2章 第3話 メタルスライム
「ブラム、この鉱山利権どう思う?」
「……師団というよりジェントリー階級や資本家か」
盲目の元王国軍兵士ブラムは言う。
旅団のパトロンでもあるブラムには敵対する組織、師団のパトロンに注視していた。
旅団のパトロンは一部の貴族と民間であるのに対して師団は新興勢力であるジェントリー階級や資本家が主である。
王国の近代化により貴族ではない平民が、下級貴族をも上回るほどの財力をつけた。
平民が貴族より金持ちなのを気に入らず、貴族ほどの上流階級ではないが夜会にも参加を許そうという事で、新たな階級ジェントリー階級が生まれた。
正確には中流階級に当たるが、いわゆるアッパーミドルと言われ、地主に当たる。
そして工場主である資本家もアッパーミドルに当たるが経済力では低いほうだ。
一番は上級貴族で、二番目が金融資本家で、三番目にジェントリー階級で、四番目に工場主である。
本来は炭鉱など蒸気機関のエネルギーとなる石炭の発掘や開発権は王室が独占的にするものである。
地下の鉱物資源は王室のものにすれば、自分の土地だろうと毎回王室に許可を取らなければならないのだ。
しかし王国はそれをしなかった。自分の土地の地下にある鉱物資源はその地主や貴族が自由に掘れるようにしたから経済的に強くなったのだ。
そして、今いるドゥムノニア、鉱山資源のある都市だ。開発競争で貴族やジェントリー階級、資本家も参戦していて発展した。
まず大貴族。
富の源泉は王都の一等地などの都市不動産、炭鉱などの地下資源に国内外の証券。
近代化しても国内最大の富豪たちの多くは公爵や侯爵など貴族だ。
彼らは土地を貸し出すだけではなく、そこから得た巨万の富を王都の金融市場に投資して莫大な資産を維持拡大した。
次に金融資本家、大商人。
富の源泉は銀行経営、国際貿易、植民地投資。
王都の金融街を拠点とするエリートたち。彼らの富の規模は貴族に次いで凄まじく、貴族やジェントリーと婚姻関係を結んで融合してきた。
そしてジェントリー、地主。
富の源泉は地方の農地、地方のインフラ投資。
貴族ほどの爆発的な富はないが、代々受け継いだ広大な土地と安定した地代収入、そして高い社会ステータスを持っていた。
最後に産業資本家、工場主、製造業。
富の源泉は、綿織物、鉄鋼、機械などの工場経営。
産業革命の主役だが、個人の資産規模では上位三つに遠く及ばない。
工場の経営は景気の波に弱く、設備投資に莫大な費用がかかるため、手元に残る純資産の額は、労働なしで地代や利息で入る貴族や金融資本家より圧倒的に少なかった。
産業革命が起きてもなぜ貴族がトップだったか、それは彼らの土地が都市の一等地や資源の宝庫に化けたからである。
王都の高級住宅街は、大貴族の私有地だった。近代化によって王都が世界経済の中心となると、これらの土地の価値が高騰し、貴族には何もしなくても莫大な借地料が転がり込んだ。
工場や蒸気機関を動かすには莫大な石炭が必要だった。
この石炭が採掘される炭鉱の多くは、地方の貴族やジェントリーの領地内であったため、彼らは鉱山ロイヤリティでさらに富を増やした。
仮にもし、鉱山の採掘権が王室が独占したら貴族は衰退しただろう。
なぜなら、開発するには国に莫大な賄賂や手数料を払って特許を得るか、国が認めた大手炭鉱会社に開発を任せるしかないのだ。
しかし王国では自分の土地の地下にある資源は土地オーナーのものという法律だったため、石炭の利益が貴族の懐に入った。
そんな背景もあってドゥムノニアには大量の資本が流れた。比例するように街は発展していき、荒地の中に大きな都市ができるという歪さをも持っていた。
「そうよね。やっぱり資本家たちの金の流れが急だわ。おそらく何か新しい鉱山資源が発見されたかも」
リリーの指摘するその不自然さは間違ってはいないが、その勢いは資本家たちだけではない。
「うちのパトロンでもある貴族からは何か新しい地下資源が発見されたとも言われてないし」
「…………第二の王都計画……」
ブラムがそうつぶやくと、リリーはハッとした。
ドゥムノニアは王太子のお膝元。歴史的な流れで王太子はドゥムノニア公爵となり今もこの地を治めている。カントリーハウスもドゥムノニアに置いている。
国王の居住地である王都はすでに開発済みとも言える。貴族たちが住まうノーブルタウンにはもう土地が余ってない。新興の富裕層がそこに住まうにも住めないのだ。
なら資本家はどこに住まう? 王都の郊外にか?
