【万象の造物主】の絶対権能〜神代の鎖を『分解』し、奈落の番竜を塵へと還す
俺の目に映る世界は、全く違うものになっていた。
ただの薄暗い岩壁は、「土」「水」「微量の鉄分」「魔力の残滓」といった構成物質の集合体として視認できる。
(これが……【万象の造物主】の力)
視線を落とせば、セレスティアを何年も縛り付け、俺が何十万回と石を叩きつけても傷一つ付かなかった『神代の呪縛鎖』すらも例外ではなかった。
「高密度の神聖金属」と「隷属の呪い」の結合体。
その結びつきの『綻び』——俺が百日以上かけて穿った極小のヒビから、全体の構造が手に取るように分かる。
「湊……? あなたの体から、信じられないくらいの光が……」
恐怖と驚きが入り混じった顔で俺を見上げるセレスティア。
俺は彼女の側にしゃがみ込み、その細い手首に食い込んでいる鎖に、素手でそっと触れた。
「もう大丈夫だ。——『分解』」
静かに、ただ対象を解きほぐす意思を込めて呟いた。
直後。
パァァァァンッ……!!
弾けるような甲高い音と共に、決して壊れないとされた神代の鎖が、まるで砂の城が崩れるかのようにサラサラと崩れ落ちた。
「え……?」
セレスティアが呆然と声を漏らす。
俺は続けて、彼女のもう片方の腕、両足、そして首に嵌められていた鎖にも触れ、次々と『分解』していく。
神話の金属はただの光の粒子と化し、虚空へと溶けて消えた。
「あ……あぁ……っ」
最後に残った首輪が消滅した瞬間、セレスティアの体が糸の切れた操り人形のようにぐらりと傾いた。
長年彼女の体を拘束し、同時に魔力を吸い上げ続けていた戒めが消え、限界を迎えていた肉体が崩れ落ちたのだ。
「っと。危ない」
俺は咄嗟に腕を伸ばし、彼女の細い体を抱き止めた。
驚くほど軽い。ろくに食事も与えられず、ただ魔力を抽出されるだけの苗床として生かされていたのだ。
「本当に……鎖が、消えた……? 神話の金属が、ただ触れただけで……?」
俺の腕の中で、彼女は震える手で自身の首元に触れ、信じられないというように何度も瞬きをした。
そして、宝石のような大きな瞳からポロポロと涙を溢れさせ、俺の胸に顔を埋めて声を上げて泣き始めた。
「うっ、あぁぁぁ……! ありがとう、湊……! 私、自由になれた……っ、もう、魔力を吸われなくて済むのね……!」
「ああ。もう誰もお前を縛れない。俺がさせない」
泣きじゃくる彼女の銀髪を優しく撫でながら、
俺は周囲の地面に視線を向けた。
セレスティアの着ているドレスはボロボロの布切れ同然で、素肌が痛々しく露出している。
俺は足元の岩盤に空いた手で触れ、今度は『創成』の意思を込めた。
「岩石」と「苔の繊維質」を分解し、再構築する。
岩が光を帯びて形を変え、一瞬にして『純白のしなやかなドレス』へと変貌した。
さらに、岩壁から滴る泥水を「不純物のない純水」へと分解・浄化し、空気中の魔力と結合させて『温かい滋養スープ』の入った石の器を創り出す。
「ほら、まずはこれを着て、体を温めろ」
「えっ……? これ、あなたが今、石と泥から作ったの……!?」
「俺の新しい【労働】の力さ。モノづくりは得意なんだ」
セレスティアは目を丸くしながらも、俺が創り出したドレスに袖を通し、温かいスープを両手で受け取った。
「美味しい……こんなに温かいものを口にしたのは、何年ぶりか分からないわ」
スープを飲む彼女の顔に、僅かだが赤みが戻る。
それを見て、俺もようやく一息ついた。
——だが。
休息の時間は、無慈悲な咆哮によって引き裂かれた。
ズズンッ……!!
