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アスタリア世界進出&国際経済戦争編  作者: IORI


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14/21

第14話:『理(ことわり)を穿つ黄金の柱』

1

アスタリア王宮の最奥、幾重もの結界と古代呪印によって遮断された『星詠みの間』。


外部の喧騒が一切届かぬ暗闇の静寂の中で、大后陛下は静かに瞳を閉じて座していた。その膝の上に鎮座するのは、金細工と精霊結晶で組み上げられた、手のひらほどの古びた羅針盤である。


13年前、あの雪の夜に赤ん坊だったシェリィへ深層封印を施して以来、この羅針盤の針は静かに凪ぎ、刻を止めたように動きを見せなかった。


しかし——。


カチ、と小さく乾いた金属音が響いた。


大后陛下の眉が微かに動く。次の瞬間、羅針盤の黄金の針が狂ったように回転を始め、内部の結晶から眩いばかりの金色の火花がバチバチと弾け飛んだ。


「……っ」


大后陛下が深く蒼い瞳を見開く。


針が指し示しているのは、アスタリアの領土内ではない。遥か数百レグ離れた東方——ガリア帝国の最北端、魔族領国境に接する要塞都市ラードンの方角。


(シェリィの魔力波長が……内側から暴走している……!?)


世界でただ一人、シェリィの深層に「絶対防御」の封印を施した大后陛下だからこそ、察知できた異変だった。


13年前に施した封印の『内側』で、深層に眠る莫大な自魔力が、外部から侵入した魔族領の高濃度魔素に激しく共鳴。内圧が高まりすぎた結果、封印そのものを内側から破壊し、シェリィの小さな肉体を内側から焼き切ろうとしているのだ。


大后陛下は静かに立ち上がると、傍らに控えていた影の使者へ、低く、しかし断固とした声で命じた。


「ヴァルモント公爵家、そして前国王夫妻へ伝令を。……『大后陛下が、例の場所でお待ちです』とだけ、伝えなさい」


「御意」


使者が闇に溶けるように姿を消す。大后陛下は狂ったように火花を散らす羅針盤を見つめ、痛切な面持ちで呟いた。


「よく耐えましたね、シェリィ。……ですが、もう限界です。今、参りますわ」


2

ヴァルモント公爵邸の執務室。


積み上がった領地の書類に目を通していたヴァルモント公爵の前に、突如として大后直属の使者の姿が現れた。

公爵が鋭い眼光で問いただす前に、使者は深く頭を下げ、ただ一言だけを告げた。


「ヴァルモント公爵閣下、マーガレット夫人。『大后陛下が、例の場所でお越しください』と仰せです」


「——っ!?」


公爵の手から万年筆が滑り落ち、机上にカツンと乾いた音を立てた。

傍らで書類を整理していた妻のマーガレットもまた、息を呑んで顔色を失う。


『例の場所』——13年前、自分たちの手で愛しい娘の魔力を封印し、その未来と引き換えに命を繋いだ『星詠みの間』。

この13年間、あえて誰も口に出さず、触れぬようにしてきた禁忌の領域。


そこに呼び出される意味を、二人が見誤るはずもなかった。


「……シェリィに、何かあったのだな」


公爵の声は低く震えていた。普段の「国の最強の剣」としての威厳は消え去り、そこにはただ、娘を案じる一人の父親の狼狽だけがあった。


「すぐに向かいます!」


マーガレット夫人はドレスの裾を翻し、一刻の猶予もないとばかりに走り出した。


同時刻、アスタリア王宮の別邸にて静養していたアーサー前国王とエレノア前王妃の元にも同様の伝令が届いていた。二人は顔を見合わせ、即座に立ち上がった。


数分後。『星詠みの間』に集結した4人の顔は、一様に蒼白だった。


「母上……! シェリィに何が起きているのです!?」


アーサー前国王が叫ぶように問う。大后陛下は静かに羅針盤を示した。


「距離があまりにも遠すぎること、そして何より、私が施した結界の『内側』で起きている変化ゆえに、あなた方の感知能力には届かなかったのでしょう。……シェリィが今、ガリアの最北方ラードンにて、自身の魔力の暴走による過負荷(パンク)を起こしています」