いや、いっそのこと新たな開拓地で一旗上げるのも手である。
これは資本家たちの南部開拓ではないだろうかとブラムは睨んでいる。
「もし、ドゥムノニアを第二の王都にするのなら、資本の流れも納得だわ。それに主導権は貴族ではなくて新興の資本家なら、好きにデザインできるでしょうね」
リリーの考えの通り、資本家たちは新しい王都作りを目論んでいる。
それにはまず、近代化政策の一つである鉄道作りだ。
これまで馬車で数日ほどかかっていた時間を数時間以内にしたのだ。
鉄道網は近代化政策の肝である。王国の鉱物資源の供給のため重要拠点としてドゥムノニアに白羽の矢が立ったのだ。
未来の国王がドゥムノニアに定住したため、彼に媚を売りたい王都の大富豪、知識人、芸能人たちがこぞってドゥムノニアに別荘を建て、移住した。
簡易的な街のままだと労働者が逃げてしまうため、資金を持つ炭鉱会社が自ら資本を投じて住まいや都市機能を丸ごと建設した。
労働者とその家族を定住させるために、会社が社宅を大量に建て、さらに学校や病院、劇場、教会、郵便局、警察署まで作った。
王都までとは言わないものの、それに準じた都市機能を持つようになった。
「旅団も参戦したいけれど、相手は手強そうね。しかし、こっちだって止められないわ。時代は兵士より兵器なのだから」
王国は今も貴族といった封建制をとっている、しかし近代化政策によってそれに綻びが生じている。
封建制のしくみ、富のすべては土地だった。貴族は領地を所有し農民から年貢を徴収することで絶対的な富を築いた。
しかし、産業革命が起こると富を生み出す中心が農業から工場での大量生産や金融貿易に移った。
どんなに広大な土地を持っていても、テクノロジーと資本を使って急成長するブルジョワの稼ぎに太刀打ちできなくなってきた。土地の価格そのものが相対的に暴落した。
貴族の本業は戦士、騎士だった。王から土地をもらう代わりに、いざという時は命をかけて戦うという軍事力の独占が彼らの特権の根拠であった。
資本主義と同時に科学技術や近代国家のしくみが発達すると、戦争の主役は『鍛え上げられた一握りの騎士』から『資本力で大量に買い揃えられた大砲や銃』へと変わった。
結果として、王や国家は貴族の騎士団を頼る必要がなくなった。資本家から集めた税金で、雇った兵隊という常備軍や最新兵器を買うほうが強くなったため、貴族の軍事的な価値は消滅した。
さて王国もその道を辿りつつある。過渡期であるためすべてが兵士から兵器と完全には変わってはないが旧来の身体を鍛え上げ一流の騎士に育てるのはやめた。
兵役試験も剣技や馬術だけではなく、兵器の扱いも評価される。無論、成人したばかりの男に急に兵器を扱えれるわけもなく、多くは扱えずに評価を落とすが、中には才能で扱える者もいる。
王室も資本家も貴族も新たなビジネスである兵器について開発、研究、投資しており、戦争のゲームチェンジャーを期待している。
ここドゥムノニアの裏の顔はその兵器開発や実験である。鉱山地帯の荒地の多いこの地域には市街地とは違って実験がしやすいのである。
兵器実験地と都市機能と鉱山開発を兼ね備えたドゥムノニアに表からも裏からも資本が流入していた。そんなビジネスを旅団や師団は見逃さず好機を狙っている。
「地雷の大方の範囲はあのコンクリートの分離壁からこの観測塔ぐらいまでと言われているわ」
ディアナ様は指を差しながら説明する。
今いるここはその観測塔だ。この観測塔は前線基地の偵察として機能していた。魔王軍との前線の押し合いで王国軍が掌握した際に建てられたものだ。
その後魔王軍との膠着が続くと王国はすべての奪還は諦め、観測塔から緩衝地帯をつくりコンクリートの分離壁を建てた。
分離壁から王国軍が撤退する際に地雷をこの緩衝地帯に埋めたのだ。仮に魔王軍が分離壁を突破しても抵抗できるように。
しかし魔王を封印した現在はこの緩衝地帯は危険なエリアになっている。
偽りの平和となったドゥムノニアの住民が知らず知らずに緩衝地帯に入り不発弾の地雷を踏んでしまうのだ。
観測塔から下を見やると何もない緩衝地帯が見える。ここに地雷が埋めてあるのか。いくつ除去すればいいのかわからないが……ん?
