表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

終わらない狂気の採掘〜「絶対に壊れない」神代の鎖にヒビを入れるまでの血みどろの百日間




ガァァンッ!!

硬い岩盤に反響する、鈍く重い音が空間に響き渡る。


ガァァンッ!! ガァァンッ!!

「……っ、ふぅっ、はぁっ……!」


俺は荒い息を吐きながら、両手で握りしめた鋭い鉱石を、セレスティアの手足を縛る『神代の鎖』へと何度も何度も叩きつけていた。


岩が砕け、破片が頬を掠める。

衝撃を殺しきれない両手は、すでに皮膚が破れ、肉が裂け、赤黒い血が止めどなく流れていた。


痛い。熱い。骨の髄まで響く激痛に、意識が飛びそうになる。


「もう……もうやめて、湊! あなたの方が死んでしまうわ!」


鎖に繋がれたままのセレスティアが、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら叫んだ。


彼女は俺の血塗れの手を包み込むように握ると、その細い手から淡い金色の光を放った。


じんわりとした温もりが広がり、裂けた肉が僅かに塞がっていく。


セレスティアが持つ、治癒の魔法だ。


だが、彼女の魔力の大半は鎖を通じて上の世界——堂島たち勇者の元へと吸い上げられているため、その治癒力は弱々しく、俺の傷を完全に塞ぐことはできない。


「……すまん。お前の貴重な力を、こんなことに使わせて」


「謝らないで……。どうして、出会ったばかりの私のために、そこまで……っ」


「お前のためだけじゃないさ。俺自身のためだ」


俺は治癒の光が消えるのを待って、再び新しい鉱石を拾い上げた。


「俺は、あいつらに復讐する。そのためには、この理不尽な鎖をぶっ壊して、お前の力を解放する必要がある。……ただの利害の一致だ」


「湊……」


強がりだった。


だが、この絶望の底で涙を流して俺を心配してくれる彼女を、絶対に見捨てたくないという想いは、間違いなく俺の心を支えていた。


俺は再び、鎖に向かって鉱石を振り下ろす。


【採掘Lv1】。


ただ石を掘るだけの最底辺スキル。だが、俺はそのスキルを発動する際、単なる動作ではなく『対象を削り取る』という明確な意思イメージを込めて打ち込み続けた。


どれだけの時間が経ったのか、分からない。


奈落の底には太陽の光が届かず、昼と夜の区別すらない。


俺たちは、岩壁の隙間に生える発光する苔を食らい、壁から染み出す泥水をすすって飢えと渇きを凌いだ。


休む場所もないこの空間で、俺は【土木Lv1】のスキルを使い、岩壁に小さな空洞を掘って仮眠を取った。


眠るのは、体力が限界を迎えて気絶する時だけ。


目が覚めれば、再び石を握り、狂ったように鎖を叩き続けた。


何十本、何百本という鉱石のピッケルが砕け散り、その度に俺の手は血に染まった。


元の世界のブラック企業で、何日も家に帰れず、理不尽な罵倒を浴びながら終わりの見えない作業を強制されていた日々。


あの地獄に比べれば、今の『労働』はどれだけマシだろうか。


(叩けば、確実に僅かながらでも反動がある。俺の労働は、決して無意味じゃない……!)


痛みも、疲労も、全てを麻痺させて石を振り下ろす。


セレスティアは、そんな俺の姿を、祈るような、すがるような目で見つめ続けていた。


◆ ◆ ◆


そんな狂気の日々が何十日か続いた、ある『夜』のことだった。


ズズンッ……!


突如、空間全体を揺るがすような重い地響きが鳴った。


空気が一瞬にして凍りつき、濃密な死の気配がドーム状の空間を満たしていく。


「……来たわ。奈落の番竜よ……!」


セレスティアの顔が、絶望に青ざめる。


俺は即座に彼女の側に飛び退き、【土木Lv1】を全力で発動した。


足元の土砂を掘り返し、俺と彼女の体を覆い隠すように土のドームを創り上げる。呼吸のためのわずかな隙間だけを残し、気配と匂いを完全に泥で封じ込めた。


暗闇の土室の中。


俺は、震えるセレスティアの小さな体を強く抱きしめた。


彼女の銀糸のような髪から、微かに甘い香りがする。


「……大丈夫だ。声を出さなければ、気づかれない」


耳元で極小の声で囁くと、彼女は怯えながらも、俺の胸に顔を埋めて強くしがみついてきた。


直後。


俺たちが隠れている土のドームのすぐ上を、『それ』が通り過ぎた。


『ゴルルルルォォォォォ……ッ』

空気が震動し、鼓膜が破れそうになる。


隙間から僅かに見えたのは、漆黒の鋼鉄のような鱗と、見上げるほどの巨体。


呼吸をするたびに、口の端から紫色の瘴気が漏れ出している。


神話の時代からこの奈落を支配してきた、圧倒的な暴力の化身。堂島たち勇者ですら、一瞬で消し炭にされるであろう規格外の存在。


俺のような最弱の【労働者】が、真正面から挑んで勝てる相手ではない。


心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が噴き出す。


(見つかれば終わる……。耐えろ、やり過ごせ……!)