突如、ドーム状の空間全体が激しく揺れ、天井から無数の岩が降り注いだ。
「ひっ……!」
セレスティアが怯え、俺の背中にしがみつく。
空間の奥から現れたのは、巨大な漆黒の竜——先日やり過ごした『奈落の番竜』だった。
俺が覚醒した際に放った莫大な魔力の波動と、鎖が破壊された異常事態を察知して、己の縄張りを荒らす者を排除しに現れたのだ。
『ゴルルルルォォォォォォッ!!』
鼓膜を破壊せんばかりの咆哮。
見上げるほどの巨体。その黒鱗は鋼よりも硬く、口の端から漏れる紫色の瘴気は、触れた岩盤をドロドロに溶かすほどの猛毒だ。
「逃げて、湊! あれは駄目よ! 人間の魔法や剣なんて一切通用しない、死の化身——」
「大丈夫だ、下がっていろ」
俺は震えるセレスティアを背後で庇い、ゆっくりと前に出た。
(……前なら、声を聞いただけで絶望していただろうな)
だが、今の俺の目には、あの絶望的な巨竜すらも『ただの巨大な素材の塊』にしか見えなかった。
硬い鱗は「高濃度の炭素と魔力の結晶」。
吐き出される瘴気は「毒性を持った腐食性の気体」。
その構造さえ理解できれば、何も恐れることはない。
番竜が俺を視認し、その巨大な顎を大きく開いた。
喉の奥で紫色の光が収束し、圧縮された極大の瘴気ブレスが、砲弾のように放たれる。
「湊ッ!!」
セレスティアの悲鳴が響く。
俺は逃げることも避けることもせず、ただ右手をスッと前に突き出した。
「『分解』」
俺の掌から波紋のように広がった光が、迫り来る極大の瘴気ブレスと衝突した。
ドォォォォォンッ!!
爆発が起きる——はずだった。
しかし、俺に触れた瘴気は、熱も衝撃も発生させることなく、瞬時に「ただの無害なそよ風」へと分解され、俺の頬を優しく撫でて背後へと消え去った。
『……!?』
番竜の巨大な目に、明確な「驚愕」の色が浮かぶ。
自らの必殺の一撃が、虫ケラのような人間に掻き消されたことが信じられないのだろう。
「お前の攻撃の成分は分かった。なら、次は俺の番だ」
俺は右手を地面——硬い岩盤へと突き立てた。
この奈落の大地そのものを、俺の【労働】の素材とする。
「『創成』」
ゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
大地が悲鳴を上げた。
俺の魔力が岩盤の構造を強制的に書き換え、土や岩を「超高密度の鋼鉄」へと変成させる。
番竜が足元の異変に気づき、飛び退こうとした時にはもう遅かった。
大地の底から、直径数メートルにも及ぶ巨大な鋼の槍が、数十本、数百本という規模で一斉に突き出したのだ。
『ギャァァァァァァァッ!?!?』
鋼よりも硬いはずの黒鱗を紙切れのように貫き、無数の槍が巨竜の体を下から上へと容赦なく串刺しにする。
血飛沫が舞い、奈落の絶対の王として君臨していた番竜は、ただの一撃でハリネズミのような無惨な姿へと変わり果てた。
断末魔の叫びを上げる暇すらなかった。
空中に縫い留められた巨竜は、一度だけビクンと痙攣し、二度と動かなくなった。
圧倒的な、蹂躙劇。
戦いと呼ぶことすらおこがましい、ただの「作業」だった。
「……嘘……」
背後で、セレスティアがへたり込み、呆然と俺の背中を見つめていた。
俺は血に濡れた手を見下ろし、静かに拳を握りしめる。
(これが、【万象の造物主】……!)
俺をハズレだと嘲笑い、ゴミのように見捨てた堂島たち。
俺を底辺の社畜として使い潰した元の世界。
全てをひっくり返すだけの絶対的な力を、俺はついに手に入れたのだ。
「湊……あなた、一体どれだけの力を……」
震える声で尋ねるセレスティアに、俺は振り返って微笑んだ。
「ただの、何でも屋の【労働者】さ」
冗談めかしてそう言うと、俺は串刺しになった番竜の死体を見上げた。
「さて、立派な『素材』も手に入った。装備と食糧を整えたら、ここを出よう、セレスティア」
「ここを、出る……? 上の世界へ行くの?」
「ああ」
俺は、遥か頭上の暗闇——俺を突き落とした者たちがいる王国の方向を睨みつけた。
「まずは、俺の人生を狂わせた連中に……特大の『成果報告』をしに行かないとな」
奈落の底から這い上がるための反逆の準備が、今、始まった。