「あれ、何だ?」
「ああ、あれはスライムね」
「スライムですか?」
「ここは荒地だけどモンスターも湧くわ。と言っても弱いスライムだけどね」
「そう言えば聞いた事があります。確かモンスターは人里には現れにくく、人気のない所に湧くと」
「うん、でもね、スライムみたいな低級のモンスターは上級のモンスターとのサバイバル争いに敗れて、草原など平地にも現れたりもするわ。そうだ」
ディアナ様は何かを思い出したように地上へと下りて行った。俺たちもそれに習う。
「スライムはね、何でも食べちゃうのよ。だから地雷も食べちゃえばいいのよ」
とんでもない事をおっしゃった。
「あの、ディアナ様、防護服も着てますし、探知犬もいるんですが、解除は?」
「このスライムにやってもらいましょう」
「手懐けられるんですか、モンスターですよ」
「大丈夫、スライムは大人しいからね、ねぇ?」
スライムはこくっと首?を傾けた。
「それにこれはメタルスライムだから、同じ金属なら大丈夫よきっと」
目の前にいる銀白色のスライムはメタルスライムらしい。聞くところによると、銀白色と漆黒のスライムはメタルスライムで特徴としては目玉の本来白目のところが黄緑色の蛍光色となっている。
「えいっ、そりゃっ!」
ディアナ様はその高貴なお姿から想像できぬような、お転婆な姿を見せる。もしかしたらこっちが本性なのかもしれない。
「やった!ゲットしたわ!」
「おめでとうございます。ディアナ様」
「おめでとうございます!ディアナ公妃!」
俺とマインは拍手する。俺は少し冷ややかにだが。
「さて、スライム、君には地雷を食べてもらいます。いいわね」
「きゅう?」
「では、ディアナ様、探知犬に仕事させます」
俺が地雷探知犬の手綱を持ち地雷原の上を歩く。下手したら俺の片足が吹き飛ぶかもしれない。なので慎重に慎重に歩みを進める。
探知犬は金属の臭いに反応する。どんな地雷を埋めたのかわからないが、金属製なら嗅ぎ分けられるだろう。
と、そう思うと、探知犬がワンワンと吠えた。どうやら地中に埋まっている金属を見つけたらしい。
「ディアナ様、探針棒でつっつきますか? それとも慎重に周りを手で土などを取り除きますか?」
「先に、探針棒で大方の大きさを測って、それから土を取り除けばいいわ」
「ケヴィン様、くれぐれも気をつけてください」
マインから心配される。そうだよな婚約者を失うかもしれないからな。
俺は慎重に探針棒で地雷をつっつく、少し地雷に触れたらすぐに引き、回り込んでまたつっつく。
すると円状の地雷ということがわかった。
それから周りの土を慎重に手で取り除く。慎重に慎重に。
すると見えてきた、地雷だ。
感圧式の地雷、おそらく体重をかけて足で踏まないと作動しないタイプだろう。
一通り地雷周りの土を取り除いたら、今度は信管を抜くか爆破除去かだが。
「ディアナ様、土を取り除きました。あとは?」
「よーし、行きなさい、メタルスライム。食べちゃいなさい」
ディアナ様が命令すると、メタルスライムは口を大きく開け、パクっと地雷を食べてしまった。
その瞬間。
ドッカーン
メタルスライムの口の中からぷすぷすと煙が上がった。まさかの爆破除去である。
幸いか必然か俺たちに怪我はなかった。本当にスライムの口の中で爆破除去したのだ。周りにも被害が及ばず。
「きゅう、きゅう」
スライムが鳴く。どうやらもっと欲しいのか。飼い主?のディアナ様に甘えた様子を見せる。
「よーしよし、いいこだね。じゃあエサは自分で見つけられるかな?」
「きゅう」
なんと、スライムは飼い主の言うことを聞き、鼻?を地面になすりつけ嗅ぎ分ける。すると見つかったのか、びょーんぴょーんと跳ねる。
「ケヴィンくん探針棒でやってみて。慎重にね」
「わかりました」
俺は慎重に探針棒でつっついてみる。すると今度はやや硬い感触を感じた。回り込んでつっついてみると今度は長方形の形がわかる。
