星の祝祭と愚者の反逆〜現代知識の『夏祭り』で世界を魅了し、狂信者のテロを夜空の花火として空葬にする〜
大陸の三大勢力——【鉄機帝国】、【商業連合アルシャード】、そして【魔導都市アイテール】が万象国の傘下に入り、星の全生命が並行世界からの侵略に備える「星の防衛同盟」が結成されてから、数ヶ月の月日が流れた。
かつては互いに牽制し合い、血を流していた国々が、今では開通した【魔導大陸鉄道】によって結ばれ、活発な技術と文化の交流を行っている。
帝国の科学技術、アイテールの魔法理論、アルシャードの莫大な資金力、そして俺の『創成』による無限の素材供給。
これらの融合によって、星を覆う巨大な結界【星系防衛システム(アストラル・イージス)】の建設は、予定を大幅に前倒しする凄まじいペースで進捗していた。
そして今日。
俺たちの本拠地である大森林の【万象国】には、各国の首脳陣や代表団、そして多くの民衆が招かれ、大陸統一と防衛同盟の結成を祝う、歴史上類を見ないほどの大規模な式典——『星の祝祭』が開催されていた。
「おおお……! これが万象国の夜……! 空に浮かぶ無数の魔導提灯が、まるで地上の星空のようだ!」
「信じられん。我々帝国の兵士と、魔導都市の魔術師が、肩を並べて同じ酒を飲んで笑い合っているだと……?」
万象国の大通りには、俺が現代日本の『夏祭り』の概念を持ち込んで創り上げた、無数の屋台が立ち並んでいる。
鉄機帝国の皇帝ガルドスも、アイテールの七賢人も、今夜ばかりは身分を忘れ、万象国の豊かさと活気に完全に圧倒されていた。
「ガハハハッ! 美味い! この『ヤキソバ』という麺料理、ソースの焦げた匂いがたまらねえぜ!」
「……ええ。この『カキゴオリ』という氷菓も素晴らしいわ。私の冷気でいくらでも極上の氷が創れるというのに、なぜ生前に気づかなかったのかしら。シロップはイチゴが至高ね」
屋台の裏では、万象国の門番たる二柱の魔王——獣王ボルガと海王グラキエスが、尋常ではないペースで買い食いを満喫していた。かつての厄災すらも、美味しい飯の前にはただの食いしん坊に成り下がっている。
「湊様。各国の首脳陣の護衛、ならびに不審者の監視体制、全て問題なく稼働しております」
俺の背後から、リリアが報告にやってきた。
今日の彼女は、いつものメイド服や戦闘服ではない。俺が『森羅創成』で彼女のサイズに合わせて仕立てた、涼しげな朝顔柄の【浴衣】を着ていた。
ふさふさの獣耳と尻尾が、帯の後ろで揺れているのがなんとも可愛らしい。
「ご苦労様、リリア。浴衣、すごく似合ってるぞ」
「ふぇっ!? あ、ありがとうございます……っ! 湊様にそう言っていただけると、着付けに一時間かけた甲斐がありました……っ」
顔を真っ赤にして尻尾をパタパタと振るリリア。
だが、その和やかな空気を割るように、さらに強烈な二人が俺の両腕に絡みついてきた。
「ふふっ、リリアも可愛いけれど、私の浴衣姿には敵わないわよね、湊?」
「何を言うか白髪女! 旦那様の視線を釘付けにしているのは、この私の豊満な胸元を際立たせる紅蓮の浴衣に決まっているだろう!」
セレスティアは、夜空の星々を思わせる深い藍色に銀の刺繍が施された、神々しくも妖艶な浴衣姿。
対するフレアは、燃えるような赤と黒の生地に、大胆に胸元を開け、竜の角と見事に調和した派手な浴衣姿だった。
二人とも、道ゆく各国の要人たちが思わず足を止めて見惚れるほどの絶世の美貌だ。
「二人とも綺麗だ。……だが、歩きにくいからって俺の腕を引っ張るな。浴衣がはだけるぞ」
「「はだけても(旦那様・湊 なら)構わないわ(ぞ)!」」