「そんな……! あんな北方の、魔素の荒い場所へ行けば、深層の魔力がどう反応するか……!」


マーガレット夫人が胸を押し当て、崩れ落ちそうになるのを公爵が固く支える。従姉妹であるエレノア前王妃も、痛ましい面持ちでマーガレットの手を固く握りしめた。


「大后様! 今すぐ救援の軍を、いや、最速の魔導船を出しましょう!」


公爵が叫ぶが、大后陛下は静かに首を振った。


「間に合いません。船ではラードンまで数日はかかる。あの子の肉体は、あと数十分ともちませんわ」


「では、どうすれば……! 指をくわえて、シェリィが焼き切れるのを見ているというのですか!?」


動揺する4人を見つめ、大后陛下は静かに、しかし絶対的な決意を込めて告げた。


「方法なら、ひとつだけあります。……空間を穿ち、私たち5人が直接ラードンのあの子の元へ出向くのです」


「な……! 距離が遠すぎます! この距離での質量転移など、世界の理(物理法則・空間の理)に介入する禁忌! 魔力回路が崩壊しかねません!」


アーサー前国王の制止に対し、大后陛下は気高く笑ってみせた。


「世の理への介入……ええ、本来なら許されぬ禁忌でしょう。ですが、私たちの愛しい孫娘……ヴァルモントの宝を失うことに比べれば、そんな理など、大した問題ではありませんわね?」


その言葉に、公爵も、マーガレットも、アーサーも、エレノアも、ハッと息を呑んだ。

悲壮な動揺は一瞬で消え去り、5人の瞳に宿ったのは、一国の至高たる者たちの「絶対的な覚悟」だった。


「……おっしゃる通りです、大后様。我が娘を救うためなら、世界の理などいくらでも捻じ曲げてみせましょう」


公爵が剣気を込めて答える。5人は円陣を組み、互いの手を固く取り合った。


「私の『絶対防御』を軸に、あなた方の魔力を集結させなさい。空間を破砕し、シェリィの元へ向かいます!」


大后陛下の声とともに、5人の規格外の魔力が膨れ上がり、『星詠みの間』の空間がバチバチと黄金の亀裂を走らせ始めた。


3

一方、ガリア最北方・要塞都市ラードンの領主館。


シェリィが割り当てられた自室のドア前は、凄惨な緊迫感に包まれていた。


ドアの隙間から溢れ出す黄金の魔力光は、バチバチと落雷のような音を立て、周囲の廊下の壁や床を歪ませていく。


「シェリィ! 返事をしてくれ、シェリィ!!」


レオンハルト大公が必死にドアを叩き、叫んでいた。

異変に気づき、強引に鍵を破って踏み込んだ室内。そこには、床に倒れ伏し、激しい過負荷と魔力酔いに苦しむシェリィの姿があった。


「レオンハルト大公、下がるんだ! 無闇に近づくのは危険だ!」


駆けつけたカール皇帝が、鋭い声で制止する。カール皇帝の背後には、帝国の精鋭護衛兵たちが剣を抜き、恐怖に顔を引きつらせて構えていた。


彼らのような高位の武者や魔法使いだからこそ、解るのだ。

今、この室内を満たしている魔力波長が、いかに異常で、いかに「巨大」であるかということが。


(な、なんだこの魔力は……!? 一国の魔導兵団を丸ごと押し潰すような莫大な質量が、あのアスタリアの小娘一人の体から漏れ出しているというのか……!?)


カール皇帝の手が、微かに震えていた。

自分の「親心(試練)」という名の不敵なちょっかいが、こんな怪物を目覚めさせてしまったのかという戦慄。


レオンハルトは手出しができず、床で「あ……が……っ」と呼吸すら満足にできず、激痛に顔を歪めるシェリィを見つめることしかできない。


(くそっ……! 俺が……俺が北方へ同行しておきながら、また彼女を救えないというのか……!?)


自分の無力さに歯噛みし、床に拳を叩きつけるレオンハルト。


シェリィの視界は、すでに真っ赤に染まっていた。

体内の奥底で暴れる自魔力という暴風が、彼女の肉体という器を内側から破壊していく。


(熱い……苦しい……息が……できない……。これが……私の……力……? こんな恐ろしいものが……私の中に……)


前世のアナリストとしての冷徹な思考すら、強烈な物理的激痛によって破綻していく。

自身の持つ膨大すぎる力への「本当の恐怖」に、シェリィの心が折れかけた、その時だった。


ずしん、と世界そのものが揺れた。


「な……なんだ!?」


カール皇帝が叫ぶ。

次の瞬間、部屋の天井と床を垂直に貫くように、神々しいまでの『黄金の光の柱』が天から降り立った。


ドオンっ!!