慎重にその周りの土を手で取り除く。すると現れたのは、木箱だった。触ればボロボロとなる劣化した木箱の中に地雷があった。
「ディアナ様、ありました。木箱型の地雷が」
「よし、スラちゃん食べちゃいなさい」
「きゅう」
またしてもメタルスライムがパクっと地雷を食べた。ぷすぷすと口の中から煙を上げながら。
どうやら、スライムは木箱の中の地雷も探知できるみたい。
「よし、スラちゃん、このまま木箱に入った地雷を見つけてちょうだい」
「きゅう」
「ケヴィンくんは探知犬で金属製の地雷をお願いね」
「わかりました」
スライムが木箱型の地雷を探知し、探知犬が金属製の地雷を探知するようになった。
しかし土を手で取り除くのは俺たち人間の仕事だ。一つ一つ慎重に土を取り除く。おかげで少しは効率的ではあるが結局は時間のかかることだ。
この途方もないことを慈善活動としてディアナ様はやっておられるのだ。
「きゅう、パクっ」
スライムが一つずつ食べて爆破除去していく。こっちの方が何倍も安全だろう。
いちいち慎重に信管を抜く作業も時間がかかるし、大型車などで爆破除去も危険を伴うし。
安全に時間をかけた地雷除去だった。
「えらいえらい、スラちゃん」
「きゅう」
ディアナ様はすっかりメタルスライムを手懐けている。
ふと思ったが、モンスターは普通人間に懐かずに敵対するのでは? ゴブリン退治の時も結局懐かずに敵対したままで倒したんだが。
もしかしてスライムは違うのか。そう言えば、ゴブリンもザコモンスターだが生息地は山や洞窟の中に引きこもっている。
対してスライムは山にはおらず草原や荒地などの平地に生息するようになったと。
つまり人に見つかりやすい、故に人への警戒心が薄いのか。人懐っこいスライムに人間も愛想よくしてくれるなら、そらモンスターであれど敵対しないのか。
「よーし、そろそろ日が暮れるから今日はここまでにしましょう。スラちゃんもありがとね」
「きゅう」
夕暮れになると今日の地雷除去作業は終わった。今日で十数個だがあとどれくらいあるのかはわからない。
俺たちは防護服を脱ぎ、ディアナ様たちの寄宿舎に泊まらせてくれることとなった。
「メタルスライム飼うことになったんですね」
ディアナ様はすっかりスライムを手懐けていた。寄宿舎にも持ち込むほどに。
「しかし不思議ですね、荒地にメタルスライムが出るなんて」
「そんなことはないわ。昔からよく見かけていたわよ。まぁでも近年は減ってきてはいるけどね」
「そうだったんですか。ディアナ様はいつからここに?」
そう言うとディアナ様は少し目を細めた。
「……王室の公務が終わってからよ」
しまった。まずいことを引いてしまった。離婚話は禁句なのに。
「……殿下がここドゥムノニアを発展させようとしているからね」
その殿下というのは、かつての夫、現国王の王太子殿下ではなく、おそらく長男の現王太子殿下のことだろう。
「そうなんですね。殿下はドゥムノニアがお好きなんですね」
「国王の長男はドゥムノニア公爵になるけど、殿下は本当に投資をしていて、この地に心を馳せているわ。今まで魔王軍との戦闘もあってなかなか手がつけられなかったんですもの」
ディアナ様から聞くところによると、ドゥムノニアには戦前には鉱山開発に投資はしていたが、戦時中にはそれがストップしてしまい戦場となった。
戦後、魔王を封印はしたものの、分離壁を建てて実質的に残りの地を放棄した。緩衝地帯には地雷という負の遺産も残して。
しかし戦後も数十年経ち再びここドゥムノニアに投資をしようというのだ。おかげでドゥムノニアに高度経済成長を遂げ大都市へと変貌しつつある。
王太子殿下のお膝元と言われるドゥムノニアは王室の威信をかけてでも発展させようとする。
その長男を近くで母は見守っているのかもしれない。




