」を指先で強く押さえた。
「ヴァルカニスのような愚かな役人に交渉を任せたのが間違いだったな。力で奪おうとすれば、あのアナリストは世界中の物流を止めて我が帝国を干し上がらせる。……ならば、こちらも『本当の価値』を盤上に並べねばならん」
マクシミリアンが目を見張る。
「では、皇帝陛下自らが……?」
「ああ。近いうちに開かれる【大陸最高首脳会議】――そこで余自らが赴き、シェリィ・ヴァルモントと直接対峙する」
カールの琥珀色の瞳に、不屈の闘志と相手への正当なリスペクトが宿る。
「余が率いるのは、兄上たちが前衛で命を懸けて守るガリア帝国と臣民の生活。向こうが背負うのは、最新鋭の熱エネルギーと新たな世界の秩序。……お互い、背負うもののために一切の妥協はなしだ」
自国の臣民と同盟国を徹底的に愛し、守り抜く「戦争の天才」カール皇帝。
前世のアナリスト知識と覚醒した魔力で、世界を導く「知略の覇者」シェリィ。
互いを本物と認め合う二人の巨頭が、ついに直接相まみえる『国際会議』へ向けて、物語のスケールは最高潮へと達しようとしていた――。