黄金の柱から放たれた絶対的な相殺波長が、一瞬にして室内を包み込んだ。

部屋を歪ませていた魔族領の高濃度魔素が完全に遮断され、シェリィの身体を締め付けていた気圧差が、減圧室のように優しく調整(ニュートラル)されていく。


「……え……?」


シェリィは目を見開いた。


カミソリで内臓を削り取られるような激痛が、嘘のように引いていく。

呼吸が通る。胸の内の暴風が、静かな凪へと変わっていく。


(あ……助かった……)


なぜだかは分からない。

けれど、この温かく、圧倒的な黄金の光が自分を完璧に守ってくれているということ。

そして、「もう大丈夫だ」という理由のない揺るぎない確信が、シェリィの心と体を包み込んだ。


緊張の糸が切れたシェリィは、深く安堵の息を吐き、そっと瞳を閉じた。

すると、黄金の光の浮力によって、シェリィの華奢な体がふわりと床上5メートルほどまで静かに持ち上がっていく。


無重力空間のように、宙で静かに眠るシェリィ。


呆然とするカール皇帝とレオンハルトの目の前で——空間が、音を立てて『裂けた』。


4

バリバリバチッ!!


黄金の光の柱の中心で、空間そのものがガラスのように割れ、圧倒的なまでの圧力を伴った5つのシルエットが姿を現した。


世界の頂点に君臨する絶対防御の使い手——大后陛下。

アスタリアを陰から支え続けた英主——アーサー前国王。

慈愛と威厳を兼ね備えた前王妃——エレノア。

「国の最強の剣」と恐れられる——ヴァルモント公爵。

そして、裏外交のスペシャリストたる母——マーガレット。


「な……に……!?」


カール皇帝は絶句した。

帝国の護衛兵たちは、降り立った5人が放つ「世界最高峰の魔力密度と気迫」の前に膝をつき、呼吸をすることすら忘れて呆然と立ち尽くした。


アスタリア王国の全最高戦力、国家の重鎮たちが、ただ一人の少女のために「世界の理」を突き破って他国の要塞都市へ降り立ったのだ。


降臨した5人の視線は、ガリアの皇帝にも、兵士たちにも向いていなかった。

彼らの瞳に映っているのは、宙で静かに浮かぶ、愛しい娘の姿だけだった。


「シェリィ……!」


ヴァルモント公爵が歩み寄る。

宙から優しく降りてくる愛娘の体を、公爵はその大きな両腕で受け止めた。


世界にただ一つの至宝を、触れれば溶けてしまいそうなほどの愛おしさで包み込むように。


武骨で、無数の戦をくぐり抜けてきた公爵の手が、折れそうなほど華奢な娘の体をしっかりと、どこまでも優しく抱きとめる。胸の中に収まった娘の小さな温もりと穏やかな寝息を感じた瞬間、不器用な父親の瞳に熱いものが込み上げた。


「……よく……耐えたな、シェリィ……」


マーガレット夫人が歩み寄り、冷や汗に濡れたシェリィの額を愛おしそうに撫でた。傍らのエレノア前王妃も、涙ぐみながら安堵の胸を撫でおろしている。


そこで初めて、大后陛下がゆっくりと振り返り、部屋の隅で固まっているカール皇帝へと視線を向けた。


その蒼い瞳に宿る威光は、ガリアの覇者であるカール皇帝すらも息を呑ませるほどに高く、気高かった。


「カール皇帝。我が愛しい孫娘に無茶な試練を与えてくれましたね。……ですが、ここからは『私たちの領域』です」


静かな、しかし拒絶を許さない一言。


カール皇帝も、レオンハルトも、何も言い返すことができなかった。

目の前にいるのは、一人の少女を守るために集結した、国家そのものの意志なのだから。


5人はカール皇帝たちを意にも介さず、公爵の腕の中で眠るシェリィを包み込むように密やかに囲んだ。


13年前、自分たちが封印した「大きすぎる愛しい力」。

それを、今度こそシェリィ自身の手で100%制御(リビルド)させるための、愛と絆の修行の舞台が整った瞬間だった。

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