俺はセレスティアを抱く手に力を込め、ひたすらに息を殺した。


番竜は鎖の周囲を何度か旋回するように歩き回っていたが、やがて興味を失ったのか、巨大な足音を立てて空間の奥へと去っていった。


圧倒的な死の恐怖。


だが、その恐怖すらも、俺の心からあの『鎖を砕く』という執念を奪うことはできなかった。


むしろ、こんな理不尽な死の危険と隣り合わせの地獄に、セレスティアを一人で放置してきた連中への怒りが、俺の闘志をさらに燃え上がらせた。


番竜が完全に眠りについたのを確認すると、俺は再び土から這い出し、血まみれの手で鉱石を握りしめた。


◆ ◆ ◆


そして、何百日目かのことだった。


俺の体は削り落ち、頬は痩せこけ、幽鬼のような有様になっていた。


ただ、その双眸に宿る光だけは、異常なほどの熱を帯びてギラついていた。


「湊……もう、休んで……お願い……」


魔力も尽きかけ、衰弱しきったセレスティアが懇願する。


だが、俺の腕は止まらない。


ガァァンッ!!


何万回、何十万回と叩きつけた鉱石。


神代の金属を前に、俺の【採掘】スキルは一切効果がないと思われた。


だが、それは『無意味』だったからではない。


神が創りし、決して壊れないという『概念』。


その途方もない神話を、人間の矮小な力で削り取るという、世界すらも想定していない『偉大なる労働』。


その極限の成果が、レベルの底で静かに、だが確実に臨界点へと達しようとしていたのだ。


俺は、最後の力を振り絞り、渾身の力で鉱石を振り下ろした。


ガァァンッ!!


————ピキッ。


その音は、あまりにも小さく、微かなものだった。


だが、俺とセレスティアの耳には、世界の常識が崩れ去る、雷鳴のような轟音となって響き渡った。


「……え?」


セレスティアが、信じられないものを見るように目を見開く。


絶対に傷一つ付かないはずの、神代の呪縛鎖。

その表面に。


髪の毛ほどの細さの、極小の『ヒビ』が入っていた。


カラン、と俺の手から鉱石が零れ落ちる。

(……削った)


その事実を脳が認識した瞬間だった。


ドクンッ!!


心臓が、破裂しそうなほどに大きく跳ねた。


次いで、俺の魂の奥底から、これまで経験したことのない、爆発的で暴力的なまでの『熱』が奔流となって溢れ出した。


『……ッ!? あ、ああああああああっ!!』


視界が真っ白に染まる。


神話を傷つけたという、異世界における最大の『労働の成果』。


その莫大な、星を一つ飲み込むほどのエネルギーが、俺のちっぽけな【労働者】の器へと一気に流れ込んでくる。


限界とされていた壁が、粉々に砕け散る感覚があった。


光の奔流の中で、俺の身体の傷が、疲労が、みるみるうちに修復されていく。


否、修復ではない。


肉体が、魂が、より高次元の存在へと『再構築』されているのだ。


光が収まり、俺は静かに目を開けた。


不思議と、心は凪のように澄み切っていた。


だが、俺の目に映る『世界』は、先ほどまでとは全く異なるものへと変貌していた。


岩も、泥も、水も、空気も。


そして、セレスティアを縛る神代の鎖すらも。


世界を構成する全ての事象が、どうやって作られ、どうやって分解できるのかという『構成要素(素材)』として、手に取るように理解できる。


「湊……? あなた、一体……?」


呆然と見上げるセレスティアに、俺は初めて、心からの笑みを向けた。


「待たせたな、セレスティア。俺の『チュートリアル』は、これで終わりだ」


底辺の【労働者】は、死の淵での狂気的な忍耐の果てに。


万物を自由に分解し、創り変える神の領域。

最高位の最強職——【万象の造物主デミウルゴス】へと、至ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