息の合った二人の正妻(+愛人筆頭)の言葉に、俺は苦笑するしかなかった。
並行世界からの侵略という、星の終わりにも等しい絶望が数年後に控えているというのに。
俺の周りには、こんなにも騒がしく、温かく、愛おしい「日常」が溢れている。
(……この景色を守るためなら、俺はどんな理不尽でも殴り壊してやる)
俺が祭りの熱気を感じながら静かに決意を固めていた、その時だった。
『——警告。万象国の地下大空洞にて、未登録の高密度魔力反応を検知。これは防衛結界の構築用マナではありません。属性は……極大の【光】および【爆発】』
俺の脳内に、帝国の技術を応用して大森林全体に張り巡らせていた自動警戒システムからのアラートが響いた。
(……地下大空洞? あそこは、かつて俺がこの国を創り始めたばかりの頃の、廃棄された旧居住区画だぞ)
俺の研ぎ澄まされた【空葬武人】の感覚が、地下数百メートルの暗闇の中で、悪意に満ちた数人の気配を捉えた。
「セレスティア、フレア、リリア。少し野暮用ができた。このまま祭りの雰囲気を壊さないよう、ここで楽しんでいてくれ」
「えっ、湊? どこに行くの?」
「迷子の案内だよ。すぐ戻る」
俺はセレスティアの髪を優しく撫でると、一瞬にしてその場から姿を消した。
◆ ◆ ◆
万象国の地下深く。廃棄された旧居住区画の暗闇。
そこには、全身を純白のローブで包み、狂気じみた眼差しで祈りを捧げる十数人の人間たちが潜んでいた。
彼らは、かつて俺とセレスティアによって解体された【ルシフェリア神国】の狂信者たちの生き残りだった。
第五の魔王ファントムの洗脳が解けた後も、彼らは自らの歪んだ教義を捨てきれず、地下に潜伏して復讐の機会を窺っていたのだ。
「……おお、見よ。女神の涙が、ついに臨界に達しようとしている」
狂信者のリーダー格である初老の神官が、狂喜の笑みを浮かべて目の前の巨大な水晶を見上げた。
それは、かつて神国が裏で非道な人体実験を繰り返し、数万人の命を圧縮して創り上げた禁忌の古代遺物——【堕天使の涙】。
一度起動すれば、大陸の四分の一を消し飛ばすほどの極大の光熱爆発を引き起こす、最悪の戦略兵器だ。
「偽りの女神を担ぎ上げ、魔王どもと手を組み、世界を穢れで満たす忌まわしき覇王・結城湊め……! 今宵の汚らわしい祭りと共に、この聖なる爆発で貴様らの罪を全て浄化してくれよう!」
神官たちが「おおおっ!」と歓喜の声を上げる。
水晶はすでに目も眩むような光を放ち、爆発まで残り十秒を切っていた。
彼らは自分たちごと万象国を消し飛ばすつもりなのだ。
「……神の裁きが、今、下る——」
「神はお前たちみたいなゴミの願いなんて聞かないよ」
暗闇に、冷徹な声が響き渡った。
狂信者たちが驚愕して振り返った先には、黄金の闘気を静かに燻らせた俺が立っていた。
「な、覇王……ッ!? なぜここに! いや、もう遅い! 『堕天使の涙』はすでに臨界点を超えた! いかなる魔法でも止めることは不可能だァッ!!」
初老の神官が、勝利を確信して狂ったように笑う。
確かに、通常の魔術理論であれば、すでに連鎖反応を始めている莫大なエネルギーを抑え込むことは不可能だろう。結界で防ごうにも、内部からの膨張に耐えきれず決壊する。
だが、俺の力は魔法ではない。
「お前たちが縋る『奇跡』とやらがどれほど安っぽいか、見せてやる」
俺はゆっくりと歩み寄り、爆発の予兆として膨張を始めていた巨大な水晶に、無造作に右手の指先を触れた。
【空葬武人】。万物を解体し、己の望む新たな理として書き換える、絶対の領域。
「『空葬』——からの、『森羅創成』」
