第11話:電撃査察と、舞い降りる麗人
翌朝。アスタリア大商会・ガリア帝国第一支会。
朝市が始まり、威勢のいい声と開店直後の活気にあふれる支会へ、重厚な軍靴の音とともに、ガリア帝国補給要塞総督マクシミリアンが極秘の査察官を引き連れて突如として姿を現した。
「そ、総督閣下自らのご査察だと……!?」
「開店早々、一体なにが起きているんだ!?」
居合わせた帝都の商人や臣民たちが騒然となる中、支会の物陰に潜んでいたオルロック子爵の手下の従業員は、心の中で「勝った!」と不敵に口元を歪めていた。
(クックック……開店直後のこの早朝なら、まだ朝の業務処理すら始まっておらん! 昨夜のうちに支長室のデスクの奥深くに隠しておいた『改ざん済みの裏帳簿』を検挙させれば、アスタリアの信用は一瞬で地に落ちる……!)
マクシミリアンは冷徹な面持ちで支長室へと進み出ると、デスクの引き出しの奥から、手下が仕込んでおいた「不正の証拠(裏帳簿)」を迷うことなく引っ張り出してみせた。
「……ふむ。開店早々の抜き打ちだが、これは何だ? 帝国の税率を誤魔化し、裏で莫大な物資を横領している記録が残っているが」
マクシミリアンが冷たく言い放つと、手下の男は待っていましたとばかりに声を張り上げた。
「な、なんだと!? アスタリアは我々ガリアの臣民を騙して裏帳簿を作っていたのか!?」
「そんな……! あんなに素晴らしい品を売ってくれていたのに、不正をしていたというのか!?」
支会内に動揺と不信感が広がり、手下の男が勝ち誇った顔で歪む、まさにその瞬間――。
「――そこまでですわ、皆様」
鈴の音のように澄んだ、しかし圧倒的な気品と凛とした響きを持つ声が支会全体に響き渡った。
群衆が割れ、白磁のような肌に金髪をなびかせ、可憐なドレスを纏った少女が優雅に歩み出てくる。
「し、シェリィ・ヴァルモント代表……! なぜここに……!?」
手下の男が目を剥く中、アスタリア大商会の頂点に立つ令嬢シェリィ・ヴァルモント本人が、マクシミリアンに向かって優雅かつ礼儀正しくカーテシーを捧げた。
「ガリア帝国補給要塞総督、マクシミリアン閣下。早朝より直々の査察、誠にご苦労様に存じます。……そして、いま閣下が確認されているその『帳簿』につきまして、ひとつお聞き入れいただきたいことがございます」
マクシミリアンが静かに眼鏡の枠を押し上げ、視線を向ける。シェリィは控えめながらも凛とした眼差しで言葉を続けた。
「そちらは、当支会に潜んだ何者かが不正をでっち上げるために持ち込んだ『偽りの文書』でございます」
「なに……!?」
「朝市からの抜き打ち査察は、当商会の清廉さを証明するまたとない機会でございます。……閣下、そして集まられた皆様、よろしければアスタリアの運用の実態を『実際にお見せ』してもよろしいでしょうか。支部長、お願いいたします」
「ハッ!」
シェリィの合図を受け、支部長が経理部の全職員へ即座に集合を命じた。支会内に緊張が走る中、衆人環視の元で経理部全員が整列する。
支部長は胸元の魔導鍵で壁面の三重金庫を開くと、今朝の分の白紙の正規帳簿【3本】を取り出し、中央の魔導台座の上に提示した。
「我がアスタリアの全支会では、毎日全く同じ内容の帳簿を【3冊】同時に記録しております。そして、誰がどの帳簿を担当するかは……毎朝業務が始まる直前、全経理職員と皆様の目の前で、この【ランダム判定の確定魔術(魔法のくじ引き)】を行って決定いたしますの」
支部長が魔導台座に手をかざすと、台座から眩い光が放たれ、その日の帳簿担当者の名前と記号が光の粒子となってランダムにシャッフルされ、経理職員たちの胸元へと割り振られた。
「どの職員がどの部分を書くかが毎朝ランダムで決まり、夕刻には3本の数値が即時照合されます。……つまり、今朝の業務すら始まっていないこの段階で、特定の人間が前もって『裏帳簿』や『改ざんデータ』を仕込むことなど、数学的・構造的に100%不可能なのです」
「なっ……バ、バカな!? 毎朝の確定魔術でリアルタイム割り振りだと……!?」
手下の男が顔を蒼白にして悲鳴を上げる。マクシミリアンは手元の『4冊目の裏帳簿』を冷ややかに見つめ、不敵な薄笑いを浮かべた。
「……見事だな、シェリィ・ヴァルモント。朝一番の査察すら織り込み済みというわけか。4冊目の存在自体が物理的矛盾だな」
だが、マクシミリアンの鋭い眼鏡の奥の瞳が、さらに深く怪しく光った。
「――だが、この雑な裏帳簿、ただアスタリアを陥れるためだけに作られたものではないな? この改ざんされた数値と物資の動き……裏で何者かが、アスタリアの名を騙って『巨大な闇取引』を行っている痕跡がある」
マクシミリアンは手元の裏帳簿を差し出し、冷徹に言い放った。
「シェリィ・ヴァルモント。この裏帳簿に隠された『真の横流しルート』の精査を命じる。……この裏で蠢く害虫どもの正体を、すべて暴き出すぞ!」




