第12話:追跡する光と、偽りの証明
査察から数時間後。アスタリア支会の奥深くに設置された秘匿応接室。
ガリア帝国補給要塞総督マクシミリアンとアスタリア代表シェリィ・ヴァルモント、そしてマクシミリアンが労働者として潜入させていたガリア軍最高幹部の「忠臣」が集い、机の上に広げられた物流データの精査を行っていた。
「……なるほど。支会に仕込まれていたあの『偽帳簿』だが、ただの嫌がらせ文書ではない」
マクシミリアンが眼鏡の奥の眼光を険しくさせる。
「帳簿に記された架空の物資流出ルートを辿ったところ、帝都から遥か北東――魔王領の国境にほど近い交易都市『ラードン』の特定商会へと繋がっていた。……我が方の情報網によれば、その商会でアスタリアの名と印章が押された『偽の納品書』が大量に流通している」
「魔王領の近く、ですのね……」
シェリィは冷静に思考を巡らせた。
亡命貴族オルロック子爵たちの狙いは単なる支会への嫌がらせにとどまらず、アスタリアの名を騙って魔王領周辺の裏社会へ軍需物資や糧食を極秘横流しし、巨額の裏金を得つつ、発覚した際にはその全責任をアスタリアとヴァルモント王国へ擦り付けるという凶悪な計画だったのだ。
「代表、すでにラードンで押収された問題の『納品書』の魔導写しが届いております」
潜入していたガリアの忠臣が、一枚の羊皮紙を机上に提示した。そこにはアスタリア大商会の公式名称と、寸分違わぬ赤い証明印が押されている。
「文字も印の形も、本物と見分けがつきません。……これを突きつけられれば、確かに我が商会が裏で密輸を行っていたと濡れ衣を着せられかねませんでしたわね」
シェリィはそう言いながらも、可憐な唇にふっと小さな笑みを浮かべた。
「ですが……彼らは致命的な知恵の浅さを露呈いたしましたわ」
「ほう?」
マクシミリアンが興味深そうに眉をひそめる。シェリィは胸元から透明な魔導試薬の小瓶を取り出し、写し出された赤い印章の上に数滴垂らした。
「マクシミリアン閣下。我がアスタリア大商会が発行する全ての公式文書・納品書の『印章用インク』は、見た目こそ通常の赤インクですが……実は【毎月、成分と魔導波長をわずかに変更】しておりますの」
「毎月成分を変えているだと……!?」
「ええ。毎月1日、本部から全支会へその月専用の特殊インクが厳重に配送され、前月分の余剰インクはすべて回収・封印処理されます。そして文書番号を見れば、それが『何年何月のどのインク』で押されたものかが、即座に特定できる仕組みになっております」
試薬を垂らされた印章は、何の変化も見せずただの赤い染みのままであった。
「ご覧ください。この納品書の文書番号は『今年3月』のものを示しておりますが、使用されているインクは市販の安価な朱肉……アスタリアの本物であれば、3月固有の魔導反応で青く発光するはずですわ。印章の形をいくら模倣しようと、インクの物理的・魔導的成分まで偽造することは不可能です」
「……完璧な証拠だな」
マクシミリアンは深く感嘆の息を吐き、口元を不敵に歪めた。
「書類の形ではなく、インクの化学的・魔導的トレースによって偽造を完璧に破砕するか。これならば、いかなる裁判や審理であっても、亡命貴族どもの工作を完膚なきまでに叩き潰せる」
マクシミリアンは立ち上がると、背後の忠臣と暗部に鋭い眼差しを向けた。
「これより第一軍団および総督府親衛隊を動かす。帝都およびラードンに潜伏するオルロック子爵以下、亡命貴族の一味を『国家叛逆罪』および『大規模密輸罪』の容疑で一斉摘発・拘束せよ!」
「はッ!!」
アスタリアが誇る「追跡不可能なほど精密なセキュリティ」によって、闇に蠢く亡命貴族たちの命運は完全に途絶えた。
そしてこの事件は、ガリア帝国とアスタリアの絆をさらに強固なものとすると同時に、北方にそびえる【魔王領】という未知の領域への新たな扉を開くこととなるのだった――。