ピキッ……。
俺の指先から黄金の闘気が水晶へと流し込まれた瞬間。
大陸を吹き飛ばすはずだった極大の爆発エネルギーが、物理法則を無視して完全に「停止」し、俺の支配下へと書き換えられた。
「……は?」
狂信者たちの笑い声が、ピタリと止まる。
「爆発のエネルギーを『破壊』から『光彩』へと属性反転。指向性を真上へと固定。ついでに、お前たちみたいな救いようのない害虫も、このエネルギーの燃料として変換させてもらう」
「な、何を……何を言っている!? 爆発が、なぜ止まって……ひぃぃぃっ!?」
狂信者たちの足元から、俺の闘気が光の鎖となって這い上がり、彼らの身体を包み込んだ。
「や、やめろ! 神よ! 我々をお救い——」
「神は今、上でタコヤキを食べてるよ」
俺が冷酷に指を鳴らした瞬間。
十数人の狂信者たちは、悲鳴を上げる間もなく、その肉体と魂ごと純粋な光のエネルギーへと分解され、『堕天使の涙』の水晶へと吸収された。
「さて。ただ消滅させるだけじゃつまらない。……ちょうどいい余興に変えてやる」
俺は書き換えた莫大なエネルギーの塊を、地下から一気に上空へと転移させた。
◆ ◆ ◆
万象国の大通り。
祭りの熱気が最高潮に達しようとしていたその時。
ヒュルルルルルルルッ……!!
突如として、王城の裏手から、空気を裂くような鋭い音が夜空へと立ち昇った。
各国の首脳陣も、民衆も、そしてセレスティアたちも、何事かと一斉に見上げる。
次の瞬間。
ドォォォォォォォンッ!!!!!
はるか上空で、大陸の四分の一を吹き飛ばすはずだった莫大なエネルギーが、何千、何万という極彩色の光の花となって、夜空いっぱいに弾け飛んだのだ。
赤、青、緑、金。
俺が現代日本の知識を元に、緻密な計算で属性反転させた、世界最大規模の【魔導打ち上げ花火】。
「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」
夜空を真昼のように照らす圧倒的な光の芸術に、地上の全ての人々が息を呑み、そして割れんばかりの歓声を上げた。
「す、すごい……! 魔法で空に花を咲かせるなんて……!」
「万象国の王は、なんて粋な余興を用意してくれているんだ!」
ガルドス皇帝もシャクヤも、呆然としながら夜空の光に見惚れている。
「ふふっ。湊ったら、こんな素敵なサプライズを用意していたなんて」
セレスティアが、夜空を見上げながら優しく微笑む。
「……待たせたな」
彼女の背後に、俺は音もなく転移して戻ってきた。
浴衣の袖を軽く払い、何事もなかったかのように彼女の隣に立つ。
「湊! もう、どこに行っていたのよ。今の凄い魔法、湊がやったんでしょう?」
「まあな。地下に転がってた『不用品』を打ち上げて処理しただけさ」
俺が肩をすくめると、セレスティアはクスリと笑い、俺の腕にそっと両手を回してきた。
花火の光に照らされる彼女の横顔は、星の女神という肩書きを忘れるほど、ただの可愛らしい一人の少女に見えた。
「綺麗ね……。私、この景色をずっと忘れないわ」
「ああ。これからも毎年、みんなで一緒に見よう」
俺の言葉に、彼女は嬉しそうに頷いた。
「抜け駆けはずるいぞ白髪女! 旦那様、私とも一緒に花火を見るのだ!」とフレアが飛びついてきて、またいつもの騒がしいやり取りが始まる。
並行世界の脅威。
星の存亡を懸けた戦い。
それは確実に近づいている。
だが、この愛おしい日常がある限り、俺の心が折れることはない。
夜空に大輪の花を咲かせた光の粒は、まるでこの星の命の輝きを祝福するように、万象国の空を美しく彩り続けていた。




